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「出会い・感じる」から始めるサステナビリティ

【アーヤ藍 コラム】第10回 障がい当事者が主体となって実現していく「自立」

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SB-J コラムニスト・アーヤ 藍

社会課題への関心をより深く長く“サステナブル”なものにする鍵は「自ら出会い、心が動くこと」。そんな「出会える機会」や「心のひだに触れるもの」になるような映画や書籍等を紹介する本コラム。

障がい者福祉施設の入所者の方々の命が元職員によって奪われた相模原障がい者施設殺傷事件から7月26日で8年が経ちました。重度障がい者に「生きる価値はない」という元職員の考え方に戦慄(せんりつ)を覚えたのは私だけではないだろうと思います。ただ、その考え方に反論したい気持ちはあっても、倫理的あるいは人権の観点からの「正論」以上に、実感や体感を伴った言葉を紡ぐ自信が当時の私にはなかったのを覚えています。

それから約4年後に出会った映画『インディペンデント リビング』は、そんな私に新しい力と安心感を届けてくれる作品でした。

インディペンデント リビング、訳すと「自立生活」。アメリカでは1960年代から障がい当事者たちが自立生活の権利を求めて運動を起こし始めました。自立と聞くと、日常的な暮らしを自分一人で営めることや、経済的に援助を受けていないことなどがイメージされやすいかもしれません。

しかしここにおける「自立」は異なります。医療機関や施設、あるいは家族のもとで「保護」「管理」される対象であり続けることからの自立であり、障がい者が自分自身の人生や暮らしに関する決定を自身で行える状態を自立と言います。だから介助者の介助を受けていたとしても、何をしたいのか、どうしてほしいのかといったことが本人の意思に基づいていれば、それは自立している状態です。

ワシントンD.C.で行われたNCIL(The National Council on Independent Living /全米自立生活センター協議会)のマーチに参加する日本の障がい者たち(ぶんぶんフィルムズ提供)

この考えに基づいて、アメリカでは1970年代に障がい者が主体となって、障がいのある人たちの自立生活を支援する「自立生活センター」も生まれ、広がっていきました。その波は日本にも伝わり、現在約120の自立生活センターが日本国内にあります。

映画『インディペンデント リビング』は、大阪にある3つの自立生活センター「夢宙(むちゅう)センター」「ムーブメント」「リアライズ」の日常を記録したドキュメンタリーです。

映画の中では自立生活を求めて新たに入ってきた人に、こんな説明がされます。

「ヘルパーさん(健常者の介助者)はボランティアではなく、お金をもらっているから、遠慮をしたらだめです。サポートはしてくれるけど、あなたの指示を受けてヘルパーは初めて動きます」

当たり前に聞こえるでしょうか? でも、一般的な施設で暮らしていたら、施設側が決めたスケジュールとルーティンの枠の中で過ごすのが日常です。「買ってきた食材はどこに置きますか?」「うどんは何玉ゆでますか?」などと、一挙手一投足といっても過言ではないほどまで、本人の意志を確認するようなコミュニケーションが取られることはほぼないでしょう。

自立生活を果たした一人、ララさんは施設での暮らしを振り返ってこう話します。

「(自立生活センターに入る前は)ただ同じ毎日を繰り返すだけの施設にいたので、みんな希望を失っているんですよね。障害を受容するって、この環境を受容するってことなの?ってすごい格闘した」

逆に、自分で決めることができ、意志を尊重してもらえる環境では希望が生まれてきます。ララさんはその後、アメリカ留学の夢を叶えています。

一方「自立する」のは容易なことではありません。自立生活を送る夢宙センターの当事者スタッフの一人は「ヘルパーさんを使いこなせるまでに5年かかった」と言います。初めは指示を出すことも大変だったと。一つひとつ自分で考えて、自分で決めて、伝えなければならないからです。いわば自分の暮らしを営む組織のリーダーになるようなものです。でもそれをできるようになるほどに「自分自身の存在をちゃんと自分自身で感じられるようにもなった」と話します。

自立生活センター「ムーブメント」の代表で、脊椎損傷の当事者である渕上賢治さん。映画の中で渕上さんのヘビースモーカーっぷりが映し出されているが、自分の好きなようにたばこを吸えるのも「自立生活」だからこそ(映画『インディペンデント リビング』より)

そんなふうに障がいのある人が「自分の選択」をできるようになるためのサポートを提供する自立生活センターでは、サポートの提供者も障がい当事者が中心です。センターの代表も働くスタッフの大半も障がい者。

骨格形成不全症や脊椎損傷などさまざまな理由で、車椅子で移動する人や、発話や指の動きがスムーズでないスタッフもいます。でも、指一本で1文字ずつであってもキーボードを打つことはできます。体が動かなくても、チラシにどんな情報を入れるべきかのアドバイスをすることはできます。障がいがあると「できない」と思い込まれていることの多くが、優先順位や思考を転換すれば「できる」ようになるのではないかと、自立生活センターの日常は、その”風景”から伝えてきます。

そして、自立生活の先輩でもある当事者スタッフは、これから自立を目指す当事者にとって信頼して頼りにできる存在です。同じ立場を経験してきたからこそのエールやアドバイスは、より心に届きやすいはずです。

加えて、当事者自身がサポートの提供主体であることは、自立生活を目指す当事者の家族にとっても支えとなります。映画では、自立を目指す一人の当事者女性の「失敗」に、母親が怒鳴って叱る場面があります。精神からくるてんかん症状がある女性は、それまでも母親とのけんかがヒートアップして発作が起き、救急車で運ばれた経験があります。しかし2人の間に当事者スタッフが入って、自身の家族との経験も交えながら一緒に話をしていくと、激高していた母親は涙をこぼしながら、娘の自立を望みながらも寂しい気持ちがあることを吐露し始めます。障がい者の家族が抱える責任感や不安が、自立生活センターの存在によって軽くなることは、映画に登場する他の家族からも伝わってきます。

脳性まひの当事者であり、小児科医、東京大学准教授である熊谷晋一郎さんが「自立とは依存先を増やすこと」だと言っています。自立生活センターがあることで、障がい当事者もその家族も「依存先」つまり頼れる先が分散して存在するようになり、それぞれの人生をもっと安心して歩めるようになるのだろうと思います。

そして、誰もがそこにいることを歓迎され、自分らしく生きることが次の誰かの勇気になる自立生活センターでは、助けたり助けられたりの矢印が縦横無尽に飛び交っています。どんな人の人生にも意味があって、力があるのだと、言葉ではなくリアルな空間をもって伝えてくれます。だから画面を通して観ているこちらまで大きな安心感が湧いてくるのです。

自立生活を目指すトリスさん(左手前)に、やりたいことをヒアリングしている、夢宙センター代表の平下耕三さん(右手前)とコーディネーターのペーターさん(右奥)(映画『インディペンデント リビング』より)

障がいのある人が暮らしやすい社会のあり方を考えたい、という人に限らず、身近に障がいのある人がいない/出会ったことがないという人にはぜひ、本作を通じて映画の中の彼らの声に、生き方に、そして力強さに、出会っていただきたいです。

最後に、もう一つご紹介したいことがあります。それは映画鑑賞における「バリアフリー」です。『インディペンデント リビング』は現在Vimeoで配信されていますが、全編、聴覚障がい者の方も作品を楽しめる「バリアフリー日本語字幕」がついています。登場する人たちの発話の字幕はもちろん、その話者が誰なのかや、どんな背景音が流れているかといった音に関する説明が字幕で入っています。

また、UDCastというアプリを使っていただくと、視覚障がい者の方も作品を楽しめる「音声ガイド」付きで鑑賞いただけます。こちらは、話者がどんな表情や仕草をしているかや、風景描写などの映像の情報が音声で補足されます。この作品を機にぜひ一度、映画のバリアフリー鑑賞もそれぞれに体験してみていただければと思います。

ちなみに、東京・田端にあるユニバーサル・シアター、シネマ・チュプキ・タバタ代表の平塚千穂子さんが書いた『夢のユニバーサルシアター』(読書工房)では、音声ガイドづくりにおけるさまざまな工夫や試行錯誤が紹介されています。ご興味を持った方は併せて読んでみてください。

▼ 映画『インディペンデント リビング』
(2019年製作/98分/日本)

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アーヤ 藍
アーヤ 藍(あーや・あい)

1990年生。慶応義塾大学総合政策学部卒業。在学中、農業、討論型世論調査、アラブイスラーム圏の地域研究など、計5つのゼミに所属しながら学ぶ。在学中に訪れたシリアが帰国直後に内戦状態になったことをきっかけに、社会問題をテーマにした映画の配給宣伝を手がけるユナイテッドピープル会社に入社。約3年間、環境問題や人権問題など、社会的イシューをテーマとした映画の配給・宣伝に携わる。同社取締役副社長も務める。2018年より独立し、社会問題に関わる映画イベントの企画運営や記事執筆等で活動中。2020年より大丸有SDGs映画祭アンバサダーも務める。

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