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未来を創るひと

加工にまでこだわり、オーガニックコットンを届ける――前田剛・メイド・イン・アース代表

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SB-J コラムニスト・水野 浩行

有機栽培やオーガニックという言葉はあってもそれが繊維に及ぶという認識がまだまだされていなかったころから、東京・自由が丘に店舗を持つ「メイド・イン・アース」は日本でのオーガニックコットンの普及に力を入れてきた。その特徴は、原料はもちろん、縫製の糸やタグ類に至るまでオーガニックコットンを使用するだけでなく、製造過程では化学処理はしない、化学染料で染めないという「純オーガニックコットン」にこだわったものづくりを徹底して行ってきたことにある。前田剛代表のインタビューを通して感じたのは、素材領域における「職人魂」ともいうべき精神だ。

きっかけは「子どもに関わる仕事をしたい」

水野:メイド・イン・アースはどのようなブランドでしょうか?

前田:メイド・イン・アースは1995年にスタートしたブランドです。僕らは純オーガニックコットンと呼んでいるのですが、よりこだわったオーガニックコットン製品を展開しています。

水野:1995年というと、京都議定書が採択されたのが1997年のCOP3ですから、それよりも早い時期にスタートしているんですね。

なぜメイド・イン・アースを始めることになったのか、きっかけを教えていただけますか?

前田:ブランドの運営会社は1989年にスタートした、もともとは広告企画制作の会社です。当初は大手広告代理店と一緒にセールスプロモーション関係の仕事や屋外広告の仕事を専門に行い、缶コーヒーの販促や企画運営をしていました。

私は広告の仕事も好きだったのですが、関係する先輩と飲んでいた時にふと「前田は今後どういうことやりたいの?」と言われ、その時にポロッと「子どもに関わる仕事をしたいですね」と漏らしたんですね。若い時から子どもと遊んだりするのが好きで。

水野:前田さんが30歳くらいの時のお話ですね。

前田:そうです。すると先輩から「お前に会わせたい人がいるんだけど、会う?」と言われまして。

そこで紹介していただき、お会いしたのが妊娠、出産、育児のライフステージを研究して企業へフィードバックするマザーズクラブという事業を運営している会社でした。

そちらへ何かお仕事手伝わせてください、とお願いしにいったところ、オーガニックコットンに知見のある方を紹介いただいたんですね。

水野:私は前田さんが先駆者だと思っていましたが、さらに先駆けて取り組まれていた方がいらっしゃったんですね。

前田:僕らの世代は子どもの頃、よく親から「身につけるものはコットン製品を」と言われたもので、一緒に仕事をしていた妻(前田けいこ氏)とともにとても興味を持ちまして。その自然に優しいと思っていたコットンに化学薬剤がまかれているという衝撃の事実を知り、生産者も環境も苦しんでいることを知りました。そこで、私たちも何かお手伝いできないかと考えたのが事の始まりです。

水野:いきなり広告業から流通業というか、生産業に転身しようというのは大胆ですね。

前田:もちろん広告業はやりつつでしたが、まずは少しでも貢献したいという思いから始めました。また今でも付き合いがあるのですが、当時一緒に仕事を長らくしていた画家でもありアートディレクターでもあった福田勝さんというビジネスパートナーがいて、どうしたらオーガニックコットンが広まるか私、前田けいこ、福田勝さんの3人で思案していたなかで、福田さんから、後のブランド名となる「メイド・イン・アース」という言葉が生まれてきました。最初はとにかく企画書を作って、営業をしていこうとしていたのですが、考えているうちに自分達で作れないか、自分達のブランドでできないか?となっていったんです。

加工にまで配慮してこそオーガニックコットンの意味がある

水野:当時まだまだ環境が大事だと言われる時代ではないなか、プライベートブランドを始めるにあたって最初はどのような感じでしたか?

前田:まず3人でブランドを発足しようと決めました。当時私はまだ広告業との二足のわらじだったので、現場は前田けいこ、裏方は私という役割分担でした。多分彼女の方が苦労話が多いんじゃないかな(笑)。

水野:そもそもオーガニックの概念は食にはあっても繊維にはない時代ですもんね。

前田:その通りで、食べ物は有機野菜などありましたが、繊維には概念がなかったので例えば自然食品を取り扱っているお店に営業に行っても「食べものは分かるけど、コットンまでオーガニックである必要性があるのか」と言われたりもしました。

水野:なるほど。いつの時代も何かが生まれる時はその必要性を訴えることから始めないといけないものですが、その役割を担ってらっしゃったわけですね。その後、繊維大手の参画を含めてオーガニックコットン市場が活性化する流れになりますが、前田さんは現状をどのように見ていますか?

前田:まず最初に感じるのは、オーガニックコットンという言葉が一人歩きしているということです。ここ最近市場の取り扱いも増えて認知が増えていることは良いことだと思いますが、一方でオーガニックコットンがどういう製品なのかということが曖昧に広まってしまっていると感じています。例えば、水野さんが思うオーガニックコットンのイメージやメリット、いくつか挙げてみてください。

水野:そうですね、農薬を使わず土壌ダメージを徹底的に抑えてあるとか、あとは肌に優しいとか地球に優しい、生産者にも優しいとかでしょうか。

前田:ありがとうございます。実は人の肌に優しいというのが落とし穴で。確かにオーガニックコットンはめちゃくちゃ肌に優しいのですが、オーガニックコットンそのものは農産物であり、原料なのです。僕らが使っているのは製品です。ですからそこに「オーガニックコットンそのものを製品にするための加工は、肌に優しいのか?」という視点が抜け落ちているわけです。

農産物としてのオーガニックコットンの栽培には、有害な農薬や肥料を使わないとか遺伝子組み換えではないといった決まりがあります。そして、そこから、種をとる、紡績する、生地にする、洗う、染色する、油分をとる等の加工を経て製品化していくわけですが、一般的に大量生産の場合はオーガニックコットンであっても通常のコットンと同じように、化学染料で染める、化学薬剤で油を落とす等、化学的な薬剤処理が入る加工を行っているケースが多くあるんです。

水野:それは知らない方も多いかもしれませんね。

前田:世界で製造されているオーガニックコットンはコットン市場の1%も満たないんですよ。その意味ではどんな加工をしようが、オーガニックコットン自体が拡大することは重要なことです。でもきっと日本人でオーガニックコットンを選ぼうとしている方は、環境のことも考えつつ、肌に優しいから赤ちゃんのためにとか、肌トラブルがあるから買おうということが動機になっていると思います。

だからこそ化学処理など含めて、どういうものづくりをしているかまで伝える必要があると考えています。

水野:せっかくオーガニックコットンを使うのだからこそ、ものづくりまでということですね。

前田:はい、オーガニックコットンだからといって肌に優しいということではなく、もともと何も有害なものを使っていないオーガニックコットンだからこそ、化学処理をしなくても十分綿の風合いが残っていたり、天然の持つ柔らかさがあるなど、オーガニックコットンならではの素晴らしさがあります。

水野:そこは目から鱗ですね。私も尾州の毛織物の企業に関わっていまして、原料だけではなくどのような加工を施すのかで生地の質が変わるという視点を学びました。加工まで意識を及ぼすことは本当に重要ですね。まさに栽培から加工までサステナビリティや環境負荷を意識するからこそ「純オーガニックコットン」という言葉を大切にされてきているのですね。

前田:僕たちは100%のオーガニックコットンを使って、縫製の糸、タグ類に至るまで全てオーガニックコットンを使うこと、化学処理はしない、化学染料で染めないということまで守っています。

水野:それはやはり化学物質未使用へのこだわりからなのでしょうか?

前田:そうですね。環境や人に有害な化学薬剤を使いたくないという思いとともに、僕たちが届けたいこととして「綿の風合い」を残していきたい、体験して頂きたいという思いがあるからでもあります。

水野:この品質の維持は本当に努力あってのことだと思います。

前田:製造をはじめ、関わる全ての方々のおかげです。本当に感謝しています。

水野:製造はどちらで行っているのでしょうか?

前田:全て日本です。その土地の特色を生かしながらいろんなパートナー様と共に製造しております。

水野:コットン自体の栽培地はどのあたりでしょうか?

前田:インドやアメリカ、タンザニアなどで栽培したものを使っています。

水野:一連の話を聞いて、一口にオーガニックコットンといっても工業的なものと職人的なものとがあり、それぞれに役割はあれど、より本質的な価値を有しているものが「純オーガニックコットン」なのだと思いました。

オーガニックコットン市場に大手が参画したことで人々の認知や意識を高めたことは間違いないと思いますが、一方で、オーガニックコットンがもたらす役割をきちんと正確に伝えていく連携も大切ですね。サステナブルな素材領域でも最も認知がある代名詞がオーガニックコットンではないかと思うので。

前田:そうですね。SDGsのすべての目標に関わるとても大切な取り組みだと思っています。

消費者への発信とともに、作り手側が学ぶ場を

水野:サステナブルな社会形成に対する思いなど、前田さんが考える、感じている未来についてお聞かせください。

前田:まず私たち含め、企業はサステナブルな社会を目標に努力しています。消費者側にもエシカル消費をはじめ、いろんな行動選択を大切にして頂けると嬉しいですね一方でサプライチェーンで考えるとまだまだ時間がかかると思っています。

それこそものづくりをしている人たちの末端まで教育できているかというと、追いついておらず、消費者側への発信だけでなく作り手側が学ぶ場の必要性を感じています。

水野:産業の構造改革のみならず、作り手も使い手の意識変容を促し、それ自体がしっかりと経済的に循環するような、まさにトランスフォーメーションを起こす必要がありますね。

前田:やはりリーズナブルな製品の背景には、自然なり、人間なり、どこかの何かを苦しめて生産されたり、供給されたりしていることがほとんどなので。ファストファッションと比べるともちろん私たちの製品は価格が高いのですが、意識的にエシカルやサステナブルを求めている方の中には安いと言ってくださる方もおられます。

そんな中で私が特に子どもたちに向けていつも言っているのは、例えば1000円のTシャツを10枚買って捨てるのか、5000円のTシャツを2枚あるいは1万円のTシャツを1枚買って、穴が空いたら補修しながら大切に着るのか、そのどちらを選ぶのかということです。もちろん後者がライフスタイルにつながっていけば良いなと思っています。そういう方向に向かってはいると思っています。

子どもたちが短期的な心地良さではなく、長い目での心地良さを選ぶようになってくれたら嬉しいですね。

水野:まさにそうですね。その心地良さを再構築、再提案することがSDGsの目指すべきところなのでしょうね。また長年オーガニックコットンを通じて環境問題に取り組んでこられた中で、その生産に何か影響を与え、何らか変化の兆しみたいなものは感じられたりしていますか?

日本の綿文化の再興を 「和綿」プロジェクトを推進

前田:もちろん全くないというわけではないですが、突出して目に見える事象はありません。ただ間接的にでもオーガニックコットンの発展に寄与してこれたかなとは思います。

今は、日本のものづくりに再度焦点を当て、「和綿の種ひろがるプロジェクト」という事業を進めています。国産在来種である「和綿」をみんなで栽培してみんなで着ようというもので、500年以上の歴史がある日本の綿文化を再興し、「和綿」を元気にしていくお手伝いができたらと思っています。2022年度もすでに300以上の団体・個人の方がエントリーしてくれており、総参加者数は2000人を超えています。

水野:オーガニックコットンの生産現場に目に見える変化がないというのは、前田さんが真っ正直で、ストイックなご性格だからこその謙遜もあるかと思います。

前田:代表として自分がそういう風に感じなければならないという思いもあるかもしれません。ただ1つ、カンボジアの地雷原を綿畑にしてそこで地雷原被害者と寝食を共にして、栽培や販売に従事することがあるのですが、そうした時に、現場が変わっているという実感はものすごくあるんです。同じように日本の綿や繊維を元気にしていくことができるようにしていきたいと考えています。

水野:和綿プロジェクトは実にユニークな取り組みです。オーガニックコットンの価値創出と同時に、日本の綿産業を再興させたいというメイド・イン・アースのチャレンジに多くのパートナーが集まることを期待しています。

最後に、前田さんが100年後の未来を創る人として、伝えたいことはありますか?

前田:今まで大人がいろんなものを作ってきましたが、一方で壊してきたこともありました。それを子どもたちも学んでいるし、理解していると思います。だからこそまずは僕ら大人がきちんと襟を正していくことが大切だと思います。その姿勢を子どもたちに伝えていくことですよね。100年後って近いようで遠いじゃないですか。でも子ども、孫は生きている時代なんだよって想像しながら仕事をしていきたいです。

水野:メイド・イン・アースの職人的な思いや製品が、ますますその時代形成の一端になっていくことを応援しております。お話を聞かせていただき、ありがとうございました!

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水野 浩行
水野 浩行 (みずの・ひろゆき)

2010年よりエコロジーをコンセプトとしたブランド「MODECO」を設立。産業廃棄物の削減と有効活用をテーマにした「アップサイクルデザイン」の第一人者として、国内外から注目を集める。とりわけ、自治体と連携した消防服の廃棄ユニフォームを再利用したFireman など一連のデザイン・社会問題は『ガイアの夜明け』などTVをはじめ100を超えるメディアから取材された実績を持ち、2015 年に株式会社アミューズの資本・業務提携を結び、ブランドビジネスの新しい在り方を示した。またヒューレット・パッカード、パタゴニア、フォルクスワーゲンなど欧米のナショナルブランドとのコラボレーションも数多く手掛け、未来のために描くそのデザインは国境を越え高い評価を受ける。そのほか、小学校から大学の講師などさまざまな教育活動も行っている。2018年より、MODECOのモノづくりのみならず、サステナブル社会における企業づくりのため、HIROYUKI MIZUNO DESIGNを設立。上場企業から中小企業まで、未来的な企業、事業の設計に向けた顧問、コンサルティング事業を開始。また現在は「100年後の未来を創る」ことを掲げ、あらゆる社会起業家と 企業と連携し、社会をサステナブルにアップデートすることを目的とした新しいソリューションプラットフォーム「AFTER 100 YEARs(100s)」の設立に向け準備中。

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