サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
ミレニアル世代から見た林業 100年先の未来を考える

女性と男性の視点で切り開く森林の未来――樹木医 片岡日出美 (1/2)

  • Twitter
  • Facebook
SB-J コラムニスト・井上 有加

林業における再生(リジェネレーション:regeneration)の兆しとはどのようなものだろうか。個人、組織、地域や業界、そして社会の再生について、いまさまざまなスタイルで林業に関わるミレニアル世代の横顔から描き出してみたい。第2回は、樹木医の片岡日出美を追った。

片岡 日出美 (かたおか・ひでみ)
1986年生まれ神奈川県川崎市出身。筑波大学卒業後、住友林業の木材流通部門に勤務。結婚・出産を機に樹木医を目指し樹木医専門会社で経験を積む。2020年に林業出身の森とともにHARDWOOD株式会社を設立、取締役に就任。樹木医、茨城県在住、3児の母。

高知の山の中、特殊伐採の現場で

地上10数メートルで作業する特殊伐採の現場

3月のよく晴れた日、高知県梼原町の山に片岡らHARDWOOD(東京・江東)のメンバーはいた。現場は、斜面に張り付くように建つ民家の裏山。シイの大木が枝を大きく広げ、倉庫のすぐ上にまで迫っていた。長年にわたり山の土を支えてくれた木だが、大きくなりすぎたために建物に落ち葉が降り積もるようになり、倒木の心配もあった。住人から町役場が相談を受け、この日は地元の林業担い手に対する研修会を兼ねて、特殊伐採の実演が行われた。

作業は、木に対する二礼二拍手から始まった。巧みなロープワークで樹上に登った樹木医が手際よくチェーンソーで枝を切る傍らで、地上で人一倍忙しく動き回る女性がいる。数10kgはあるかというロープや機材を背負って斜面を駆け回り、樹上の作業者に手配しつつ、伐採した枝を吊り下げるロープを固定し牽引する作業も行う。同時に、研修会の受講者に対して解説や指導を行う。大型重機が入れない急斜面の現場だったが、専門技術を駆使して安全に枝を下ろすことができた。

樹上と地上のチームワークで作業する

特殊伐採の現場では樹上の仕事が花形のように思えるが、それと呼吸を合わせて地上で行う仕事がなくては成り立たない。立体的で複雑な広葉樹の全貌は、樹上あるいは地上どちらか一方から見ただけでは把握できない部分が多く、安全で効率的な作業のためには両方の目をすり合わせることが欠かせない。

特殊伐採に使うさまざまな道具

梼原町役場にはこのような危険木の伐採や管理の相談が年間数十件寄せられており、技術者不足のために対応が追い付かない状況だという。そのため、技術者の養成や、特殊伐採による林業の収益向上も見込んで、役場ではこのような研修に力を入れている。人の暮らしと隣り合う樹木や森林の管理に対して全国的にニーズが高まる中、樹木医と林業の両方の知見と技術を持つ片岡らには、各地から仕事のオファーが来ている。

作業を終えて樹上から下りてきたのは、HARDWOOD代表で、樹木医・林業技師の森広志。「僕が木の上で作業する時は片岡さんをこき使っているように見えるけど、地上に下りたら逆に厳しく指導される側なんですよ」と笑う。彼女たちがタッグを組み、日々樹木や山と向き合いながら目指しているものとは何なのか、話を聞いた。

会社員から、出産を機に樹木医へ転身

片岡(左)と筆者(右)

井上:日出美さんとは、若手林業ビジネスサミットや林業女子会でご一緒してきました。そもそもなぜ林業なのか、なぜ樹木医の道に進んだのか聞かせてください。

片岡:まず私の生い立ちから話すと、出身は神奈川県川崎市です。幼い頃は皮膚や気管支が弱くて、見かねた祖母がよく、箱根や那須などの山の空気を吸わせに連れて行ってくれました。振り返れば、それが森や自然に触れた原体験だったと思います。また、小学校での環境学習がきっかけで地球環境問題に興味を持って、このままではいけないと突き動かされるものがありました。図書館の本で、熱帯林が地平線まで伐り尽くされている写真を見て、私たちの生活は他国の森林を破壊して成り立っているのだと知って衝撃的でした。

井上:私も小学校の授業がきっかけで自分事として環境問題を意識しました。ちょうどメディアでも地球規模の問題がクローズアップされ始めた頃でしたよね。

片岡:森林破壊以外にも環境問題はあるけど、私は何となく、植物が世界の根底を支えている中心的な存在だという感覚があって。それで環境や森林の勉強がしたいと思って、筑波大学の生物資源学類に進みました。在学中フィリピン大学に交換留学した時に、破壊される森林を目の当たりにして。当時の日本の木材自給率は20%程度で海外から木を大量に輸入していたことも原因の一つなので、海外よりもまず自国の森林に目を向けなければと思いました。

なぜ国産材が使われないのか木材流通のミスマッチについて研究して感じたのは、経済のメカニズムが森林に大きく影響を与えていることでした。それもあって、卒業後は大手企業で木材流通に携わり、総務としてマネジメントの仕事を担当しました。働きだして1年半ほど経った頃に、学生の頃から一緒だった主人と結婚しました。主人は、人を診る方の医者なんです。

井上:人のお医者さんと、樹木のお医者さんのご夫婦なんですね。

片岡:面白いですよね(笑)。それで、長男を出産する時、立ち会いが楽かなと思って、主人が勤務していた病院を選びました。その時に初めて、主人が病院で働く姿、周囲に頼られて仕事している様子を垣間見たんですね。昼間は病院で働き、夜や休日は研究活動を続け博士号を取得し、そして家では産後の私の不安定な精神状態をフォローしてくれましたから、「いやぁすごいな、素晴らしいなこの人は!」と尊敬しました。

ただ、それと同じくらい「羨ましいな、負けたくないな」と私は感じたんだと思います。そして、サラリーマンとして大きな会社に勤め続けるのもいいけれど、将来自分を支えてくれるような資格や専門技術を身につけて、私にしかできないキャリアの積み方をしたいなと思ったんです。その時に、「樹木医」というキーワードがぴたっと自分にはまった様な気がしました。

国内では約3000人の樹木医登録者がいる

井上:スペシャリスト、専門職としての樹木医に魅力を感じたんですね。

片岡:はい。林学は出ていたけど、私は林業現場で仕事ができるわけでもないし、まだ浮ついた感じがあったんだと思います。もう少し地に足を付けて、自分の身の丈に合う資格を探したときに、ランドスケープ関係の資格でもフォレスターでもなく、樹木医がしっくり来ました。

女性樹木医として活動されていた前職の社長に、見習いで働かせてくださいと、赤ちゃんを連れて門戸を叩いたのが、樹木医としてのキャリアのスタートでした。何の経験もない所から、樹木の診断や治療、緑地の管理に携わらせてもらい、現場で仕事を通じて育ててもらいました。小さい子を抱えて、お腹にも2人目の子がいるのに、よく雇ってくれたと思います。そこで7年間勤めました。

井上:ちょうどキャリアを模索されている頃に、若手林業ビジネスサミットにも参加されましたよね。ベビーカーを押して現れて、赤ちゃんを抱えながらプレゼンテーションする日出美さんの姿に衝撃を受けたのを覚えています(笑)。

片岡:今思えば、子連れでイベントに参加するなんて当時は珍しかったかもしれないですね(笑)。私の中で、子育てしながら働くというのはとても自然なことで。祖母も母も和裁の仕事をしていて、半分は家で仕事していましたし、私たちが夜寝た後も働く母たちの背中を見ていたからか、結婚して子どもが生まれても働き続けるというのは、自分にとって空気を吸うのと同じくらい自然なことでした。

樹木医と林業がチームになる理由

社名にはhardwood(広葉樹)の価値を高めるという意味も込めた

井上:そもそも樹木医とはどんなお仕事なのでしょうか?

片岡:「医」という言葉には、病になったものを健やかな状態にするという意味があると思っていて、それは人間も樹木も同じかなと思っています。私は、木にとっても人にとっても“一番生きやすいバランス状態”というのをゴールにしたいと思っています。人が木や森と共存するには、ある程度手を加えなければならないものだけど、それが搾取や押さえつけるようなものにならないようにするというのが、樹木医の立ち位置です。

井上:樹木一本単位での健康を考えるのが樹木医だとしたら、山単位で見るのが林業かもしれませんね。「木を見て森を見ず」という言葉もありますが、よく林業で言う「健全な山」とは何かを模索する時に、両方の視点が必要になるのかなと思います。造園出身の片岡さんと、林業出身の森さんのおふたりが会社を立ち上げた経緯は?

片岡:森とは若手林業ビジネスサミットで出会っていましたが、樹木医を目指したのがたまたま同じタイミングで、講習会や試験会場で一緒になったことがきっかけでした。また、私が当時勤めていた会社は女性だけのチームでして、樹木の治療や工事を伴う施工にはやっぱり男性の力が必要で、強力な仲間が欲しいと思っていました。そんな折に森と仕事を一緒にする機会があって、お互いに足りないものを補完しあって、これは発展できるなと感じたんだと思います。森が独立する前後にそれこそ本当にさまざまな話をたくさんして、樹木のスペシャリスト集団を作ることを目指して、HARDWOODを共に立ち上げました。

重機を用いない特殊伐採のニーズは高まっている

造園と林業は、同じ木を扱う仕事なのに、業界としてはすごく離れていて全く違う専門分野なんです。でも違うからこそ掛け合わせる意味があって、たとえば、林業出身の森が伐採するスピードは、造園とは比べ物にならないほど速くてためらいがないので驚きます。また、造園では伐採した樹木はお金を支払って処分しますが、林業の世界では木材は売って利益を出すものなので、その支出を収入に変える180度の転換ができる可能性があります。今、フローリストやお花屋さんとも、剪定した季節の枝を利用できないかなど、模索しています。

井上:木って本来は捨てるところがないから、できるだけ活用してあげたいですよね。逆に造園の視点が林業に役立つことはありますか?

片岡:造園の技術的なクオリティや繊細さを林業に生かせば、現場の仕事が丁寧にきれいになると思います。造園と比べて、林業は人に見られる機会やお客さんと接する機会が少ないので、造園の視点が加われば姿勢が変わってくるはずです。造園出身の私と林業出身の森が一緒になったことで非常に相乗効果があるし、そうやってさまざまな課題を解決していくことで地域や社会に貢献できると思います。都市と山とを行き来するような仕事のやり方や、異業種と掛け合わせていく発想はこれからも忘れないようにしたいです。

HARDWOODの活動はYouTubeでも発信している

  • Twitter
  • Facebook
井上 有加
井上有加(いのうえ・ゆか)

1987年生まれ。京都大学農学部、同大学院農学研究科で森林科学を専攻。在学中に立ち上げた「林業女子会」が国内外に広がるムーブメントとなった。若手林業ビジネスサミット発起人。林業・木材産業専門のコンサルティング会社に5年間勤務し国内各地で民間企業や自治体のブランディング支援に携わる。現在は高知県安芸市で嫁ぎ先の工務店を夫とともに経営しながら、林業女子会@高知の広報担当も務める。田舎暮らしを実践しながら林業の魅力を幅広く発信したいと考えている。

コラムニストの記事一覧へ