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第8回ビジネスと人権フォーラム報告:国家の人権保護の義務(後半)

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SB-J コラムニスト・下田屋 毅
©2019 Takeshi Shimotaya

第8回目となる国連ビジネスと人権フォーラムが、2019年11月最終週の3日間に渡りスイス・ジュネーブの国連本部で開催された。これは、国連ビジネスと人権に関する指導原則の普及を目的として2012年から開催されているもので、筆者は7回連続での参加となる。

4.ガバナンス・ギャップとマルチ・ステークホルダー・イニシアティブ(MSI)

ガバナンス・ギャップに関するセッションも行われた。

この「ガバナンス・ギャップ」とは、ガバナンスは国によって異なり、発展途上国、新興国では法律が存在しない、あるいは存在しても十分に施行されていないことがあり、このような政府の統治(ガバナンス)が不十分な状況の際に発生しているギャップのことを言う。企業は国境を越えて業務を行うことは自由だが、大部分は国家レベルでの法執行だけが対象となっているので、国家間の法執行の断絶が、ガバナンス・ギャップを生み出している。そして多国籍企業は、不適切な現地法、腐敗、規則を施行する法的または政治的意思の欠如による違反について考慮せず、人権侵害に加担してしまう可能性がでてきている。

このセッションでは、ガバナンス・ギャップを埋め、人権を保護、尊重、是正することを目的とするイニシアチブの重要な資質を特定すること、また、民間のスタンダードを設定するイニシアチブの適切な役割、政府と企業が国別行動計画、または企業と人権戦略でそれらに依存すべきかどうか、またはどのようにそれらを信頼すべきかを探求すること、さらにスタンダードを設定するイニシアチブの有効性に関する新しい研究、証拠、経験を調査することが議論され、さらに新しいアプローチ(労働者主導の社会的責任(WSR)モデルの拡大など)と、人権の保護と尊重を確保するための既存のイニシアチブを活用するためのアイデアが検討された。

ガバナンス・ギャップを埋めるための方法として、政府がマルチ・ステークホルダー・イニシアティブ(MSI)をサポートして、MSIがそのギャップを埋める手助けを行う役割を期待されている。また特に最近では救済の仕組みの中で、MSIが労働者から意見を直接吸い上げる「苦情処理メカニズム」の一つとして「ワーカーズ・ドリブン・モニタリング」が期待を集めている。

5.公共調達を通じた人権の尊重の必要性

人権の保護の義務を促す、公共調達に関するセッションも実施された。公共調達は、世界全体で年間1,000億ユーロ(OECD諸国の諸国の約12%)を占めており、政府は商品やサービスにおいて最大のバイヤーとなっている。公共調達は、指導原則の第1の柱である国家の義務に含まれ、持続可能な開発目標(SDGs)のターゲット12.7では、すべての国に対し、持続可能な公共調達慣行を促進し、持続可能な公共調達政策と行動計画を実施するよう求めている。

このように政府は、指導原則やSDGsを公共調達方針に組み込むことが期待されている状況がある。それぞれの政府は、世界の市場において最大のバイヤーとなっており、建設、防衛、医療、ICT、食品、アパレルなど、幅広い分野において、条件と慣行に影響を与えることができる可能性が高く、公共調達を通じて人権の尊重と持続可能なビジネス慣行を世界的に促進する機会であるとされている。しかし多くの運用上の課題として、法律や政策上の不備、政府側の人的リソースや知識の不足、サプライヤーのキャパシティ不足等がある。

デンマーク人権研究所のクレア ・メスヴェン・オブライアン氏は、公共調達に関する課題として「 一番の問題が、政府・政策立案者にとってこの分野の政治的優先度が低いこと」であるとし、次に「法的枠組みと規制に関する情報が不十分であること」また「最低価格に基づいて入札を行うような要件があること」「欧州連合が持続可能性と経済合理性を結び付けることに対する関心が低いこと」を挙げた。

また、「調達者に対する知識・運用面でのサポートも不十分である」とした。英国現代奴隷法やフランスのデューディリジェンス法、オーストラリア現代奴隷法など法的拘束力を持つものが増えてきているが、今後はさらに政府はこれらの法律と公共調達に一貫性を持たせる必要がある。

6.その他の議論

今回のフォーラムにおいて、他にも様々なトピックが議論されている。

他の議論としては、「AI(人工知能):Artificial Intelligence」に関するものや、「LGBTI(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックス」と国連LGBTI行動基準の発足について、また「障害者の人権」、「児童労働」、「条約による人権に関する法規制化」、「腐敗防止に係わる人権問題」についてなど。

7.まとめ

この第8回国連ビジネスと人権フォーラムの印象は、国別行動計画が、欧州はもちろんそれ以外の地域においての国においても次々と作成されており、ビジネスと人権に関する指導原則が、国家の人権の保護の義務を進めていく上で重要な位置づけにあり、各国で進められている状況であることを認識するものであった。

しかし、その一方で、引き続き企業が関係した、ライツホルダー(権利保持者)など弱い立場の人々への人権侵害が行われている実態があり、特にヒューマンライツ・ディフェンダー(人権保護活動家)と呼ばれるそれらライツホルダーを守る活動を行っている人たちが殺害されるなどのひどい状況が継続されている。また国別行動計画に則り、企業が自社のサプライチェーン上の人権問題についての確認と透明性、そして報告、そして指導原則の則った人権デューディリジェンスを実施することが求められる状況となってきていることが感じられた。

アジアでは初めてタイが国別行動計画を発行し、多くの注目を集めていた。タイは欧州各国、また欧州企業との商業的な取引が日本と同様になされてきており、そのサプライチェーンの繋がりの中で、タイにおける様々な産業において人権侵害が行われてきていた。タイとしては、それらに対応をしていかなければならないプレッシャーやサポートを受けてきた結果、国別行動計画について作成を急ぐ必要があり、さらに国家の人権の保護の義務とともに企業の人権の尊重を推進せざるを得ない状況があったようである。

日本においては、まだ国別行動計画が作成されておらず法的拘束力もない状況である。しかし企業に関わる人権には、多くの問題が発生しており、日本企業も例外ではなく、既に対応が迫られている状況も日本国外では起こってきていることを理解しなければならない。また2020年は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるので、より人権に関する状況について国外からの監視が厳しくなる可能性もある。

このフォーラムは、登録制だが誰でもが参加できるものだ。次回第9回のビジネスと人権フォーラムの日程は2020年11月16日~18日とテーマは未定だが既に決定している。国家、企業、市民社会それぞれの立場から、指導原則に関する情報収集の場として、また取り組みや意見を発する場として是非参加し、世界のビジネスに関わる人権の議論に加わり、今後の実践にさらにつなげる機会としていただければと思う。

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下田屋 毅
下田屋 毅 (しもたや・たけし)

サステイナビジョン代表取締役。一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会代表理事。欧州と日本のCSR/サステナビリティの架け橋となるべく活動を行っている。大手重工メーカー工場管理部にて人事・労務・総務・労働安全衛生などを担当。環境ビジネス新規事業立ち上げ後、渡英。英国イーストアングリア大学環境科学修士、ランカスター大学MBA。

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