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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
ミレニアル世代から見た林業 100年先の未来を考える

暮らしの中で見つける持続可能な木の知恵

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SB-J コラムニスト・井上 有加

林業と私たちのつながりを実感するには、普段の暮らしの中にある「木」に触れてみるのがわかりやすい。朝昼晩、我が家で使う木製品を例に挙げながら、日ごろ森林資源からどれほどの恩恵を受けているか、見つめ直してみたい。また、そこに秘められた適材適所の知恵や持続可能な木の文化について紹介したい。

朝起きて:食べることと木

朝、目覚めて一日がスタートする。朝ごはんとお弁当を作ろう。食材を切るまな板は、プラスチック製もあるが私は木製派だ。まな板に使う木材に求められるのは、ある程度の大きさが取れること、抗菌作用、そして包丁の刃の当たりがよい適度なやわらかさであることで、針葉樹が多い。我が家にはヒノキ、イチョウ、ヒバなどがあるが、愛用しているのは少し珍しいがカヤという碁盤に使われる木だ。碁石を置いたときに心地よい反発があるそうで、料理していても気持ちがいい。

和食は器を持ち上げて食べる文化だから、食器は軽い木製のものも多い。みそ汁をいただく木のお椀は、熱々の汁を入れても手が熱くない。漆をかけると高価だが、その分丈夫で長持ちする一生ものになる。パン食のときに使う木皿は、さまざまな木の表情を楽しめ、軽くて割れにくいのもいい所だ。このような挽物の器を作るには大径木が必要だが、昔は資源が枯渇しないよう各地の森を転々としながら木を伐り素地を作る木地師が担ってきた歴史がある。

お弁当は、スギの曲げわっぱに詰める。スギは曲げ加工ができるほど柔軟性があり、日本の生活道具の多くはスギで作られてきた。我が家にあるわっぱは秋田杉、智頭杉、魚梁瀬杉の3種類で、どれも年輪が詰まっているのが特徴。スギの木が水分を適度に吸ってくれて、昼になってもご飯がべたつかず美味しい。何度使っても洗うたびに木のいい香りがよみがえる。

さて食後のコーヒーを淹れる時は紙のフィルターを使い、料理にはキッチンペーパーも使う。紙というのは最も身近でお世話になっている森林資源かもしれない。実際に日本の木材需要量の約4割はパルプチップ用材だ。ティッシュやトイレットペーパーも毎日使うものだから、私はなるべくFSC®などの森林認証マークがついた製品を選ぶようにしている。

ちなみに我が家はキッチンも木製である。天板はパイン材で、料理しているときも手触りがよく、ステンレスのように光の反射がないので目にやさしい。汚れや傷には気を付けなければならないが、その分丁寧に扱いこまめに掃除するようになり、自分の所作が変わったと思う。プラスチック製品が溢れがちなキッチン廻りだが、脱プラスチックの選択肢の一つとして、どれか1つでも木製品に立ち返るのはどうだろうか。

昼、仕事場で:建築における適材適所

弊社は木造建築をつくる工務店だ。木材の性質に合わせて適した場所や用途で使うことを「適材適所」という。木材だけでなく人材配置の意味でも使われる言葉で、個々の才能を最大限発揮させるために欠かせない考え方だ。日本の在来工法にもこの昔からの知恵が組み込まれている。

まず、家の骨組みとなる構造材として主に使われるのは針葉樹であるスギやヒノキ、マツ類だ。針葉樹は通直に育ち成長が早いことから、住宅需要向けに戦後多く植林された。軽くて加工しやすいから、大工にとっても扱いやすい。部位別に見れば、柱はヒノキやスギ、強度が必要な梁には粘りのあるマツを使うこともある。湿気やシロアリに耐えなければならない土台にはヒノキ等を使うが、昔はクリ(広葉樹)がよく使われた。築60年の我が家をリフォームした時にクリの土台を見てみたが、シロアリの被害も全くなく立派なものだった。タンニンという防腐成分が豊富に含まれていて、鉄道の枕木にも使われるほど耐久性が高い木だ。

次に、内装材。住まいの中で人が最も長く触れる場所は床だろう。日本の家は靴を脱いで上がり、床で寝転ぶのが昔からのくつろぎスタイルだから、洋間でフローリングの暮らしになってもその素材は重要といえる。弊社がおすすめしているのが挽板でできた無垢材で、踏み心地がよく木の香りや調湿作用、弾力性があり、暮らしの快適性を高められる。傷がつきやすいが柔らかさや温かみがほしいならスギなどの針葉樹。重厚感があるのはクリやサクラ、ナラなどの広葉樹。求める素材感や意匠性によりうまく使い分けたい。

夜、家に帰って:人を癒し、あたためる木

我が家のリビング

家に帰ると、スポットライトを当てた磨き丸太のやわらかい光沢がいい雰囲気を演出してくれる。部屋の一角に柱を立てたここは、絵や花を飾って「床の間」のように使っている場所で、心を落ち着けてくれるコーナーだ。

入浴時、リラックスしたい時には湯船にアロマオイルを数滴垂らす。ヒノキやヒバのすっとする香りや優しいモミの香りなど、旅先で集めた木の香りを楽しんでいる。近年は国産精油の商品も増え、樹木が幹や枝葉に蓄えている抽出成分がアロマとして活用されるようになった。樹種によりさまざまな効能があるという。

また、木はエネルギーとしても活躍する。最近じわりと人気が出ているのが薪ストーブで、温暖な高知でも設置するお客様もいる。化石燃料の普及により薪炭を使う機会はめったになくなったが、地域で自給できるエネルギーとして、また火を囲む団らんの楽しみとして、暮らしに取り入れる価値が見直されてきている。火持ちがいいのは広葉樹だが、針葉樹も十分に薪として利用できる。

調理にも木を使うことがある。今も日本料理や美味しい焼き鳥には欠かせない燃料である備長炭は高知県が生産量日本一で「土佐備長炭」と呼ばれている。最高級の備長炭になるのはウバメカシという海岸近くに自生する木で、焼き上げると「キーン」と金属音がするほど硬くなる。たまにこの炭火で焼いた地元産の地鶏をいただくのが、我が家の至福のひと時だ。

未来のために見直したい、木の使い方・生かし方

以上、ご紹介できたのはごく一部だが、木は生活雑貨から紙、住宅、香りやエネルギーまで、さまざまな形で私たちの衣食住を支えている。それが何の木で作られているのか紐解いてみると、随所に適材適所の知恵が込められていることに気が付く。手に入りやすい木を使い、できるだけ高度な加工や化学的処理に頼らず、木が本来持っている特性をいかすことは、無駄がなく、家や製品を長持ちさせることができるサステナブルな考え方だ。

今後、脱プラスチックや化石燃料に依存しない暮らしを目指すほど木が見直されていくが、その時には木なら何でもよいというのではなく、長年積み上げられてきた使い方、生かし方の知恵も大事にされてほしい。そして、よい使い方とは合理的なだけでなく、木に触れる人の情緒も豊かにし、長く愛されるようなものであってほしいと思う。木という素材は数千年、数万年の利用の歴史があるから、過去にヒントがあることも多い。本当にサステナブルな木材利用の在り方とはどのようなものか、改めて考えてみたい。

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井上 有加
井上有加(いのうえ・ゆか)

1987年生まれ。京都大学農学部、同大学院農学研究科で森林科学を専攻。在学中に立ち上げた「林業女子会」が国内外に広がるムーブメントとなった。若手林業ビジネスサミット発起人。林業・木材産業専門のコンサルティング会社に5年間勤務し国内各地で民間企業や自治体のブランディング支援に携わる。現在は高知県安芸市で嫁ぎ先の工務店を夫とともに経営しながら、林業女子会@高知の広報担当も務める。田舎暮らしを実践しながら林業の魅力を幅広く発信したいと考えている。

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