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欧州サステナビリティ最前線

ビジネスと人権に関する条約制定の可能性

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SB-J コラムニスト・下田屋 毅

近年、企業が関連する国際的な人権・労働問題が様々な場面で取り上げられ、特に、多国籍企業の活動により人権侵害を受けている人々の事例が報道されている。これら企業活動に起因する人権侵害を受けている人々への対応として、2014年から国連で国際人権条約の制定を進める議論がなされてきたが、今年7月、人権条約案が作成され、国連人権高等弁務官へ提出された。

人権条約案提出に至るまでの経緯

今回の人権条約案だが、歴史的には以前、同じように国連で「多国籍企業及びその他の企業に関する規範」が、人権委員会の専門家による補助機関で起草され、国家が批准した条約の下で人権の義務を直接的に企業に課そうとする動きがあった。

しかし、その際にこの提案は、経済界と人権活動団体との間に埋めることのできない溝を生み出し、各国政府からの支持を得ることができなかった。結局、その当時の国連人権委員会は、この提案に対し意思表明さえもしなかった。

そしてこの失敗を踏まえて、2005 年「人権と多国籍企業及びその他の企業の問題」に取り組むために、ハーバード大学のジョン・ラギー教授が国連事務総長特別代表に任命され、広範にわたる体系的な調査研究の末、2011年に「国連ビジネスと人権に関する指導原則」を発行した。

この指導原則は、自発的に国家、企業が取り組むものとして、ビジネスと人権の中心として機能し、現在に至っている。

しかし、この「ビジネスと人権に関する指導原則」は、自発的に取り組みを進めるというもので、それ自体に強制力はない。

そんな中で、多国籍企業の人権侵害を問題視するエクアドル、南アフリカが中心となり、2014年に条約の制定を審議する国連決議26/9がなされ、人権について企業に法的強制力により実施させる動きが起きているのである。

国連人権理事会は、この国連決議26/9により、国際人権条約案を起草する政府間のワーキンググループを設置した。2014年から現在に至るまで3回のワーキンググループが開催され、条約案の範囲、形式、内容などについて議論を行ってきた。

昨年、過去の議論を踏まえて「要素文書」が提示され、そして今年7月に、議長国であるエクアドルの政府代表部が中心となり、これまでの議論と今年開催された非公式会合の内容を踏まえ、条約案「ゼロ・ドラフト」を作成し公表した。

条約案「ゼロ・ドラフト」

この条約案「ゼロ・ドラフト」だが、その対象は、「多国籍的性格を有する企業」としていることで、全ての企業を対象としたものではないこと。また特徴として、「締約国が、企業活動による人権侵害の防止と被害者の司法と救済へのアクセスを確保すること」についてより焦点を当てた内容となっている。

市民社会の一部からは、過去の議論を踏まえて、昨年提示された「要素文書」の重要な項目の多くがこの「ゼロ・ドラフト」に含まれていないことを懸念し、第4回目の会合で、これら除外された項目の復活に向けての議論を望む声もある。

ラギー教授は、「エクアドルが提案した『ゼロ・ドラフト』は、『要素文書』と比較し、かなり改善されている。特に、防止と救済の問題への取り組みについて考慮されており、この『ゼロ・ドラフト』は国際法を立てなくても、予防と救済の問題に取り組むことができる」としている。

そして、この「ゼロ・ドラフト」の強みとして、「範囲、規模、責任に関する重要な問題に取り組んでいること」を挙げている。その上で、「ビジネスと人権に関係する条約は、防止から始めるべきであり、この『ゼロ・ドラフト』はそこから始まっている。関連する規定のいくつかは、国連ビジネスと人権に関する指導原則とおおむね一致している。しかし、『ゼロ・ドラフト』は、それらを装飾する部分が助けになっていない」と指摘する。

また、「救済措置については、国連人権高等弁務官事務所の、特に国家間の相互援助と協力に関する規定での、保護の下で実施された説明責任と救済のプロジェクトの勧告の一部を反映している。これらは実際のギャップに対処する。ここでも、専門家によって幅広く調査され、人権理事会から複数の権限を与えられた、この条約制定の動きに関して詳細を引き出すことは有用であると思われる」と述べている。

ラギー教授は、適用範囲についても述べており、「4年前の法的拘束力のある条約のプロセスが始まった当初から、条約案の範囲から国内企業が除外されていることが批判されてきた。『ゼロ・ドラフト』では、条約の適用範囲を『多国間主体の事業活動』と定義することで、このタイプの企業のみに制限する動きであるとされている。また同時に、『ゼロ・ドラフト』は、範囲を『利益のための』経済活動に制限しており、その結果、多国籍企業の事業活動に従事する国有企業を除いている」と指摘している。

さらに「国有企業は民間部門の多国籍企業との合弁事業の関係にある可能性があり、条約の条項下では、民間企業のみが責任を負う可能性がある。この場合の国有企業は、世界的に活動する企業へ大きく成長しており、この『利益のため』の規定により、条約の適用範囲には別の制限が加えられている」と指摘する。

現時点で、ラギー教授は、法的責任の詳細については「議論するのが早すぎるかもしれない」としつつも、「ゼロ・ドラフト」において、「範囲」と「規模」の問題が不足していることを指摘し、さらなる議論を望むとともに、新しい議長を迎えるワーキンググループが、それを検討していくことを期待している。

企業にとって、「ゼロ・ドラフト」の意味するものは何か?

条約の交渉に数年かかることがあり、「ゼロ・ドラフト」がさらに進展するために明確にしなければならない点や議論が必要とされる点がある。米国を含む一部の国々は、引き続き交渉プロセスをボイコットしており、この段階ではどれだけの国がこの条約を支持し、最終的に批准して、法令遵守の措置を講じるか、とても不透明な状況となっている。

しかし明らかなのは、このドラフトでは、条約が、国際的に事業を展開する多くの企業に影響を与える可能性があるということである。

この条約が制定された後は、締約国は、条約の義務に従い、企業に人権デューディリジェンスを実施させることを要求する法律を制定し、施行していく。しかし、この条約制定のプロセスとは関係なく、欧州を中心として各国は引き続き、企業に対する人権デューディリジェンスの義務を課す国内法を制定または検討をしている。

一方、このような状況下で、企業は国内外を含めた活動を行う中で、サプライチェーンを含め人権侵害のリスクについての確認が、いまだなされていない状況がある。

お伝えしたとおり、条約制定にはまだ時間がかかるが、それを待つのではなく、企業に関わる人権とは何かを今一度理解し、ビジネスと人権に関する指導原則にのっとり、自社として具体的な人権侵害のリスクを特定し、対処する人権デューディリジェンスのプロセスを進めることをお願いしたい。

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下田屋 毅
下田屋 毅 (しもたや・たけし)

サステイナビジョン代表取締役。一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会代表理事。欧州と日本のCSR/サステナビリティの架け橋となるべく活動を行っている。大手重工メーカー工場管理部にて人事・労務・総務・労働安全衛生などを担当。環境ビジネス新規事業立ち上げ後、渡英。英国イーストアングリア大学環境科学修士、ランカスター大学MBA。

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