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若者が突き動かす「生物多様性サミット2022」 代表の大学院生に狙いを聞く

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「次の10年」に向け、気候変動と表裏一体をなす危機として、生物多様性が重要視される。2030年を達成年とする「ポスト2020生物多様性枠組」はコロナ禍で採択が遅れているが、そんな今だからこそこの問題に対する人々の関心を高め、失われた生物多様性を回復させるための行動につなげようと、チャレンジを続ける若者たちがいる。生物多様性について街づくりやESG投資といった観点から理解を深め、明日から行動できるよう啓発する若者主体のオンラインイベント「生物多様性サミット2022」が19日に開かれるのを前に、主催する一般社団法人「Change Our Next Decade(COND)」代表の千葉大学大学院生、矢動丸琴子さんに話を聞いた。(廣末智子)

COP14など計8回、生物多様性の国際会議に参加して感じたこと

「生物多様性が豊かだということは、権利の一つだと思います。その権利を何かしらの形で脅かしている人と、脅かされている人がいる。多くの場合、その脅かされている人は南半球の人だったり、先住民の人だったり、弱い立場の人たちであるのを強く感じています」

そう、言葉を選ぶように話す矢動丸さん。2020年11月にエジプト・シャルムエルシェイクであったCOP14をはじめ、通常2年に1度開かれる締約国会議の合間に行われる準備会合や作業部会にこれまでリアルで5回、オンラインで3回、日本のユースとして参加した。そうした場で目に焼き付いているのが、先住民や女性、そしてユースが自らの権利を強く主張する姿だという。

それを象徴する文言は、現時点までに国連が発表している「ポスト2020生物多様性枠組」の1次ドラフト(草案)にも示されている。劣化した生態系の20%を再生・復元し、外来生物の侵入率を半減させるなど21項目からなるターゲットの中に「生物多様性に関連する意思決定への衡平な参加、先住民族、女性、若者の権利確保」の文言が盛り込まれたのだ。

「公式文書に書きこまれたことで、国際社会はもう無視できない。プロモーション的に会議に呼んでおけばいいというのは通用しません。椅子があるからいいでしょ、というのは違う」

話に「椅子」が出てくるのは、矢動丸さんが象徴的だと感じるエピソードに基づく。生物多様性条約は気候変動枠組条約とともに1992年に誕生し、両者は「双子の条約」とされるが、2010年のCOP10を知るメンバーによると、生物多様性条約の国際会議には、早い段階から座席にある特徴があったのだという。

「オブザーバー席に、女性グループや教育機関、NGOにユースと、それぞれの札が付いていたそうなんです。座席に札がある=正式に発言ができる、ということ。そういう意味で包括的であり、みんなで一緒に作ろうね、という仕組みを勝ち取ってきたのが生物多様性条約だと思います。ポスト2020の草案ではそれが一歩進んだ形です」

初めて参加した2018年7月のカナダ・モントリオールでの「SBSTTA(通称サブスタ、Subsidiary Body on Scientific, Technical and Technological Advice=生物多様性条約科学技術助言補助機関会合)-22」では、さまざまな議題がある中、「若者として、この議題ではこれを勝ち取っていきたい」という世界のユースたちの熱量に驚かされ、ブラジルとドイツのメンバーが、2012年にインドのCOP11で設立されたGlobal Youth Biodiversity Network(GYBN、通称ギブン)の提案者だったことにも刺激を受けた。

国際社会に対して若者が声を上げたという面ではグレタ・トゥーンベリさんを先頭に世界に広がった気候危機を巡る運動が頭に浮かぶが、生物多様性の危機についても早い段階で若者たちが動いていたことを矢動丸さんが肌で感じたことが伝わる。

日本の「行動を起こしたいユース」をサポート、団体立ち上げ政策提言

矢動丸さんは現在、千葉大学の博士後期課程の学生で、環境健康学や人間植物関係学、環境教育学を専門とする。生物多様性条約の国際舞台に立つことになったのは、博士課程に進むと同時にIUCN-J(国際自然保護連合日本委員会)でのアルバイトを始めたのがきっかけで、最初は会議の進行プロセスに追いついていくのも大変だったのが、世界の若者の議論を目の当たりにするうちに「自分も含め、日本の若者たちはこんなにのほほんとしていていいのか」と強く思うようになったという。

行動に移したのは早かった。2019年8月には任意団体を立ち上げ、COP15に向け、日本全国の「行動を起こしたいユース」たちにこの10年の振り返りと次の 10年に向けた仕組みを検討してもらう「生物多様性ユースアンバサダー事業」をIUCN-Jとの協働で開始。矢動丸さんの役割はユースたちのサポートで、「ドクター(博士号)はまた取れるけど、2020年は一度しかない」という思いから大学院を休学して活動に専念した。

団体は当初、1年で解散する予定だったが、「体制を整えてもっと頑張ろう」と昨年8月に一般社団法人に。コロナ禍で活動が制限される中、法人化前から力を入れてきたことの一つに政策提言がある。CONDとして当時の小泉進次郎環境大臣と計4回意見交換を行ったり、直近では昨年12月に生物多様性国家戦略小委員会にも出席した。

ポスト2020の目標設定を巡る流れの中で、世界のユースは、Intergenerational Equity(世代間衡平=次世代のために健全な地球を確保する上で、すべての世代で共通だが差異ある責任を共有すること)とHuman Rights & the Rights of Nature(人権と自然の権利)、Transformative Education(変革的教育)の3つを優先事項とすることに言及。日本のユースとしても、上記の政策提言などの場で、「政策策定時には世代間衡平の視点を必ず組み込むこと」に加え、陸域に比べて調査が不十分であるとの指摘もされる海洋の保全、そして「自然を守るに当たっては、海も山も川も全部つながっていることを意識し、連結性を確保した上で取り組むべきだ」ということを主張し続けている。

もっとも活動を続ける中では、苛立ちを感じる場面も少なからずあるようで、「国際的にユースの席が用意されているといっても、日本ではまだまだだと感じることも多いです。最近は若者の声を聞くのが流行しているような節もありますが、まだ、パネリストにユースを入れておけばいいといった感覚でディスカッションに呼ばれることもあり、若者の代表としてグレタさんのように怒ってくれれば、何か疑問を呈してくれればいいから、と言われたこともあります。マスコットキャラのような扱いを受けるのはどうかと思いますね」と本音も語る。それでももちろん屈することなく、ユースとして、CONDとして「現在の発信方法のみで十分なのか、どうなのか」と自問を続け、今がある。

日本は経済発展を優先しているのではないか

そんな矢動丸さんが「気候変動対策と生物多様性との両立」について訴える時、よく例に出すのが「ウェディングケーキモデル」として知られるSDGsの構造図だ。その土台は「生物圏」であり、目標14「海の豊かさを守ろう」と目標 15「陸の豊かさも守ろう」が、目標6「安全な水とトイレを」目標13「気候変動に具体的な対策を」とともに並ぶ。

「人間活動や社会経済活動は、環境を基盤にして成り立っている。環境が疎かになると、回り回って社会や経済もうまく回らなくなるということです。生物多様性は独立した問題としては語れないことをよく表していると思います」

そう考え、日本のSDGsの達成状況を振り返った時、日本は、SDGsの進捗状況に関する国際レポートの結果からも、特に目標14と15に課題が大きいと指摘されていることに思い当たるという。

「世界的にみると、意識の高い国がリードして意見をまとめていますが、翻って日本はどうなのか。経済発展や開発と、生物多様性や自然環境の保全をどう両立していくかという時に、日本は経済発展を優先しているのではないでしょうか。生物多様性は無くなってからでは遅いのに。経団連には『自然保護協議会』もあり、変わろうとしている企業は多いですが、政治家にも経済を回す上でもっと自然環境に配慮してほしいと思います」

最近では再生可能エネルギーの一つである「バイオマス燃料」として使用するために森林破壊が進むなど、世界的にも気候変動対策との矛盾が大きな問題になっており、日本でもメガソーラーの設置に伴う森林伐採が景観の悪化や土砂災害などを招いているという批判もある。

「脱炭素社会のために今はそうするのがいいと思ってのことでしょうが、10年、20年後に、あの時、森を伐ってしまったためにあの植物が生えなくなった、あの動物が、あの虫がいなくなった、としても、もうそれは戻ってこない。私たちや、もっと下の世代はその森の恩恵を受けられない。それは、世代間の権利が平等じゃないということです」

日本人の生物多様性に対する認知度、危機感の低さを危惧

そんな強い思いに反して、例えば令和元年度の内閣府の調査で生物多様性について「聞いたこともなかった」とする割合が47.2%であったり、2021年の民間調査で、日本人が危機的だと感じる環境問題の1位は気候変動の44.6%であるのに対し、生物多様性はわずか1.9%に過ぎないなど、生物多様性についての認知度は低く、危機感が浸透していない実態を危惧。そのハードルの一つには「『生物多様性』という言葉が難しい、専門家が扱うもので自分には関係ないと考えている人が多いのではないか」と推察する。

矢動丸さん自身、生物多様性について深く理解したのは2018年に国際会議の舞台に立つようになってからのことだった。その経験からも今、力を入れるのが、人々がどのような状況にあるために生物多様性保全について行動を起こしていないのか、起こし方が分からないのか、「働きかけたい相手」の立場でアプローチを行うことに重きを置いた啓発だ。

その一環で、2月19日には一次産業や街づくり、ESG投資やグリーンインフラ、ナッジ(行動変容)など、「生物多様性を軸としつつ、それに関わる、ほかの入り口をたくさん用意」したイベント「生物多様性サミット2022」をオンラインで開催する。講師には、環境省のグリーンファイナンス検討会や金融庁のサステナブルファイナンス有識者会議などの座長を歴任する水口剛・高崎経済大学学長や、農林水産省の生物多様性戦略検討委員会と環境省の生物多様性民間参画ガイドライン改定検討会の委員も務める、りそなアセットマネジメント執行役員の松原稔氏ら錚々たる顔ぶれが並ぶ。

「自然の魅力を伝えるだけで生物多様性の主流化が実現するのであれば、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)でTransformative Change(革新的な転換)の必要性が言及されることもなかったと思います。さまざまな社会課題が複雑に絡み合っている現代において、自然を守ることは、人々の権利や社会基盤を守ることです。生物多様性と自分との関わりが分からないと思っている人に、あなたの生活は何で成り立っているの?それは生物多様性のところだよ、と。そのことをちゃんと理解してくれる人が増えてくれればと思います」

コロナ禍で中国・昆明でのCOP15の延期が続き(一部は昨年10月に開催)ポスト2020枠組の採択が遅れている今、2030年までの時間は刻々と減っている。それだけに、「これまでとは違う方法でのより一層の行動が求められます。起こすアクションの大きさは関係なく、継続することが何よりも重要」と強調。「ユースの最大の強みは失敗を恐れず果敢に挑戦できるところ。他のNGOや行政などさまざまなステークホルダーと協働し、対等な関係で行動を加速させていきたい」と日々決意を新たにしている。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)
地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。

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廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、Sustainable Brands Japan 編集局デスク 兼 記者に。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。