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コロナ危機を克服する企業のチカラ

地方分散に追い風:公共空間の活用でコロナ禍をチャンスに

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グランピング施設「Forest Living」 (写真提供・公共R不動産)

人口・経済の東京一極集中は、少子高齢化など国内の大きな課題の一因と言われる。その解消は地方創生戦略を進める国の「悲願」だが、長らく芳しい進展は見られなかった。しかしコロナ禍を機に状況が一変しつつある。「10年間変わらなかったことが、2週間で変わっていく」――。そう話すのは多くの郊外型空間活用プロジェクトを手掛けてきたSPEAC(東京・新宿)の吉里裕也代表。職住ニーズの高まりと規制緩和を追い風に、地方分散型社会への移行に弾みがついている。ポイントは門戸を開いた自治体と、企業の連携で生かす「公共空間」だ。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本 啓一)

森の中のグランピングで「地域で暮らす」体験提供

東京から「わずか1時間ちょっと」。千葉県・いすみ市にある「Forest Living」はSPEACがプロデュースする、森の中の宿泊・滞在施設だ。以前はいすみ市所有の雑木林だったが、遊休地になっていたところを同社が買い取り2019年9月にオープンした。

Forest Livingのテント内部。近年人気の「グランピング」はキャンプとホテル・コテージの中間のような滞在空間(写真提供・公共R不動産)

オープン当初からForest Lovingでは1組の定員は4人、1日3組限定で宿泊客を受け入れる。「豪華なキャンプ」の造語でもあるグランピングで、サイクリングやBBQなどのアクティビティ、地域の食材や文化、自然に触れる森の滞在体験を気軽に楽しめる。コロナ禍以降に予約が一気に増え、特に夏休みもあった8月は連日キャンセル待ちという状況だったという。「3密を回避するレジャー」「流行中のグランピング」として注目を浴びた側面もあるが、「Forest Living」の体験価値はレジャーやリゾートにとどまらない。

実はSPEACの吉里代表は「東京R不動産」の立ち上げに関わった一人。これまでに数々のリノベーションプロジェクト、公共空間活用プロジェクトをリードしてきた。空き家の活用などに取り組むうちに、東京の近郊に遊休地となっている自治体所有の森が多くあることに気付いたという。その土地をうまく使うことはできないか。

「宅地造成し家を建てるという前段階の使い方、つまり週末限定で、それほどお金をかけずにその土地に暮らし、地域のことを知ってもらうということを考えました」(吉里氏)

オーストラリアの著名な建築家、グレン・マーカット氏は依頼人と一緒にキャンプなどで土地に滞在し、自然の状況をその場で感じて設計に生かすという。「それは崇高だけど、原始的でもある試みです。この場所では太陽がどこに昇り、この季節にどういう風が吹くのか、暮らすことの前段階で自然を知れる場所があればいいなと私も思いました」と吉里氏は話す。

そして、首都圏の周縁部などの郊外は土地代が安い一方、家などの建築費用は都市部とあまり変わらない。つまり移住まで考えると、郊外のほうが住むための費用の中の「建物」の割合が相対的に高くなる。グランピング施設での体験や、宿泊施設という土地活用でまずは滞在のハードルを下げるべきだと考えた。MUJI HOUSEが手掛ける無印良品の家「陽の家」のモデルハウスがForest Livingに併設されているのも、暮らしのトライアルというコンセプトのためだ。

「グランピングというとレジャーのイメージがあり、もちろん施設としてその性格を持っていますが、Forest Livingは『暮らす』ということを強くイメージしています」(吉里氏)

コロナ禍は移住の流れ後押し

都内での感染拡大の経緯や、3密を避ける風潮の広がりから、2拠点居住や移住に「社会の興味・関心が向いているのは間違いない」と吉里氏は語る。先述のForest Livingの利用者数増大だけでなく、ここ数カ月でホームページの閲覧数は倍程度に伸びているという。特に大都市圏と周縁地域の両方に拠点を持つ「2拠点生活」は、仕事の基盤を変えずに実現できるためハードルが低い。

「10年スパンで見れば福岡や金沢といった地方都市への移住数も確実に増えています。コロナ以前から2拠点生活や移住の流れは明確になりつつあると感じていましたが、その後押しをしているという感覚はあります」(吉里氏)

地方から人が流出しない仕組みも醸成し始めた。吉里氏が関わったある商店街のイノベーションでは、地元の高校生など若者が参加するようになっていることを実感したという。「彼らは大学で地元を離れたとしても、20代、30代でまた地元に戻ってきたいと思うはず。芽は着実に育っていると思っています」と将来の展望を話した。

地方分散を促した行政の規制緩和

image:Photo by Forrest Yuan

Forest Livingはプロデュースを行ったSPEAC以外にも、多くの企業、団体そして行政が連携したプロジェクトだ。その中で、OpenA(東京・中央)が運営する「公共R不動産」はいすみ市とSPEACのマッチングを担った。地方分散、都市圏に暮らす人の郊外指向のニーズと、地方自治体のニーズを汲み取り、企業と行政をマッチングするなどの事業を通じて魅力的な地域づくりに尽力する。

同社の運営メンバー、小柴 智絵氏は「魅力的な空間づくりや面白い地域プロジェクトが、この数年で一気に実現へ進みました」と話す。同社が始まったきっかけにもなった書籍「RePUBLIC 公共空間のリノベーション」(学芸出版社/2013年)は公共空間活用の自由な企画が並べられた「アイデア本」だが、そのうちのいくつかはすでに実現し「内容が古くなってしまった」という。

「その一番の理由は制度の改革、規制緩和があったことだと思っています。例えば都市公園法が改正され、民間企業の投資による収益施設を公共の公園内につくれるようになりました」(小柴氏)

積極的な自治体は民間企業と手を組み、社会実験を繰り返しながら規制を廃している。一方で民間企業のほうはどうか。過去には「公共空間の活用なんてつまらない」「行政は時間がかかって面倒」だという理由で一歩引いていたというが、自治体の変化に伴って「自治体はアイデアを受け入れてくれる」と企業からの見方も変わったと小柴氏は解説する。

「従来は、公共施設のプロジェクトは決まった顔ぶれの大手企業が運営していることが多かったんです。最近では経営規模の大小に関わらずパブリックマインドを持ち、民間の感覚を持ちながら持続的に公共空間を活用しようとチャレンジする企業が増えてきていると感じています」(小柴氏)

公共空間の活用に追い風

「これまで行政側の縦割りの都合でできなかったことが、コロナ禍の影響でできるようになっています」と吉里氏も同意する。

「公共空間の活用は本当に追い風です。地方都市では10年間変わらなかったとことが、2週間で決まるということが起こりはじめている。このタイミングは『加速』する良いきっかけです。これまで重ねてきたプロジェクト、思いもあります」と前を向く。

小柴氏によれば、公共不動産は日本の不動産の約4分の1を占める。地方に行けば行くほど低密度で、土地が安価で、地域資源にあふれているが「地元の地方自治体の人たちがその良さに気付いていない場合がある」という。

「企業の目線から『実はこの古いお堀に魅力がある』というように提案することが、今後ますます必要になると思います」(小柴氏)

企業と行政が垣根を超えて協調する土壌が醸成されつつある。コロナ禍によって消費者の意識や関心も「都市圏の外」に傾いた。積極的にここに関わる企業が増えるほど、地方の風景は魅力的に心地よく、生き生きと変化するに違いない。

吉里 裕也
株式会社スピーク代表取締役 R不動産株式会社代表取締役
京都生まれ横浜と金沢育ち。ディベロッパー勤務を経て、2003年「東京R不動産」2004年にSPEACを立ち上げるとともに、CIA Inc.にて都市施設やリテールショップのブランディングを行う。建築・不動産の開発・再生のプロデュースやデザイン、「東京R不動産」「leallocal」「公共R不動産」、全国のR不動産等グループサイトのディレクション、地域再生のプランニング等を行っている。共編著書に「東京R不動産」「全国のR不動産」「だから、僕らはこの働き方を選んだ」「toolbox」「2025年建築『七つの予言』」等。

小柴 智絵
公共R不動産 ディレクター 
千葉県出身。東京都都市づくり公社に入社し、東洋大学経済学研究課公民連携専攻修士課程を卒業後、株式会社リノベリング にて全国でリノベーショ ンスクールのディレクター従事、現在は、株式会社一宮リアライズにてシェアオフィス「SUZUMINE」やグランピング施設「FOREST LIVING」の企画運営や、公共R不動産にて多数の公民連携プロジェクトに関わる。

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。