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サステナブル・オフィサーズ 第68回

パナソニックが描く2040年の“水道哲学”とは?――資源やエネルギー、生きがいや思いやりをあまねく届ける

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Interviewee
小川立夫 パナソニックホールディングス 執行役員 グループ CTO
Interviewer
足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

世界情勢は混沌としたまま、2025年が幕を開けた。SDGsの達成年である2030年、そして世界がカーボンニュートラルとネイチャーポジティブを目指す2050年は刻々と迫りつつある。

そうした中、パナソニックホールディングスは昨年7月、2040年の暮らしを見据えた研究開発の方向性を示す「技術未来ビジョン」を発表した。2040年には気候変動の影響が深刻さを増すことが懸念される一方で、再生可能エネルギーの普及やDX市場の拡大、AIによる労働生産性の向上など、生活における「当たり前」が大きく変化するのを前提に、「物と心が共に豊かな社会」、そして「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」の実現に向け、「人間中心・未来起点」のサイクルを回し続けようとする技術戦略だ。

そこには、創業者の松下幸之助がかつて、「この世に必要な物を、ただにひとしい水道の水のように豊富にすれば、わたしたちの貧苦はなくなるであろう」と語った“水道哲学”の理念が引き継がれているという。2040年の“水道”に当たるものとは何なのか――。足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサーが、パナソニックホールディングスの執行役員で、グループ CTOを務める小川立夫氏に、新ビジョンに込めたパナソニックの真意を聞いた。

2040年には「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」を

足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー(以下、足立):今回の「技術未来ビジョン」を拝見し、これは単に、「こういうことをやります」、「こんな便利な社会になります」というものではないなと感じました。まずはどこを目指しているのかをお話しいただけますか。

小川立夫 パナソニックホールディングス 執行役員 グループCTO(以下、小川):我々が目指しているのは、松下幸之助が「物心一如」という言葉で「物と心が共に豊かな理想の社会」を掲げ、そこに向かって、25年を一区切りとして繰り返しながら、時代に合ったやり方を邁進していく「250年計画」を打ち出した時から変わっていません。その中で、2040年には、我々としてどういう世の中になっていればいいだろうかということを、技術とデザイン、ブランドコミュニケーションの3部門でさまざまに推察し、議論を重ねて生まれたのがこのビジョンです。2040年には「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」を実現する、というイメージを固め、現状とのギャップから見えてくる課題を洗い出していったのです。

足立:「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」を実現するというのは、地球は有限だということを強く意識した表現に思えるのですが、そのために従うべきルールを想定されているのですか。

小川:ルールというのではないですが、今、これだけ「プラネタリーバウンダリー」が言われる中で、カーボンニュートラルとサーキュラーエコノミー、そしてネイチャーポジティブとは一体であり、大前提として「自然との共生」は絶対だと考えています。その上で、誰かに我慢を強いたり、ボランティア的な活動で何かを続けていくことは社会として難しいので、一人ひとりはやりたいことを選択するんだけれども、それが回り回って周りの誰かのためになったり、地球環境の持続可能性が担保できるソリューションを提供していくことこそが我々の挑戦じゃないかというのが出発点にありました。

そこで考えたのが、「エネルギーや資源」と、「生きがい」、「思いやり」の3つの“めぐる要素”です。つまり、エネルギーや資源が上手く好循環し、その価値を最大限に引き出すにはどうしたら良いのかということと、それを営みとしてやっていく上で人間の時間の量と質をどう捉えるかということ、そして、それには人と人との関係性が非常に重要であり、相手を寛容に受け入れ、認め合わないといけないという3つの観点から、そこにつながるアクションをひもづけていったのです。

中身も大事だが、それが通る「水道管」も大事――「共助の水道」に込めた意味

足立:なるほど。パナソニックは、「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」の設計者になるということですね。自然に関しては共生が大前提であり、人間に関してはウェルビーイングであると同時に生活の質を高めていくことがいちばん重要な価値観であるということでいいですか。

小川:はい。私自身はウェルビーイングの文脈では、さまざまなケアが、必要とされるところで循環するということが重要だと思っています。ケアには、医療的な介護といった、今日ビジネスとしても成立しているものだけでなく、人に親切にしたり、お互いを気遣ったり、あるいはそれが環境に向かっても広がっていくような、今はまだ経済合理性の中に組み込まれていないグラデーションがあると思うんですね。かつて幸之助が言っていた“水道哲学”は、物資を水道の水のように大量に供給できれば、安価で、あまねく人に届けることができるというものですが、その水道哲学を、21世紀の我々の新しい水道哲学として捉え直し、サステナビリティの文脈で資源やエネルギーを、ウェルビーイングの文脈で、生きがいや思いやり、必要なケアをあまねく巡らせ、無駄なく届けようというのが今回の挑戦です。

足立:幸之助さんは水道哲学に関連して、「無尽蔵に物質ができても、その使い方を知らないといけない」とも言われていますが、今回のビジョンでは、「共助の水道」という概念が強調されているのが印象的です。これはどういう意味ですか。

小川:共助という言葉は、エネルギーや資源があまねく届く、ケアがあまねく届く、ということを考えた時に、生活者同士が助け合うコミュニティをイメージし、そこに流れるケアの中身も大事なんだけれども、それが通っていく水道管も大事だよね、ということを伝えたかったのです。

「ひとの理解」や、人と自然に対する深い理解を研究テーマに

足立:なるほど。モノを届けるだけじゃなくて、それが思いで裏打ちされていないと駄目だ、ということですね。幸之助さんもそうだっておっしゃいそうな気しますね。具体的にはどんな技術や研究テーマに力を入れられているのでしょうか。

小川:エネルギーや資源が投入され、それが処理されて津々浦々まで行き渡った時、そのデータをフォローし、リアルとバーチャルとをつなぐサイバーフィジカルシステム(CPS)を構築していくことが、我々の基盤技術です。その上で、これまでトライしていなかった技術分野として、人そのものをより良く理解する「ひとの理解」や、これはAIの活用を考える時にもすごく大事なことだと思っているのですが、人と自然とが共生していく上で、そもそも自然とは何なのか、あと1歩、2歩、人と自然に対する深い理解が要るんじゃないかということを研究テーマとして取り組んでいます。

これからは生物の時代に?!

足立:3つの“めぐる要素”のうち、思いやりの文脈では、「iPS細胞培養装置」といった、異分野にも挑戦されることが打ち出されていますね。

小川:具体的な事業としては、今我々が持っているケイパビリティの中で、将来の姿の実現に貢献できそうなものを挙げています。iPS細胞は、現状、研究者の方々の手技に依存し、時間とお金をかけて作っています。当社で長年、バイオ技術に携わっているメンバーと、機械工学と電子工学の技術を組み合わせたメカトロニクス設計をやってきたメンバーの技術を活用することで、個別のがん治療に必要な細胞の自動生産を可能にしようと試みているんです。

足立:なるほど。単に今、注目されている成長分野であること以上に、貴社がシナジー効果を上げやすい分野だということですね。iPS細胞培養装置を通じて、生物の分野に踏み込んでいるんだという捉えをしてもいいですか。

小川:そうですね。細胞というものをより深く理解することで、そうした、自然の中で生きているものの取り扱いに関するケイパビリティを蓄積していきたいという思いはあります。

足立:パナソニックがこれから新しい技術としてどこに注力するかということで、これは注目されると思いますし、実際にビジネスとしても伸びてくると面白いですね。幸之助さんは創業したときに「これからは電気の時代だ」と思われたそうですが、「これからは生物の時代だ」と言えるかも知れませんね。

小川:個人的にはすごくそう思っています。例えば腸内細菌が人の体に及ぼす影響の評価が可能になり、一次産業を応援しながら、当社の調理家電で体にいいものを調理して食べていただくというようなところがつながれば、新しいビジネスの姿というか、新しいパートナーリングや社会への貢献の姿にならないかなと思いますね。

無駄をなくし、QOLが上がる――CPSが社会の神経に

筆者撮影

足立:また、今後は人間の“労働”を代替してくれるという意味でもAIが非常に大きな力になるのは間違いないと思うのですが、その場合、人間の生活とのインターフェース(接点)が重要で、貴社の場合はそこにアドバンテージがあると思うのですが、どうでしょうか。

小川:おっしゃる通り、多様なお客さまとの接点を持っていることに当社のユニークさがあると思っています。家の中では、センサーに代表されるようなデバイスや、家電も照明も空調も、外に行けば工場やオフィスもやっているという中で、今まではエリアもマグニチュードもばらばらだったものが、AIとデータの世界の中で、一つのモデルとして扱える時代になったんですね。サイバーの世界とリアルの世界とを行き来することによって、一人ひとりが我慢をしなくても、世の中のためにも、自然のためにもいいというようなソリューションを作る、そのための土台がCPSだと思っています。そういう、暮らし全体をカバーできるようなCPSを、我々だけじゃなく、いろんなパートナーさんに入っていただき、一緒にやる。そういう、我々が持っている顧客設定の多様性そのものが価値に転換できるようなポジショニングができればすごくユニークな会社になるんじゃないかと考えています。

足立:今のお話を聞いていて、これからの貴社の役割、あるいは目指すものとして、社会の神経になっていくのかなと感じました。今まで見えなかった、通じていなかった部分のニーズをすくい、ここではこういうものが必要とされてますよ、とお知らせできる。また逆に、なんでも一旦一箇所に集めなくてもできるということで、人口も分散化できて、GDPもQOLも両方とも上がる、そんな社会を実現できるんじゃないかと感じました。

小川:そうですね。まさに、生きがいや思いやりが巡るという文脈で実現したかったことの中にはそうしたマッチングのあり方であったり、余計な使い方をなくしていくためのソリューションであったりが含まれています。マッチングを通して無駄をなくしていったり、よりQOLを上げていったり、より生きがいが増える方に人のリソースを使ってもらったりと、まさに社会のベースになる神経を張り巡らし、家や工場やオフィスで提供していくというのは我々の役目なのかなと。そこにいろいろな会社にも参画していただいて、我々が活動すればするほど、良質のデータがたまり、パートナーが増えていくということをCPSの活動の中でできないかなあというのが私の願いでもあります。

足立:最後に、小川CTOは、貴社のサステナビリティの責任者でもいらっしゃいます。この技術未来ビジョンは技術はもとよりサステナビリティのビジョンでもあると思いますが、その点も含めて、パナソニックがどこに向かっているのかをお話しいただけますか。

小川:サステナビリティという考え方が、進化している時代です。これまで企業は、我々であれば家電を売って、せいぜい回収してリサイクルして、というところまでしか見ていませんでした。けれども今は、そのモノがどこから出てきて、資源としてどう投入されたのか、それが最終的にどこまで届き、最後は物質がどうなるのかというところまでを含めて考えないといけない。我々は製造業の立ち位置ですけれども、スコープをもっと広げざるを得ない。そうしないとサステナブルな企業活動ができないというところになりました。

それはカーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブという柱の立て方だけではなくて、モノの開発のやり方であったり、お客さまとのお付き合いの仕方にも及びます。お客さまには、モノをいかに捨てないで長く大切に、修理をしながらずっと使い続けてもらうのかという、大きなパラダイムの変更を強いることにもなります。そのときポイントになるのはフローしているデータで、「お客さまにとってここにものすごく大きな価値があります」ということをちゃんと見える化することです。でもそのソフトやソリューションを実際お客さまの手元で駆動するのは何らかのハードウェアなので、そのハードウェアとソフトウェアの組み合わせというところでユニークなポジションができて、我々らしいサステナビリティの提示の仕方ができたらいいなと考えています。

足立:技術でサステナブルな未来をどう作るか、貢献するかという形が見えて来た気がします。今日は素晴らしいお話をありがとうございました。

対談を終えて
足立直樹

パナソニックが掲げる技術未来ビジョンは、一般的なメーカーの未来ビジョンとはかなり様子が異なります。お話を伺うと、それは技術というより、人間や自然の本質に迫ろうとするものでした。なぜこのようなビジョンを描くに至ったのか、そしてどのようにそれを実現しようとしているのか―。小川CTOの考えには、多くの示唆が含まれているように思います。

興味深かったのは、このビジョンが突然生まれたものではなく、松下幸之助氏が90年以上前に提唱した「水道哲学」に基づいているという点です。偉大な創業者の考えが現代にも影響を及ぼしているのです。実際、水道哲学は昭和において実によく機能し、日本人の生活を大いに豊かにしてくれました。一方で、モノがあふれる現代においては、本当にこれ以上新しいモノが必要なのか、むしろモノの過剰が環境問題などを引き起こしているのではないかと、多くの人々が感じるようになっています。さらに2040年には、気候変動やAIの発達などの影響により、社会が求めるものはさらに大きく変化しているでしょう。

そうした課題に対して今回のビジョンは、地球上の資源やエネルギーの循環を見直し、人間の生活の質を向上させながら、思いやりにあふれた社会を実現することを目指すとしています。人間や自然の本質を深く理解することから出発しているのです。また、モノを届けるという「水道」の機能だけでなく、そこに共助の思いを通わせようという発想も現代的だと感じました。

一方で、このような変化を目指せば、「電機メーカー」としてのパナソニックの姿も大きく変わる必要があるでしょう。そしてその変化の大きさを考えれば、2040年は決して遠い未来ではなく、そこに向けた急速な変革が必要です。おそらく小川CTOの頭の中には、そのための綿密なロードマップが既に描かれているのでしょう。その計画が、今後どのような製品やサービスとして具現化されていくのか、とても楽しみです。

同時に、2040年に私たちの生活がどう変わるのか、私たち自身はどのように生きるべきなのか、そのことを私たちもより具体的に考える必要があるとも感じました。パナソニックは「一人ひとりの選択が自然に思いやりへとつながる社会」を実現するとしていますが、これは必ずしもパナソニックが一社で抱えるべきものではないでしょう。確かにパナソニックはそれを強力にサポートしてくれるのでしょうけれども、私たち一人ひとりが考え方や行動を進化させていく必要もあるでしょう。私たちもそうした進化をいま求められているのだ、そう改めて考えさせられたインタビューでした。

文:廣末智子 写真:藤岡修平

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小川 立夫 (おがわ・たつお)
小川 立夫 (おがわ・たつお)

パナソニック ホールディングス 執行役員 
グループ・チーフ・テクノロジー・オフィサー (グループCTO)、薬事担当

1964年生まれ。1989年松下電子部品株式会社に入社後、研究所でデバイス・材料の開発や、
ジョージア工科大学に留学し先端実装技術開発を経験。デバイス事業分野の企画・研究開発部門長、技術戦略スタッフ部門長、生産技術本部長等を経て、2018年執行役員 生産革新担当に就任。車載事業の事業部長を経て2021年よりパナソニックグループのCTOに就任。
2024年7月に2040年のくらしを見据えた研究開発の方向性を示す「技術未来ビジョン」を発表。

足立 直樹
インタビュアー足立 直樹(あだち・なおき)

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。