サステナビリティ分野は「非競争領域」、他社との共創から業界をけん引する存在目指す――明治ホールディングス
- Interviewee
- 松岡伸次 明治ホールディングス 常務執行役員 CSO
- Interviewer
- 松島香織 サステナブル・ブランド ジャパン
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明治ホールディングスは、2009年に明治製菓・明治乳業が経営統合して設立され、その後も積極的にグループ内の事業再編に着手してきた。サステナビリティに関する機能をホールディングスに集約し、2020年にCSO(Chief Sustainability Officer)を設置。今年6月、新たにCSOに就任した松岡伸次氏は、こうした組織改編に携わり、また古田 純・前CSOの下で、サステナビリティへの取り組みを推進してきた。松岡氏は、サステナビリティ分野は「非競争領域」であり、自社の取り組みを深化・加速させたいと意気込む。
―― 貴社は食品・医薬品などを事業とされており、直接、人々の健康に関わっていますので、社会的な役割は非常に大きいかと思います。
松岡伸次 常務執行役員 CSO(以下、松岡):
当社の創業の精神に、食品の提供を通じて社会に貢献するという「栄養報国」があり、明治グループのDNAとなっています。まさに、人々の食と健康に関わる事業を展開しているので、その責任の重さを認識し、企業として健全に発展していくことが社会に対する責務だと考えています。
また事業自体が、豊かな自然の恵み、例えば生乳やカカオ、医薬品でいうと微生物と関係します。自然資本が我々の重要な経営資源なので、将来にわたり豊かな自然の恵みを享受するためには、事業活動に伴う環境負荷を最小化していくこと。さらにネイチャーポジティブの実現に貢献することが重要です。
当社の目指す姿を示した「明治グループ2026ビジョン」の実現に向けて、2018年から3年ごとの中期経営計画を3回策定し、取り組んでまいりました。現在、その3回目となる最終ステージに入っています。本年よりスタートした2026中期経営計画(26中計)では、「サステナビリティと事業の融合」を中核的な取り組みに位置付けました。
企業価値をROEとESGの両面から向上
――「明治グループ2026ビジョン」を実現するために「明治ROESG®
※経営」を掲げ、ESGを企業価値につなげることを重視されています。
松岡:2023中期経営計画(23中計)を策定する際、グローバルで社会課題を解決できる企業になるという方向性を定めました。ステークホルダーと明治グループにとっての重要課題を同時に解決していこうというコンセプトです。
その進捗や成果を測るための指標が必要になりますが、一橋大学の伊藤邦雄先生が提唱されていた「ROESG」は我々の考えと一致しました。我々が創出する企業価値を、ROEの経済価値とESGという社会価値の両面から向上させるべく、23中計から最重要の経営目標に掲げました。米国MSCI社のMSCI ESG Leaders Indexesでは、ESG評価に優れた企業として、2022年から3年連続で選定されています。
ROEの向上とサステナビリティやESGの強化は、短期的に見るとどうしても相反し、同時に実現するのは難しい。ですが、両立させる経営を実現していくべきであり、さらに深化・加速させていきたいと思います。
また、「明治ROESG®経営」を推進する上で、人財戦略は非常に重要なファクターになります。グループの企業価値向上のためには、人的資本経営を実践していかないといけない。CHRO(Chief Human Resource Officer)を昨年4月から設置し、社員一人ひとりが、最大限その能力を発揮できる仕組みを今後導入する予定です。
※「ROESG」は一橋大学教授・伊藤邦雄氏が開発した経営指標で、同氏の商標。
――食品や医薬品を事業とする貴社では、研究開発でのイノベーションは重要になるのではないでしょうか。
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松岡:研究開発部門としては、2019年に価値共創センター(昨年4月よりウェルネスサイエンスラボに改称)を設立し、食品と医薬品のリソースやノウハウを融合させています。長期視点のイノベーション力は、ROEにもサステナビリティに対しても効いてくるので、新しい価値を創造するために外部との連携が不可欠だと考えています。
例えば、細胞培養によるカカオの製造を手掛けるCalifornia Cultured Inc.という米国のスタートアップに出資していますが、その技術を用いて、気候変動の影響などを受けず、カカオの細胞を使用したチョコレート製品などが実現できるようになるわけです。
それから、酪農業のGHG排出量削減も新たなイノベーションがないと解決が難しい。イノベーション力の強化が、これからサステナビリティの社会課題解決の中では非常に重要になってきます。
――7月には、廃棄食品・規格外野菜などの未活用原料を使用した新建材「ベジタブルコンクリート」の原料として、日本のベンチャー企業fabula(ファーブラ)にカカオハスク(カカオ豆の種皮)を提供することを事業会社の(株)明治が発表しています。
松岡:カカオの新しい価値創造に挑戦する「ひらけ、カカオ。」の取り組みの一環で、カカオは残らず全部使おうという、アップサイクルの発想から発展しました。
――来年の2025大阪・関西万博で、会場施設の建材として使われるそうですね。
松岡:カカオハスクは、これまで主に飼料や肥料に活用されていましたが、業種を超えた共創によりコースターなどのアップサイクル商品にもなっています。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、屋根面を作る材料として活用されます。少しカカオの香りがしますよ。
――スタートアップ企業のほか、味の素と、酪農のGHG排出量削減を目指したJ-クレジット制度を活用したビジネスモデルの協働などでも他社との協業が多く見られます。
松岡:サステナビリティ課題に対する取り組みは、「非競争領域」と考えています。我々だけでは解決できないことがたくさんあります。味の素と情報交換する中で、酪農業におけるGHG排出量削減に関する問題意識が一致し、両社のリソースを使って何かできないかと今回の取り組みにつながりました。
味の素の飼料添加物で飼料のアミノ酸バランスが改善され、それによって糞尿由来の一酸化二窒素が削減されます。そしてGHG排出量削減分をクレジット化して、それを我々が購入することで、酪農家に新たな収入源をもたらす仕組みにしました。
今、国内の4牧場で約3000頭が対象ですが、これからもっと拡大しないといけない。我々にとってスコープ3の削減につながりますし、3者がそれぞれにメリットのある取り組みになっています。
徹底した訪問調査やアンケートで原材料調達の透明性を確保
――酪農家には、「Meiji Dairy Advisory(MDA)」といった経営支援活動もされていますね。
松岡:国内の酪農業において、生乳の生産基盤はかなり脆弱(ぜいじゃく)です。酪農家が自ら課題とその解決方法を考え、やりがいを持って働ける環境を整えることで、持続可能な酪農業につなげていこうと始めました。
近年、酪農業にはGHG排出量削減だけでなく、外国人労働者の人権やアニマルウェルフェアの向上など多くの課題があります。当社の専門チームが約40戸を訪問しMDAを実施していますが、農場スタッフに考えていただくことによって意識向上を図り、一緒に日本の酪農業を持続的に発展させたいと考えています。
――カカオの調達でも、多くの課題があります。
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松岡:カカオに関して一番重要なのは、カカオ農園までのトレーサビリティの確立です。中南米は、ほぼトレースできていますが、調達量が一番多いガーナではまだ51%です。これを何とか、2026年度までに100%にしたい。
森林減少については、特に社会課題となっているガーナにおいて、現地パートナーと協働して、訪問調査とGPSマッピングから実態を把握する取り組みを進めています。実際に農園を歩いてその位置情報を特定し、衛星データで検証して、その農園が森林減少に関与していないかどうか、調査しています。
当然、問題がある場合にはいったん仕入れ先から外して改善に取り組んでもらい、2030年度までには、全調達先で森林減少ゼロを目指します。児童労働については、2021年からInternational Cocoa Initiative(ICI)に加盟して、ICIが開発した児童労働監視改善システムを活用し、撤廃に向けて取り組んでいます。
これも実際に調査員が調達先の各農家を訪問して、まず児童労働への意識を高めてもらう。さらに親子別々で面談し、児童労働があるかどうかを特定して、改善が必要なら改善のフォローアップを実施しています。これも2030年度までに児童労働ゼロを目標にしています。
――訪問調査となると、かなり時間と労力がかかりますね。そこをあえて2030年度目標で取り組まれている。
松岡:そうです。ただし、ガーナだけは森林減少ゼロと児童労働ゼロを2026年度までに達成したいと考えています。
――原材料調達に人権というテーマは欠かせません。社内では人権の考え方をどのように浸透させているのでしょうか。
松岡:人権教育は、eラーニングを通じて行っています。2023年に国内で約1万2000人、海外では7カ国で約1200人が受講しました。
また、要求事項に人権対応が含まれる認証原材料への切り替えを積極的に行っています。まずグループで調達するパーム油を、昨年度、RSPO認証パーム油(マスバランス方式※)に100%切り替えました。また、社員が使う事務用品や製品の容器包装についても、FSC認証紙とPEFC 認証紙、それと古紙を「環境配慮紙」と位置付けて切り替えを進めてきています。容器包装は、昨年度、全て「環境配慮紙」になりました。今年の3月にはグループの調達ポリシーを改訂するなど、社内の意識醸成を図っています。
※RSPO 認証パーム油が製造・流通過程で他の非認証パーム油と混合される認証モデル。物理的には非認証油も含んでいるが、認証農園から供給された認証パーム油の数量は保証される。
――貴社は、サプライチェーンに対しても「サステナブル調達アンケート」を実施して、実態把握をされています。
松岡:2020年6月に明治グループサプライヤー行動規範を制定し、その年の10月からサステナブル調達アンケートを開始しました。EcoVadis社の評価システムと当社オリジナルのアンケートを活用して、直接取引している1次サプライヤー約650社のうち105社と、製造委託先の46社に実施しました。国内外のグループ会社のサプライヤーは一部実施していますが、これから順次展開していく予定です。
行動規範を制定しただけではなかなか浸透しないので、昨年4月の改訂を機に8月にサプライヤーへの説明会を実施しました。対面またはオンライン形式で約1100社に参加していただき、行動規範に記載されている内容に同意いただけるサプライヤーについては、同意確認書を提出いただいています。また、行動規範には、今できていないことも記載していますが、明治グループがサプライヤーに求めるあるべき姿をお示しすることが大事だと考えています。
併せて、2022年からサプライヤーに対してエンゲージメントを開始しています。環境や人権などの課題について取り組み状況を確認して、必要に応じて改善をお願いしていく。2年間で約30社に実施しました。
――最後にCSOに就任された抱負などをお聞かせください。
松岡:まずサステナビリティの本質に迫っていくような戦略を、より深化させたい。サステナビリティを事業の強みにしていくことで、さまざまな社会課題の解決と企業の持続的な成長を両立させる、トレードオンを実現したいと思います。
また、社員一人ひとりがサステナビリティを“自分ゴト”と捉え、それを企業文化に根付かせること。それから、26中計中にグローバル企業のトップ集団に入りたい。そのためにはサステナビリティの最新動向に遅れることなく、スピード感を持って取り組んでいくことが必要。立ち止まっていたら、結局、後退と同じです。繰り返しになりますが、サステナビリティ分野は非競争領域だと考えています。他社と協力できることは協力し合い、その中でリーダーシップを発揮し、業界全体をけん引する存在になりたいと思っています。
写真・原 啓之