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サステナブル・オフィサーズ 第49回

コロナ禍での経営が問われる サステナビリティ分野で世界のリーダーに――森澤充世・PRI事務局ジャパンヘッド/CDPジャパンディレクター

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Interviewee
森澤充世・PRI事務局ジャパンヘッド/CDPジャパンディレクター
Interviewer
田中信康・サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー/サンメッセ総合研究所 代表

世界的にサステナビリティが浸透しはじめ、環境、社会、ガバナンスへの取り組みを重視する「ESG投資」が今、日本でも急速に拡大している。この間、一貫して日本が世界の潮流に乗り遅れないよう、NGOの立場から日本の投資家や企業をけん引してきたのが、PRI事務局ジャパンヘッド兼CDPジャパンディレクターの森澤充世氏だ。2014年に日本版スチュワードシップ・コードが導入されて以降、機関投資家の行動規範が整備され、サステナビリティの取り組みが加速し始めた日本だが、今後、どんな役割を通じて、世界でより存在感を増していくことができるのか。まさにこの分野のフロントランナーである同氏にこれまでの道のりを振り返ってもらうと同時に、コロナ禍での展望を聞いた。

ESG投資は日本でどう浸透してきたか

田中:世の中がまだ「サステナビリティ」という言葉を使っていない時代から、森澤さんは、2006年にはCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)の日本の責任者に、2010年にはPRI(国連責任投資原則)事務局のジャパンヘッドに就任され、投資家や企業を草の根活動からけん引されてきました。もっとも当初はいろいろな発信をされても、日本企業からの反応は薄く、多くの労力がかかったのではないかと思います。

森澤:CDPは2000年、気候変動の影響が深刻化する中、企業の気候変動への取り組みを投資判断に組み込んでいこうと考えたところから始まった英国のNGOです。面白い活動をする方々がいるなあと思いました。CDPを世界的に拡大していくという時に、日本でなかなか参画する人がいないというので手を挙げたのが最初でした。当時の日本は、省エネ法のトップランナー制度によってエネルギー使用効率を重視する企業が多く、環境問題に取り組む先進国だったと言えます。もともと化石燃料に恵まれない国ですから、輸入したエネルギーを効率よく使って経済成長してきました。

京都議定書によって世界がさらに温室効果ガス排出量の削減に向かう中、海外では電力の自由化が行われていたので、再生可能エネルギーの需要の増加に伴い供給が行われるようになりました。日本でも対外的には、電力が自由化されていましたが、まだまだ十分とは言えない状況で、日本は使用する電力を選択するというところで遅れてしまった。この間、EUではどんどん政策が進み、企業は排出量削減を進め、米国でも企業は投資家にどう評価されるかを重要視し、投資家の方でもそういった企業を評価する流れが強まりました。その中で2000年代や2010年代当初の日本はまだ投資家をはじめとするステークホルダーの声も弱く、そこへ東日本大震災も発生し、企業も脱炭素に向かっていくということに舵を切りきれなかった時代だったと思います。

田中:そうした中、2015年9月に国連でSDGsを掲げる「2030アジェンダ」が採択され、さらにGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がPRIに署名したことから流れが一気に変わりました。

森澤:あれからもう5年、いや、まだ5年かという思いがします。GPIFはいろんな規制によって投資の手法が限定されていますが、日本企業に対し、取り組みだけでなくその取り組みを開示する重要性や、運用会社やサービスプロバイダーに対してどういう運用商品が必要とされているかといったことを示したことは大きな影響力があったと思います。加えて、日本ではほかのアセットオーナーも着実にこうした投資を進めていて、特に大手の損保や生保など投資のバリューチェーンの上流に位置する企業が投資業界をけん引しているのが日本の特色です。

日本企業には、投資業界のバリューチェーンの存在がまだあまり認知されていないように思います。企業にサプライチェーン、バリューチェーンがあるのと同じように、投資の世界にもバリューチェーンがあり、その上流に位置しているのが資産保有者と言われるアセットオーナーです。

一方で、それと異なるのがGPIF以外の公的年金や企業年金です。例えば、サステナビリティの取り組みを進める企業は多くありますが、企業年金基金についても、もう少しどのように長期的に運用するべきかを考えなければなりません。このコロナ禍で今、運用会社のセミナーにもステークホルダーを含めて幅広い方々が参加できるようになりました。それによって、公的年金や企業年金がどうして長期的な、ESGの観点に立った運用がされていないのかに気付いていただけるのではないか、と期待しています。

企業年金基金からはリソース不足で手が回らない、と聞いているのですが、運用会社に要請すればいいのです。つまり、資産保有者であるアセットオーナーが、運用を委託するに際してESG課題を考慮して運用してほしいという要請を出すことが重要になってきます。そこで、PRIはどういう風に方針を立てればいいのかというガイダンスをつくっています。それを活用していただきたい。そのような投資家が増えることによって、企業は長期的な戦略を立てて対応していくことができます。自分たちの経営戦略がさまざまなステークホルダーから評価されないと、企業はサステナビリティの取り組みを進めていけないと思います。

コロナ禍での経営のあり方が問われる

田中:一方で、まだ国内においては真の意味でESG投資の本格化が進んでおらず、経営者が本当の意味で理解をしていなかったり、ESG・SDGsの活動推進がどうインパクトをもたらしリターンを及ぼすかなど、企業側と投資家側との接点にまだ課題が残っています。

森澤:ESG投資のSというのは、SocietyではなくSocialです。労働環境、人権、ジェンダー、従業員に対する教育、また育児休暇や介護休暇の取得割合、サプライチェーンマネジメントが例として挙げられます。優秀な従業員が定着するか、多様な考え方ができるか、サプライチェーン管理ができているかは重要です。それを投資家が評価すると、経営者の方々の後押しになり、動機付けにもなります。Sには、労働者のことを考えるという観点が入っていなければいけません。

今年の株主総会では、特に海外の長期的な投資家は、今年は配当を少なくしてもいいけれども、その分、従業員を解雇せずに雇用してほしいという要請を出しました。ですから、このコロナ禍で今、企業が何をしているかということを統合報告書や株主に対する報告で伝える必要があります。経営として必要だったという裏付けがあれば、従業員の数を減らすといったことも出てくると思います。しかし、まずは何をしているのかということ、それはどのような戦略で、短期的でなく長期的な観点から進めているのかということを報告しなければいけません。

公的資金が注入されているような欧州企業もありますし、民間の資金も入っています。現在、打撃を受けている業界に対しては、生き残れるようにという意図から助成金が出ています。ただ今まで通りではいけません。持続可能な企業として、どう戦略を立ててやっていくか、そのためにお金を使っているかということが重要視されています。フランスでも航空会社に政府からお金が入っていますが、CO2排出量を削減するようなビジネスに切り替えることを前提にしています。これは民間も同じで、いろんな企業がサステナブルボンドを出すなどしている中、それが本当にサステナブルなのかということを投資家が判断すると思います。それを判断した上で、その企業が存続するよう、投資をしたり、お客さんに勧めたりということがあると思います。

田中:コロナ禍での経営環境の悪化を受けて、Sの部分に対する投資家の目がより一層厳しくなっているということですね。

“Just Transition”(理にかなった移行)を進めるとき

森澤:コロナ禍によって、これから10年ぐらいかかるかと思われていたことがスピードアップしたと思います。実際にC02排出量を下げるには、1社でできることもあれば、サプライチェーンに依存している業種やセクターはその全体で戦略を立てて変わっていかないといけません。それには時間がかかり、早く取り組まないといけない。今後2030年、2050年にどういう世界になるかというのが政策的に見えている国、そういった働きかけのある国のセクターは、ビジネスモデルを変えようとしています。

「Just Transition(ジャスト・トランジション)」は、世界が低炭素、脱炭素社会に向かう中、労働者や地域社会が取り残されないようにビジネスモデルを移行させないといけないという動きです。かつては、「公正な移行」という日本語訳が使用されていました。このJust Transitionの考え方は、最近になって急に始まったわけではありません。日本でも石炭をさまざまな地域で採掘していた時期があり、埋蔵量の低下や石油の輸入増加に伴い炭鉱が閉鎖された際に多くの従業員が職を失い、地域も衰退しました。今、私はこれを「理にかなった移行」と訳しています。戦略的に、今、脱炭素に向かうように事業を変えないと将来に従業員が職を失ってしまう。Eが重要か、Sが重要かと問われることがありますが、この「理にかなった移行」は、EプラスSと言えます。新しいビジネスモデルに変えないと、雇用し続けられないということに早く気が付かないといけません。

パリ協定では産業革命前からの気温上昇を2度かそれ以下に抑えると言われていましたが、一昨年のIPCCのレポートでは科学的に見て1.5度でなければならないと発表されました。グテーレス国連事務総長も昨年9月に1.5度以下だと話しています。英国、EUが昨年、2050年までにネットゼロを宣言し、日本も菅首相の所信表明演説で2050年までにネットゼロが宣言されました。大変重要なことです。世界の投資家の方々をはじめとする多くの方々から賞賛の声が届きました。中国は今年、2060年までではありますがネットゼロを宣言しています。また米国の次期大統領も2050年までにネットゼロを公約に入れています。

日本が求めていた水素社会に向かっていくということです。今まで見向きもしなかった EUが水素のことを話すようになったのはそこにあると思います。ここで重要なのはグリーンな水素か、ブラウンな水素かということ。再生可能エネルギーからつくられた水素か、石炭から生まれる水素か。ここはグリーンでいきたいです。そうなると、日本にはチャンスです。日本でも再生可能エネルギーをどんどん地方でつくろうという動きになれば、グリーンな水素社会ということも考えられる。そこに向かっていくしかないと思います。日本は化石燃料を持たないだけに、新たな技術革新ができる。世界の勝ち組になれるチャンスだと思っています。

田中:コロナ禍で地方への本社移転やサテライトオフィスの設置などが促進されています。東京への一極集中が今後より見直され、SDGs未来都市が掲げる地方創生やローカルSDGsの取り組みや発信も加速化する気配がありますね。

森澤:そうです。魅力ある地域であれば企業はそこへ移るでしょう。海外の取引先から再生可能エネルギーを100%にすることを求められている企業も多いです。再生可能エネルギーの供給が進んでいる地域は魅力的です。企業立地、また分散、二重化についての戦略をたてる際に地域特性は考察されると思います。そして、その地域と一緒に新規事業をやりましょうといったことも実現するのではないかと思います。

企業は、防災の観点からも将来を見据えて根本的な対応を進めていくしかありません。今これだけ温暖化が進んで、日本では豪雨や猛暑が避けられない一方で、カリフォルニアやオーストラリアでは乾燥した上に高温になって森林が燃え、それによってさらに排出量が増えて温暖化が進むという負のスパイラルに入っている。これを早く変えないといけない。そのために世界が動こうとしている中、日本のスピードは遅いと思われてきました。日本にはこの分野でリーダーになってほしいです。そういう意味でも、コロナ禍にある今年、今が切り変えるチャンスです。

世界の潮流を掴み、リーダーに

田中:来年、日本で初めて開催されるPRI総会を前に、この9月にはAPACのデジタルシンポジウムが開催されました。ここではどういったことがトピックになりましたか。

森澤:APACには中国も含まれ、最も難しい市場でもあります。PRIとしてはやはり、先ほど話したソーシャルの中でも、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)をどう考えるか、という議論を世界中の投資家と進めています。今回のシンポジウムでも、それも議論されました。日本では2014年に日本版スチュワードシップ・コードが、2015年にコーポレートガバナンス・コードができ、改訂が重ねられる中で、今年、スチュワードシップ・コードにサステナビリティ、ESGという言葉が入ってきました。このように投資家の行動規範が整備され、それに対する社会の期待が上がってくることで、マテリアリティ(重要課題)もどんどん進化しています。

田中:その流れで言えば、IIRC(国際統合報告評議会)のフレームワーク改訂や、GRI(GRIスタンダード、統合報告書のガイドライン)もアップデートされることになり、企業側への開示要求の質はますます高まっています。

森澤:それを大変だと考えるのではなく、それだけ改訂されるということは、世界の潮流や、今何が求められているかということに企業が気付く機会が与えられているということだと思います。自社だけで開示していると気が付かないところも、そういった世界の潮流を見ながら、自分たちの企業戦略に落とし込んでいくことをしていかないといけません。そして先駆的な企業には、リーダーとして、他の方々に自分たちはここまで来ているんだということを見せる、いい指標になっていただきたいと思います。

田中:確かに企業が曖昧な開示に留まらず、より自律的な活動や発信を強化することでエンゲージメント力が高まり、さらなる好循環が生まれますからね。

森澤:そうです。日本版スチュワードシップ・コードが2014年にできた時には、「エンゲージメント」をどう訳せばいいのか分からず、そのままカタカナになりました。それが今では、普通に「エンゲージメント」という言葉で理解されるようになった。投資家の行動規範が整備されることによって市場関係者の意識も変わってきました。エンゲージメントには、企業が取引先に対して変わるための行動を促すエンゲージメントもあります。取引先から言われたら、理解しやすいですよね。そのためにはやはり大きな企業、トップリーダー企業が先に理解して、バリューチェーン全体に影響を与えて頂きたいと思います。スチュワードシップ・コードが導入される前の2010年代前半、日本の取り組みはどうなっているのか、と思われていました。しかし今、投資家も企業も欧米と同じ方向を目指していると理解されています。この流れを加速しないといけないと思います。欧米の企業や投資家があそこから学びたいと思うような、ケーススタディを出せる、日本企業や投資家になって頂きたい。グローバルでのリーダーになられることを期待しています。

田中:最後に、森澤さんご自身のこれからの目標や夢をお聞かせください。

森澤:私はよく日本の企業とか投資家に対して厳しいことを言っているように思われますが、評価していないというのとは違います。もっとできると思っていて、いわば応援団です。そして、私は、道はつくったと思いますので、若い人たちにどんどん活躍していただきたいです。後に続く若い方々がさらにいろんなところに広がっていくことが必要だと思っています。パッションを持った若い方々がどのように進んでいくかが重要です。若い方々は、SNSなどを通じて横につながりを広げるのが上手ですので、そういう方々がリーダーになり大きな力になって改革を進めていってほしい。それが私の大きな夢です。

文:廣末智子 写真:高橋慎一

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森澤 充世  (もりさわ・みちよ)
森澤 充世 (もりさわ・みちよ)

PRI事務局ジャパンヘッド、CDP事務局ジャパンディレクター兼務
シティバンク等で金融機関間決済リスク削減業務に従事した後、環境学の研究を開始する。CDPの2006年の世界的な対象企業拡大に伴い、日本担当としてCDPに参加する。2010年PRI事務局の日本ネットワーク創設にあたり、日本でのPRI責任者として参加する。 
東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了 環境学博士

田中 信康
インタビュアー田中 信康 (たなか・のぶやす)

SB Japan Lab / サステナブル・ブランド国際会議 ESGプロデューサー
サンメッセ総合研究所(Sinc)代表
サンメッセ株式会社 専務執行役員 経営企画室長 営業副本部長
大手証券会社にて株式、デリバティブ取引業務、リサーチ関連業務、人事、財務・IR、広報部門など管理部門を幅広く経験した後、大手企業の財務・IRコンサルタント、M&Aアドバイザー、コーポレートコミュニケーション支援業務の責任者として従事。数多くの経営層との対談を含め、財務・非財務コンサルティングのキャリアを活かし、企業経営にかかわる統合思考、ESG/SDGsコンサルティング、社内浸透、情報開示の支援業務を中心に、各講演・セミナー、ファシリテ―ションなど幅広いコンサルティング業務に携わり、サステナブル・ブランド国際会議東京にてESGプロデューサーに就任し、企業と地方自治体との地方創生・地域連携プロデュースも担う。