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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
サステナブル・オフィサーズ 第47回

「きれい」をグローバル基準に ESG戦略に込めた“よきモノづくり”を追求する花王の矜持――デイブ・マンツ 花王執行役員ESG部門統括

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Interviewee
デイブ・マンツ 花王執行役員ESG部門統括
Interviewer
山吹善彦・SB Japan Lab/サンメッセ総合研究所(Sinc)副所長

清潔で美しくすこやかな習慣――。花王はそんな意味を持つ日本語「きれい」を全面に押し出したESG戦略「Kirei Lifestyle Plan(キレイライフスタイルプラン)」を掲げ、未来を切り拓こうとしている。同戦略には、21世紀型の“よきモノづくり”を追求し、持続可能で「こころ豊かな暮らし」を世界に届けようとする創業以来の精神が込められている。花王は、世界的にまだ知られていない言葉「きれい」に基づいた暮らしを提案することで、唯一無二のグローバルブランドになろうとしている。「この10年間、ESG部門を新設するなど組織的な改革を行ってきた」と語る、デイブ・マンツ執行役員ESG部門統括に話を聞いた。

コロナ禍の事業では洗浄・衛生製品に注力

山吹:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は世界に大きな影響をもたらしています。コロナ禍でどんなことを優先的に行いましたか。

デイブ・マンツ氏(以下、敬称略):社員の安全を第一に考えました。パンデミックの初期段階からリモートワークを導入し、CEOのメッセージも社内に共有するなど非常に迅速に対応しました。事業においては、洗浄・衛生製品の製造に注力しました。例えば、日本では手指消毒製品の生産能力を 20 倍に急増させ、緊急を要する医療機関や高齢者施設などへ優先的に供給しました。ドイツの製造施設では生産内容を変更し、初めて消毒製品を生産しました。このほか、清潔で衛生的なライフスタイルを実現するために「あわあわ手あらいのうた」の動画を日本語や英語、中国語、スペイン語など7カ国語で公開しています。

こうした行動の根底には、生活者の生活に心からの満足と豊かさをもたらしたいという企業理念「花王ウェイ」があります。また、私たちはコンプライアンスにおいては、正道を歩む、誠実で清廉な事業活動を行う企業であることを重要視しています。「誠実」であるために、事実とエビデンスに基づいた視点、解決策を共有することが、このような困難な時代に最も効果的な行動につながると考えています。

ESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」に込めた思い

山吹:花王は昨年4月、2030年に向けたESG戦略「Kirei Lifestyle Plan(キレイライフスタイルプラン)」を発表しました。

マンツ:環境危機や社会的変化など地球規模の問題に直面している今こそ、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から、私たちが目指すべきものを見つめ直す時期ではないかと考えました。具体的には、ESGに関するコミットメントをより目に見える形で再構築し、花王のDNAをより大胆に、そして花王らしいものにして外部に向けて発信し、社員のモチベーションを高め、これまで以上に高いレベルで行動ができるような新たな戦略を掲げたいと考えました。

山吹:どのように「Kirei Lifestyle Plan」を策定しましたか。また「きれい」をどう定義していますか。

マンツ:戦略の策定にあたっては、まずマテリアリティ分析を行い、グローバルな視点から花王が解決すべき最重要課題を探りました。世界中のステークホルダーを対象にアンケート調査を行いました。出てきた約 90の課題の中で、花王にとって最も重要なことは何か、社内にどんな変化が必要かを考えました。この作業がESG戦略の基礎となっています。

花王らしいものを追求し、「きれい」という言葉を選びました。「清潔で美しくすこやかな習慣」を意味する「きれい」は、昔から花王に根ざしている精神です。とりわけ重要なのは、「きれい」という言葉が持つ、外面だけでなく内面も含めた清潔感、秩序のある、こころ豊かな生活という価値です。「きれい」は、個人だけではなく家族や地域、地球のためのホリスティック(全体的)な生活観と言えます。「きれい」は、私たちが世界中の人たちに向けて創り出そうとしているコンセプトであり、花王というブランドから想起されるアイデンティティでありライフスタイルであって欲しいと思っています。

世の中が求めるものも大切ですが、会社の中心にある「自分たちは何者なのか」という問いに忠実であることも大切なことだと考えています。

山吹:「きれい」は世界の人々に受け入れられていくと思いますか。

マンツ:「きれい」について説明すると、すぐに理解してくれ、惹かれてしまう人が世界的に多いと感じています。欧米をはじめとする世界中の生活者に「きれい」という概念をもたらす絶好のチャンスだと思っています。多くの人が「きれい」に込められた考えに共感してくれると思います。

私は人生のほとんどを米国で過ごしてきましたが、ここ10年ほどで、多くの人が東洋哲学に非常に興味を持ち、魅力を感じるようになっています。日本の文化ですと、シンプルさ、自然との距離の近さ、精神的な要素に人々は興味を持っています。これらは西洋の人にとって非常に魅力的な考え方であり、差別化のポイントでもあります。

山吹:日本企業として、日本の文化や精神性を世界に紹介する時が来ているということですね。花王はESG戦略の実行にあたっては、①すべての中心に生活者を据える②ESG戦略を事業に統合する③生活者と同様に他の企業、政府、NGO/NPOと連携する、の3点を重要視しています。

マンツ:ESG戦略を事業に落とし込むことで、花王はKirei LifestyleとESGのレンズを通して、すべてを見ようとしています。戦略の根幹は、生活者を起点にすることです。世の中では、ESG戦略といえば、会社が何をするのか、水の節約や製造過程でどれだけのCO2を削減するかについて伝えることが多いです。花王はそれだけではなく、生活者を主役に据えた戦略を実行することを何より重視しています。生活者がより持続可能なKirei Lifestyleをおくれるようにするにはどうしたらいいのか――。すべてにおいて、生活者にフォーカスしていくことがとても重要だと思います。

企業は自分たちで世界を変えることもできますが、本当に世界を大きく変えようとするなら、企業だけでなく生活者も含め全員が変わらないといけません。そのために、花王の商品やサービスを使うだけで、生活者が持続可能なKirei Lifestyleを送ることができるように手助けすることが必要です。こうした生活者目線、生活者志向、生活者起点の思考は、Kirei Lifestyleを実現するために不可欠な要素です。

生活者が無理なく持続可能な暮らしをおくるには

山吹:生活者起点についてですが、企業は生活者がエシカルな製品や持続可能な製品を購入するよう行動を変容させていくことができると思いますか。米サステナブル・ブランドの調査では、生活者の65%は環境や社会に配慮した製品を購入することが大事だと考えながらも、実際に価格などを理由にそうした商品を購入する人は28%に留まるという結果が出ています。

マンツ:私は製品開発や研究開発に携わってきましたが、そうした思いと行動のギャップはあらゆる場所に存在すると思っています。例えば、健康的なライフスタイルや食事の話をし、素晴らしい思いがあったとしても、行動は決してそうではないという場合があります。変わらない理由はいくつかあるでしょうが、一つは、人の行動を変えるために強制しようとしてしまっていることです。「もっと運動しなさい」「あれもこれもやめなさい」と一日中言っても、行動を変えさせるのは、実際にとても難しいことです。

大切なのは、生活者のライフスタイルに大きな負担をかけないように、現在の習慣に簡単にフィットする解決策を見つけ、生活者にとって「快適な変化」をもたらすことです。そのためには、楽しく、魅力的で、簡単であることが必要です。花王は生活者にあえて変化を求めたり、多くのお金を使わせるのではなく、そのための知恵を企業が出す必要があると考えています。つまり、「従業員のみなさん、どうしたら使いやすく、手ごろな価格で、ライフスタイルにあったアイデアが出てくるでしょうか」と問いかけ、ソリューションを生み出すことです。商品を魅力的で、手間のかからないものにすることで、思いと行動のギャップを縮めていきたいと考えています。

山吹:それはいいですね。「Kirei Lifestyle Plan」に基づいて、お客様に無理強いするのではなく、魅力的な選択肢を提供していくということですね。

マンツ:そうです。詰め替え用パックなどもその一例です。日本の詰め替え用パックは驚くべき進化を遂げてきました。世界中の人に「当社の衣料用・住居用洗剤やパーソナルケア製品の約80%が詰め替え用パック製品だ」と話すと驚かれます。約30年かけて到達しました。最初の詰め替え用パックは1990年代初頭に発売しましたが、ハサミで切らなければならず、使い勝手が良くありませんでした。改良を続け、今では本当に使いやすいパッケージになっています。大切にしているのは、簡単で手頃な価格にするための継続的な努力と、将来的な付加価値の向上を目指していくことです。

プラスチック包装容器の削減もさらに進めています。詰め替え用パックを詰め替えずに、それ自体を容器として使えるよう改良を重ねてきました。例えば、「スマートホルダー」です。詰め替え用フィルム容器をセットするだけで繰り返し使えます。しかし、さらなる進化が必要だと考え、「Air in Film Bottle(エアインフィルムボトル)」を開発しました。

スマートホルダー(中央)とエアインフィルムボトル(右)

フィルム容器の外側に空気を入れて膨らませて自立させることで、本体容器のように使用することができるボトルです。プラスチックの重量を約50%減らすことができました。使いやすいポンプと、使用すると縮小する内袋が付いているので、容器内に残留物が残らないというのも利点です。ポンプは再利用できますが、フィルムは多層化されているのでリサイクルすることが難しいのが現状です。ですから、技術革新によっていずれは完全にリサイクルできるよう一生懸命取り組んでいます。

花王の基本となる価値観「正道を歩む」

山吹:「生活者へのマーケティングアプローチを行う際には、サプライチェーン、特に人権などの問題も含めて、常に正しい方法で行うことに注意を払わなければならない」とおっしゃっています。どのように注意を払っていますか。

マンツ:「Kirei Lifestyle Plan」の根底には「正道を歩む」という花王の基本となる価値観があります。花王の原点でもある「誠実に行動する」ことが絶対的に重要です。

今の生活者は、商品を買う企業のことを知りたいと思っています。花王がどのような価値観を持ち、どのように人々に接しているのか、どのようにサプライヤーに接しているのか、そのサプライヤーがどのように人々に接しているのか、環境に配慮しているのか――。生活者は自らの価値観にあった企業になって欲しいと思っていて、企業に高い透明性を求めています。生活者が望むパートナーになるためには、これらの要素をすべて実行することが重要です。

山吹:NGOやステークホルダーから特に注目されるものの中に、花王の商品にも使用されているパーム油があります。NGOや現地のサプライヤーとコミュニケーションをとる際に最も重要なことは何でしょうか。

マンツ:現場で何が起こっているのかを深く理解し、小さな工場にいたるまで状況を理解し、より良く、より持続可能なものにするにはどうすればいいのか。それを理解するためにさまざまな取り組みを行っています。重要なことは、RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)認証をきちんと理解すること、そしてサプライチェーンのもっと深く、小さな農場までさかのぼっていくことです。サプライチェーンの隅々まで働きかけ、何が必要なのかを見つけ出し、状況を改善していくことに力を注いでいます。

もう一つ、花王は技術開発で状況を改善してきました。あまりお伝えしたことはないのですが、洗濯用洗剤「アタックZERO」には新たな洗剤基剤「バイオIOS」が使われています。ヤシの木から界面活性剤を取り出す際、界面活性剤として使えない物質が残るのですが、私たちはこの余剰物質から非常に機能性の高い洗剤基剤を作る方法を開発しました。洗浄剤の需要増加による森林伐採など土地利用の転換という課題に一石を投じることができたと考えています。

パーム油だけでなく海洋プラスチック、気候変動など他の問題にも当てはまることですが、こうした地球レベルの問題の多くは、企業だけでなく政府や地域社会などさまざまなセクターが協力して、実行可能な解決策を見つける必要があります。私たちは努力をしていかなければならないし、変化をもたらすことができると思います。業界団体などにも積極的に参加して、一緒に課題に取り組んでいます。

事業を通じてポジティブな影響を生み出す

山吹:グローバル企業が抱える難しさの一つに、世界各国で分断された、あるいは別々の規制やガイドラインがあることです。世界中のステークホルダーを満足させるような全体的な解決策を見つけるのは大変なことではないかと思います。

マンツ:世界を大きく変えようとするのはとても大変なことです。真の解決策を考える時には、ホリスティックな見方をすることが大切であり、私たちはそれを推進したいと思っています。

全体的な視点からLCA(ライフサイクルアセスメント)全体を見るということもそうです。そのソリューションの中にはマーケティングも含まれます。循環型経済や回収したリサイクル素材を使うことは素晴らしいことだと思いますが、それだけが唯一の解決策ではありません。エネルギーの消費量が高くなるという側面もあります。だからこそ、私たちは削減することにこだわっています。例えば、包装容器に使用するプラスチックの量を減らすことにも大きな意味があります。より全体的な視点が重要だと考えています。

山吹:ホリスティックな視点を持つこと以外に、社会や未来に選ばれるために重視していることはありますか。

マンツ:これまでのサステナビリティの取り組みの多くはネガティブな影響を減らすことに焦点を当てていました。それも重要ですが、それだけでは必要な変化をもたらすことはできません。事業を通じて、ポジティブな影響を与えることに焦点を当てていきたいと考えています。

新たなESG戦略を立てた理由も、ネガティブな影響を減らすことに焦点を当てた考え方から、生活者に焦点を当てたポジティブな影響を生み出す考え方へと転換したかったという思いがあったからです。サステナビリティというと環境課題への取り組みを想像する方も多いですが、ESGは明らかに環境、社会、ガバナンスの側面、つまり人々がどのように行動するかということを示すものです。ESGはよりホリスティックな概念だと思います。

山吹:COVID-19の脅威はまだ続いています。コロナ禍、ポストコロナにおいて「Kirei Lifestyle Plan」の位置づけに変化はありますか。その中でも何が重要になると考えますか。

マンツ:「Kirei Lifestyle Plan」はより一層重要になると考えています。この数カ月間に起きている世界の変化を見ていると、私たちが戦略の中で掲げる「脱炭素」や「ごみゼロ」「人権の尊重」などの社会問題の重要性が高まるのは明らかです。そして環境問題への取り組みは今後も重要であり、このような状況だからといって後退することはないと考えています。COVID-19により、私たちは孤立しているように思いがちですが、今回のパンデミックは、私たちが互いにつながっていること、そして私たちの個々の行動がすべての人に影響を与えることを強く思い起こさせてくれたと思っています。

文:小松遥香 写真:高橋慎一

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デイブ・マンツ
デイブ・マンツ

花王株式会社 執行役員 ESG部門統括
多種多様な日用品を扱う、東京を拠点に置く花王株式会社の執行役員、ESG 部門統括。花王のグローバルな ESG 戦略の策定、実行を主な役割とする。花王での 20 年にわたり、研究開発およびマーケティングの両方でマネジメントに携わっており、事業を成功に導く新しい取り組みの開発・発売にも複数携わってきた。キャリアのスタートは 34 年前、P&G で幅広い様々なコンシューマーブランドに携わったことに始まり、その後、ビューティーケアや食品産業の小売業でも経験を積んだ。花王に加え、J.M.スマッカー、ペプシコのレストラン事業部、またマクドナルドの新コンセプト部門での幹部職を歴任。妻キャシーと共に、アメリカ・シンシナティで暮らしている。

山吹 善彦
インタビュアー山吹 善彦 (やまぶき・よしひこ)

SB Japan Lab副所長/サンメッセ総合研究所(Sinc)副所長/上席研究員
サンメッセ株式会社 ソリューション企画部 次長
大学卒業後、広島県北部を中心としたアートマネジメント及び地域創生プロジェクト従事。英国Volunteer Matters(Community Service Volunteers)に参加の後、2003年英国バーミンガム大学にてMBAを取得。帰国後、企業の環境CSR領域のコミュニケーション活動支援及びCSRコンサルティングに従事。CSR/ESG/CSV関連の活動支援・コンサルテーション・情報発信支援実績多数。
共著に『統合思考とESG投資』など