「利他主義」を経営の根幹に置き、新たな時代を切り開く――LIFULL 井上高志社長
- Interviewee
- 井上 高志・LIFULL社長
- Interviewer
- 青木 茂樹 サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー
|
日本初の不動産・住宅情報サイトHOME'S(ホームズ、現LIFULL HOME'S)を1997年に立ち上げたLIFULLの井上高志社長は「利他主義」を経営の中心に置く。現在、空き家の再生による地方創生や介護、女性の子育てと仕事の両立を支援するなど、人生や暮らしに関係するさまざまな領域で事業を展開している。井上社長は、「取り組みが難しいとされる社会課題を解決し、人が幸せに生きる社会をつくるには、人の心を解き明かし、自律分散型の社会システムをテクノロジーによって実現する必要がある」と話す。人とテクノロジーが共存する21世紀、そしてその先を見据えて、人が真に幸せに生きられる社会を実現しようと取り組む井上社長に話を聞いた。
青木:御社は解放感がある建物で、コワーキンスペースも併設されているんですね。1995年に前身となるネクストホームを創業されたわけですが、不動産業を選ばれたきっかけは何でしょうか。
井上:新卒で不動産業界に入った時、業界の「情報の非対称性」を変えたいと思ったことが始まりです。当時の不動産業界は情報が不透明で、なぜお客様は限られた情報の中から「一生に一度」ともいえる高価な買い物をしなければならないのだろうと、疑問を持ちました。創業したのは26歳のとき。1995年でしたから、不動産ポータルサイトとしては日本で初めてでした。当然ヤフージャパンもグーグルもありませんでした。
1997年、情報の非対称性を解消するために、日本中の物件のデータベース化を目指し、全国津々浦々の情報をリアルタイムで集め、一般ユーザーに瞬時に届けるためにメディア「HOME'S(ホームズ)」をつくりました。当初は、物件情報の掲載数に応じて料金をいただいていました。それから試行錯誤し、現在は月額の利用料金を基本に、情報掲載料は無料です。ユーザーから問い合わせがあったものについては料金をお支払いいただいています。この仕組みに変えたことで、掲載物件数が約160万戸から一気に約700万戸まで増えました。
青木:いまはもうLIFULLのインフラがないと不動産や住まいを探せないわけですよね。その約700万戸は不動産物件数の最大数でしょうか。
井上:全国で約850万戸の物件があると言われていますが、市場に出てくるのは大体約500万戸なんです。市場に流通している約500万戸のうち、50%の物件は弊社で網羅しています。約700万戸は、不動産会社が同じ物件を登録し、ダブルカウントされているからです。残りの約350万戸は、一部は別荘で約310万戸は相続したけれど誰も住んでいないまま放置されている空き家で、ここにきて大きな問題になっています。
なぜ利他主義を掲げるのか
|
青木:ベンチャー企業を立ち上げ、そこから地方を中心に空き家問題などさまざまな社会的課題に取り組んでいるのですね。いまは「世界中のあらゆる『LIFE』を、安心と喜びで『FULL』にする」という社名に込められた思いの通り、事業範囲を広げられ、サステナブルな経営をされています。いつからそういう思いをお持ちになったのでしょうか。
井上:創業時から利他主義が基本にあります。26歳で社長をやるといっても経験もありません。リーダーシップもマネジメントも何から始めていいか分からない中、さまざまな経営者の本を読みました。そのなかでも京セラの創業者、稲盛和夫さんの著書に「利他の心が経営の中心だ」というお話があって、こういう何兆円規模のビジネスを行う経営の神様のような人が「利他」と言っているのかと驚きました。そこから根源的な利他の意味を調べ、すごく素敵だと感銘を受け、社是にしました。いまの私たちの経営、働く環境づくりなどすべてにおいて利他主義が中心にあります。
青木:私は駒澤大学で教えております。曹洞宗の大学で、建学の理念に慈悲・利他が謳われています。利他主義をどういう風に経営理念に反映されていますか。
井上:経営理念は「常に革進することで、より多くの人々が心からの『安心』と『喜び』を得られる社会の仕組みを創る」というものです。私たちが目指すのは、イノベーションによって幸福な社会をつくることです。
ポジティブ心理学で、人は常に安心と喜びがセットになった時に幸福状態になるといわれています。ところが、世界中で不便、不安、不透明とか不祥事などがありますので、そういう「不」に対して事業を通じて解消することにチャレンジすべきだと思っています。
家を住み替えようと思う人たちが、心から安心して自分の家を選ぶことができ、新しい新居で本当に生活の喜びが感じられる業界をつくりたいです。そのために、一般消費者、顧客、従業員、パートナー、株主、地球環境、社会と自社の「八方よし」で、すべてのステークホルダーが公益を生み出していく「公益志本主義経営」を実践しています。
「ウェル・ビーイング」を構造的に研究し、実現策を考える
|
井上:先ほど、不安のある状態を取り除いて安心の状態にすると話しましたが、それにプラスして「喜び」をつくっていきたいと思っています。幸せの構造要因というものがあり、喜びの感情は「快楽」「充足」「貢献」の3つから生まれるとされています。快楽は熱しやすく冷めやすく、充足はかけた時間と同じ時間をかけて忘却していきます。でも、貢献は累積型で承認欲求をずっと満たしていくので、喜びが持続する時間が長い。それが利他の本質です。
マズローの欲求5段階説でも、自己実現欲求の上の段階は貢献欲求、自己超越欲求です。人間の構造もそうですから、きれいごとではなくて合理的に自利・利他になります。継続して自分たちだって利他的なことをやっていれば幸福度が増していきますから、自利になります。そういう経営の方がいいと思っています。
青木:大学で利他と言っても学生にはなかなか響きません。でも、井上社長のお話を聞くと具体的で分かりやすいし、従業員のみなさんも納得されて、実践されているのかなと思います。
井上:きちんとしたロジックで、エビデンスもあります。それを実践して、具体的に事業活動になり、成果も出てくるとこれで正しいんだという風になります。
究極の目標は「ウェル・ビーイング(永続的な幸せ)」と「ワールド・ピース(世界平和)」の実現です。人間の心を解き明かして、社会システムをアップデートして、テクノロジーで加速させる。この掛け算をしていけば、壮大で無理かもしれないと言われていることも、できるんじゃないかと思っています。
そのために、公益財団法⼈ Well-being for Planet Earthを設立し、人はどうしたら幸せになるかを学問的に体系立てていく取り組みをしています。どういう状態がウェル・ビーイングかを確立すると、次に測定手法を開発し、産業化し、文化にしていきたいと考えています。
ロックフェラー財団が投資をして予防医学を完成させ、メタボリック症候群の測定手法を確立し、ヘルスケア産業は勃興しました。現在、医療・ヘルスケア産業は約300兆円の市場規模があり、10年もすれば500兆円になるといわれています。おそらく、健康以上に幸福の方が圧倒的に大きな市場になると思うんです。
誰もが幸せになりたいと思っていますから。人は生まれながらにして幸せであることが当たり前という文化までつくりたいと思います。でもそのためには、社会構造が変わらなければいけません。株主至上主義ではいけませんし、資本主義をバージョンアップしていく必要があります。
地方創生に取り組みながら、自律分散型で限界費用ゼロ社会へ
青木:具体的に、事業としてどのようなことをなさっていますか。
井上:地方創生推進の中で「LivingAnywhere Commons」という事業を行っています。場所やライフライン、仕事など、あらゆる制約に縛られることなく、好きな場所でやりたいことをしながら暮らす生き方「LivingAnywhere」を実践することが目的です。すでに福島県磐梯町、静岡県下田市、岩手県遠野市にワークスペースと長期滞在できる住居スペースを併設した複合施設があります。
将来的に限界費用がゼロに近づくと考えています。例えば、いま4人家族が都心で暮らすには世帯年収が700万円はないとかなり厳しいと思います。でも生活コストが10分の1になれば、年収70万円でどこでも主体的に暮らしていけます。働き方そのものが劇的に変わり、サービス残業しながら、通勤ラッシュに揉まれて帰るということから解放されるようになります。そうすると、やりたいことをやり、自分の生かせる能力を世の中のために生かすという本来の「働き」が実現できます。そういう社会を早くつくりたいと思っています。
LivingAnywhere Commonsは、1IDあたりの月額が2万5000円です。福島県磐梯町の拠点は、もともと企業の保養所だった建物をほぼ無償で借りてリノベーションをし、35人が寝泊りできる場所になっています。費用に含まれるのは1カ月の滞在費用と水道光熱費、通信費です。単純に言えば、全国のLivingAnywhere Commonsの拠点を巡れば、年間30万円で暮らせます。
LivingAnywhere Commons 会津磐梯
|
ワーキングスペース
|
人間は場所・時間・お金の制約から解放されると、かなり自分らしく生きられると思います。ですからこの事業を通して、自分らしく自由に生きられるようにしよう、と新しいライフスタイルを提案しています。
青木:それが地方創生にもつながっていくわけですね。全国にどのぐらいの拠点を設ける予定でしょうか。
井上:2023年までに100カ所の拠点を設けたいと思っています。全国には廃校になった中学校や小学校が約6000校あり、その中の約5000校が用途不明のまま放置されていますから、そういう場所を使おうとしています。交流・関係人口が増えて、移住してくる若者が増えると思います。
そうなると、会社という形もなくなっていくのではないでしょうか。特定の会社の従業員でいる必要はなくなります。もちろんダムを造るとか海底ケーブルを引くとなると組織が必要ですが、知的産業はプロジェクトベースで1人が3つ、4つのプロジェクトに関わって自宅から働くということが普通になると思います。
青木:今までは、GAFAのようなプラットフォーム企業に富が集中することが懸念されてきましたが、井上社長はそうじゃないとおっしゃっているわけですよね。
井上:そうですね。中央集権的なものは国家運営でも企業経営でもおそらく崩れてくると思うんです。20世紀は中央集権的であることが合理的で効率的で利益を出しやすかったのですが、テクノロジーの進化がそれを変えています。テクノロジーが進化すればするほど、人間は自律分散型の社会の方が、都合が良くなるのではないでしょうか。テクノロジーを使うことで、限界費用をゼロに近付けていくと、少ない収入でも時間に余裕ができ、十分に豊かな生活ができて、インフラの維持のために毎年10兆円近くかけることも必要なくなり、幸福度も上がります。
私たちは2025年までに100カ国で100社の子会社を設立し、100人の経営者を生み出し、世界中の人々の暮らしを変えることを目指しています。真の起業家や実業家を育てて、LIFULLの理念、利他ということから1歩もずれずに、社会課題を解決するチームをつくりたいと思っています。これを中央集権的に創業経営者が色々と指示をするのはおそらく時代にそぐわない。それよりは連邦国家型で横に並べて、思い思いのスタイルでやっていくコミュニティ型、プロジェクト型の方がいいだろうと思います。
日本で一番働きたい会社であるために
青木:従業員の方もさまざまなアイデアを出し、新規事業をつくっていくマインドがあると聞いています。どうやってそういう仕組みをつくり、社内で形にし、事業化していますか。
井上:かなり色々なことをしています。もともと「日本一働きたい会社」をつくることを目指してきました。2017年に「ベストモチベーションカンパニーアワード2017」の第1位をいただきました。働きがいのある会社とは、従業員の内発的動機づけを最大限に発揮できる環境をつくる会社だと考えています。ですから、従業員がやりたいことができる場所にしようと人事制度には相当気を使っています。
青木:従業員のみなさんから新規事業の提案は年間どのぐらい上がってきますか。
井上:100―150件です。社内の新規事業提案制度のほかに、「OPEN SWITCH」という社外の人にも事業提案をしてもらえる取り組みも始めました。出資や業務提携も行っています。中には、地方で長く会社を経営してきたけれど、後継者がいなくて会社をたたむしかないという提案もあり、経営者をやりたいという従業員を募り、経営者の育成につなげています。そうやって100社、200社、300社と増やしていきたいと考えています。それぐらいの数になると、それぞれの事業を細かく見て「こうしろ」「ああしろ」と言えませんから、基本は任せます。だから仕組みづくりです。仕組みづくりと再現性をどこまで徹底することができるか。
青木:仕組みづくりをする上で、どのようなことを心掛けていらっしゃいますか。
井上:私は自分自身を凡人だと思っています。例えば、天才型の野球選手なら「球って手元で止まって見えるじゃない。そこをパシっと打つだけだよ」と言うかもしれません。でも私はそうは見えませんから、「あのピッチャーは左利きで投げる時には癖があって、カーブを投げる時には利き足の方が3㎝ぐらい外に向くぞ」みたいなことを教えて、ひたすらその練習をして、誰もが打てるようにします。誰でもできるようにすることが私の伝えるところです。物事の構造、未来もすべて構造化して人に伝えます。「こういう仕掛けになっているよ。だからポイントはこれとこれね」と伝えるように努力しています。そうすると、私じゃなくても再現できます。誰でも剛速球が打てるようになることを目指しています。
青木:そういう風にしていくために普段から心掛けたり、取り組んでいることはありますか。
井上:それは全部ですね。必ず「そもそものゴールは何だっけ」から逆算する思考が強いですね。未来の社会がどうなるかが分からなかったら、はっきりするまでさまざまな人に会って情報を集めて、こうだろうかああだろうかと考えています。
住まいは生活の基盤、前例のないことに挑戦していく
青木:バックキャスティング思考が身についていらっしゃるということですね。昨年から新たに「LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL」という取り組みを始められ、高齢者や外国籍の方、LGBTQ+の方、生活保護の利用者、シングルマザーやシングルファザー、被災者など、不動産を借りることが難しい人たちの住まい探しに協力的な不動産会社を紹介するプロジェクト「FRIENDLY DOOR」も行われていますよね。
井上:これも従業員のアイデアから生まれたものです。現在、1000社以上の不動産会社さんが賛同してくれています。
青木:そんなに沢山いらっしゃるんですね。
井上:はい、実際にさまざまなバックグラウンドに対して理解や親身になってくださる不動産会社さんや大家さんは全国に多くいらっしゃいます。
従業員の中にも外国籍だからという理由で住まいがなかなか借りられない体験をした者もいます。それに日本は連帯保証人文化ですから、日本人でさえ連帯保証人がいないと借りられません。私も東証一部上場企業の社長になった後、先に全額を払うとお伝えしても、連帯保証人がいないと賃貸物件を貸せないと言われ、年金暮らしの両親に連帯保証人になってもらった経験があります。そういうところを変えていきたいんです。
住まいは生活の基盤です。衣食住の中でも、食と住は担保されないと最低限の生活ができません。だから、そこをうまく繋げたいと思っています。
文:小松遥香 写真:高橋慎一