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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
サステナブル・オフィサーズ 第45回

新たな挑戦を応援し、レジリエントでサステナブルな社会をつくる――藤井史朗・MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス副社長

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Interviewee
藤井史朗・MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス副社長
Interviewer
足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

世界的な異常気象やデジタル革命による社会の急速な変化によって新たなリスクと不確実性が高まる中、損害保険大手MS&ADインシュアランスグループホールディングスは「レジリエントでサステナブルな社会」の実現を目指している。藤井史朗副社長は「保険は本来、挑戦する人を応援するという大きな役割がある。社会的課題の解決につながる商品・サービスを提供することで、防災・減災を進め、人々が支え合う強靭で持続可能な社会をつくっていく」と話す。国内でも深刻化する自然災害や新たなリスクにどう対応していくべきなのか。課題山積のこれからの時代、損害保険会社が果たすべき役割とパーパス(存在意義)について聞いた。

増加する自然災害にどう対応するか

足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー(以下、足立):気候危機とそれに伴う世界的な異常気象は、損害保険会社にとって大きな経営リスクになりつつあるのではないでしょうか。日本でも西日本を襲った2018年の西日本豪雨や台風21号、2019年の台風15号・19号は東日本や東北地方に大きな被害をもたらしましたね。

藤井史朗副社長 ( 以下、藤井):そうですね。自然災害による損害に対する保険金支払額は近年、大幅に増加し、それに伴い残念ながらお客様にお支払いいただく保険料も上がってきています。保険会社としてもっと工夫をしていく必要がありますし、世の中のサステナビリティとわれわれのサステナビリティが調和できるところを目指していかなければなりません。

2018年度の自然災害による業界全体の保険金支払額は過去最高の1兆5000億円でした。2019年度も1兆円を超える見通しです。前年度よりも減ったとはいえ、日本の損害保険業界は風水災による自然災害でこれまで1兆円を超える保険金を払ったことはありませんでした。

火災保険料が上がり続けると、値段が高すぎてお客様が保険を買えなくなる、逆にリスクに見合う保険料でなければ損害保険会社が保険を提供し続けられなくなる、という2つの問題が生じます。

ハリケーンによる被害が多く発生する米フロリダ州では、民間の損害保険会社が保険をほとんど提供できなくなり、州営のような形になっています。この場合には十分に保険で補償することができなくなります。

日本でも豪雨や台風による自然災害が増加し続けると、損害保険会社がお客さまに対して自然災害によって生じるリスクをカバーする十分な保険を提供できなくなることも理論的にはあり得るのではないかと思っています。

地震保険はすでに国と民間保険会社が共同運営しています。1964年の新潟地震がきっかけで「地震保険に関する法律」が誕生しました。東日本大震災の保険金支払額は約1兆3000億円にのぼりましたが、国が再保険でサポートしていることから民間保険会社の負担は一部でした。こうした仕組みのおかげで補償内容も支払金額も拡充してきました。

足立:なるほど。今後はさらに異常気象や気候変動で自然災害が深刻化することも予想される中、損害保険会社の対応はますます重要になりますね。やはり保険が提供できなくなっては困ってしまいますから。

藤井:保険事業において最も大事なことは、起きた損害による損失を補填することだけではなく、事故による損害からお客さまを守るための防災・減災の対策を一緒に進めていくことです。それでも損失が出てしまったときに補償するのが保険です。

気候変動の対応についても同じ姿勢です。「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」に賛同し、気候変動の緩和と適応に貢献するよう取り組んでいます。気温上昇に伴って洪水の発生リスクが高まっています。東京大学や芝浦工業大学と連携して、世界的な洪水リスクの予測と影響評価を精緻化する研究を進めています。それにより、将来の気象災害の発生予測を活用した経営戦略・事業投資の支援をしていく考えです。

石炭火力発電への対応については、現在社内で議論をしているところです。日本政府はエネルギー基本計画で主要な電源と位置付けていますが、一方で多くの日本企業は石炭火力発電を減らそうと取り組んでいます。電力需給がひっ迫する国の中には、現時点では石炭火力が最も安価で安定的な電源供給が実現できるというメリットがある反面、二酸化炭素の排出を長期にわたって固定してしまうという課題もあり、難しい問題です。しかし真剣に議論を進めています。

また「生態系を活用した防災・減災(Ecosystem-based Disaster Risk Reduction;Eco-DRR)」など、災害リスクを低減するための取り組みにも参加していくことが重要と考えています。

足立:その生態系ですが、優先課題の一つに「自然資本の持続可能性向上に取り組む」とあります。なぜ自然資本に注力するのでしょうか。

藤井:やはり生物多様性が保全され地球が健全であることが、レジリエントでサステナブルな社会を実現するための基本だと思います。水資源や森林資源の問題など自然資本をどう管理していくかはこれからのビジネスを考える上で極めて重要です。温暖化がこれだけ進んでいますので簡単なことではありませんが、生態系や食物連鎖が成り立つような仕組みをつくることまで考え、事業を行っていくことが必要だと思います。コンサルティングなどグループ事業全体を通して、自然資本の持続可能性向上に取り組んでいきます。

その一環として、足元では希少生物の交通事故死を防ぐ取り組みをしています。交通事故は希少生物の死因の上位に入ります。そこで、国や地方自治体が保有するデータを活用し、野生動物とクルマの交通事故多発地点・区間に接近すると音声で注意を促す機能を開発し、弊社の専用ドライブレコーダーやスマートフォン向けアプリに搭載しています。動物の生活史、時刻や天候に応じた出没率に合わせてアラート音が変化する仕組みです。

世の中が変われば、それに合わせて変わっていく

足立:野生動物とそういう接点、貢献もできるのですね。ところでその自動車事故ということでは、自動車保険は損害保険会社の稼ぎ頭です。しかし自動車産業を取り巻く環境は大きく変わっています。年頭に米ラスベガスで開催された家電・技術見本市CESでは、ソニーが電気自動車を発表して話題になりましたよね。AIによって自動運転技術が進化し、自動車事故も減っていきます。事業に与える影響はどうでしょうか。

藤井:世の中のすべての自動車が自動運転になれば、自動車事故は限りなくゼロに近づくでしょう。それは世の中にとって幸せなことです。損害保険会社にとっても事故や災害が起きない方が幸せです。家が燃えてしまったら、例え保険金が支払われたとしても思い出は返ってきませんから。

自動運転が進めば、自動車保険の必要性は低くなりますが、社会が変われば他の保険が必要になります。すべての自動車が自動運転で走行するまでにはプロセスがあり、時間がかかります。その間、自動運転のクルマと従来のクルマが同じ道を走ったら、やっぱりリスクが残ります。もちろんレーンを分けるとか色々な方法があるでしょうが、リスクはゼロにはなりません。

それから、おそらく将来的にはエッジコンピューティングによって、人間が判断をするのと同じように自動車自体が運転を制御するシステムになるでしょう。しかし、プログラムにミスがあったり、ハッキングされてしまうかもしれません。絶対に事故が起きないとも言いきれません。

自動車保険の売上高は減るかもしれませんが、世の中が変化すれば、それに合わせて保険会社の商品・サービスも変わっていくと思っています。それに、自動車事故では、相手と交渉するとか、精神的なサポートなども含めて、保険会社でなければできない仕事があります。

リスクソリューションカンパニーとして

足立:コミュニケーションについても新しい取り組みをされています。2018年の「さあ、いい方の未来へ」という新聞広告シリーズは、新聞の一面を使って「日常化する異常気象」「超高齢化社会」「自然資本」「サイバー攻撃の脅威」「レジリエントなまちづくり」などのリスクを取り上げ、ページをめくるとその裏面にはMS&ADインシュアランス グループが事業を通してどんなソリューションを提供できるかが書かれています。昨年末には「第68回日経広告賞」で「金融部門優秀賞」を受賞しました。私は、保険会社がリスクをこれだけ明確に、具体的に書いていることに驚きました。

藤井:いまの世の中は、リスクも含めて事実を正しく伝えることが大事です。

われわれのミッションは「グローバルな保険・金融サービス事業を通じて、安心と安全を提供し、活力ある社会の発展と地球の健やかな未来を支える」です。これを達成するために、阻害する社会的課題から生じるリスクに向き合い、社会的課題の解決につながる商品・サービスを提供することによって、お客さまが安心して生活や事業活動を行うための環境を創り上げていくことを目指しています。広告で取り上げたリスクは、社会との共通価値を創造するストーリーの中で浮き彫りになったものです。

まずリスクを認識していただく。そして、事故や損害などが起きないように防災・減災の取り組みをしてもらうことが最も大切です。「安全運転してくださいね」「火事にならないように火の始末をしてください」という当たり前のことをきちんとやっていただくということです。

われわれの会社の役割とは何かと考えたとき、単なる保険を提供する保険会社ではなくリスクソリューションカンパニーだと思っています。大切なことは、損害保険のお支払いではなくその前段階にあります。リスクに関するアドバイスをする中で「リスクをすべて自分で抱えても大丈夫かどうか」を考え、理解していただくことです。そして、お客さまに納得してもらえるよう説明責任をちゃんと果たし切るということは、ブランドを構築していく上でも重要です。ブランドとは「信頼してもらって約束する」ということですから。

足立:保険というと受け身なイメージがありましたが、能動的に「レジリエントでサステナブルな社会」を創っていこうと考えているということでしょうか。

藤井:そうですね。保険は、個人や企業などチャレンジする人たちを応援するものです。チャレンジにはリスクが伴います。保険の起源をさかのぼると、12ー13世紀頃の海上貿易で、遭難などにあった際に船と積荷の返済を免れるための仕組み「冒険貸借」だといわれています。保険の根底には冒険心のある取り組みをサポートするという考えがあり、それが社会の発展につながっていきます。

足立:これからどんどんビジネスあるいは暮らし方が変わっていく中で、「チャレンジする人を応援する」というのは時代にとても合っていると思います。本日はありがとうございました。

対談を終えて

足立直樹

保険会社のイメージが見事にガラリと変わるインタビューでした。自動車保険の将来をお聞きした時に、まったく躊躇なく「自動車保険はなくなってもいい」と言い切られたことがとても印象的でした。また、保険は保険金を払うのが仕事ではなく、そもそも事故や災害が起きないようにすることが大切で、実際そのためのコンサルテーションや対応策まで手がけているということも目から鱗です。

先の見えないVUCAの時代と言われます。けれど、今までのやり方にしがみついていても、今度はそれがまた別のリスクになるという非常に難しい状況です。保険会社として本来のパーパスに立ち返っているということかもしれませんが、それ以上に、時代に求められる自分たちの役割を果敢に模索しているように感じました。

いま私たちが目指している真のサステナビリティは、まだ誰も到達したことのない未知の領域です。そこに近づくためには、今までのやり方を改善していくだけでは無理で、大きな変革が必要だと言われています。それに挑戦することには当然リスクも伴うわけですが、そういうチャレンジする人を応援するという言葉はとても力強く感じました。単に勇気があればいいのではなく、安心して挑戦できるような環境を整える存在があってはじめて、私たちは行動を加速できると思うからです。企業が自分たちの本質的な役割を見直すことは、社会の変化を加速し、確実するために必要なのだということを今回のインタビューを通じてあらためて実感しました。

そして私たちも、保険料や保険金の支払いだけでなく、もっといろいろなところで保険会社の方々との接点が増えそうなことを予感しましたし、そうなって欲しいと思います。

文:小松遥香 写真:高橋慎一

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藤井 史朗(ふじい・しろう)
藤井 史朗(ふじい・しろう)

取締役 副社長執行役員 グループCFO

1979年大正海上火災保険(現三井住友海上火災保険)入社。
同社常務執行役員を経て、2014年MS&ADインシュアランスグループホールディングス取締役専務執行役員に就任、2016年から現職。
グループCFOとして、総合企画部、広報・IR部、グループ事業支援部、海外生保事業部、IT企画部、国際管理部、監査部を担当。

足立 直樹
インタビュアー足立 直樹(あだち・なおき)

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。