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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
サステナブル・オフィサーズ 第43回:P&G

ブランド改革で、時代と消費者に求められる企業へーーP&G ヴァージニー・ヘリアス CSO

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Interviewee
ヴァージニー・ヘリアス プロクター・アンド・ギャンブル CSO
Interviewer
鈴木 紳介 Country Director Sustainable Brands Japan

米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)はいま、サステナビリティを組み込んだ抜本的なブランド改革を進めている。環境・社会課題の解決につながるブランディングや商品設計を行うことで、責任ある消費の拡大を目指す。「消費者は持続可能な暮らしを望み、ブランドが社会・環境課題の解決のために動くことを求めている」とP&G 本社でチーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO)を務めるヴァージニー・ヘリアス氏は話す。

――長年、マーケティング部門にいてCSOに就かれました。マーケティングの潮流はどう変化してきたと感じていますか?

P&Gはブランドを構築し、競争優位性を確立するために、5つの点を重視してきました。「商品」「パッケージ」「ブランドコミュニケーション」「リテールエグゼキューション(店頭施策)」「消費者・顧客への価値提供」において優位性を構築することです。これまでの数十年間、グローバルブランドとして満足いただける水準のことをしてきたと思います。

しかし数年前から、ミレニアル世代が台頭するようになりました。この世代がブランドに対して求める水準はとても高いです。機能や効果が優れているというだけでは満足しません。

調査によると、いま、消費者の10人中9人は「サステナビリティに取り組むブランドに対して、よりポジティブな印象を抱く」と答えています。そして5割の人は、「環境や社会、サステナビリティ課題に取り組むブランドを大事にしたい」と考えています。この洗剤はよりきれいに洗える、というだけでは消費者に満足してもらえません。世界が直面している社会・環境的課題の解決に対して、ブランドが行動を起こすことを、消費者が求めています。

――ブランドは消費者の期待にどう応えていけばいいでしょうか?

P&Gでは、2030年までに達成を目指すサステナビリティ戦略として、2018年4月に「Ambition 2030」を掲げました。その中のブランドの指針「Brand 2030」が、まさにブランドがどう消費者の期待に応えるかを説明するものです。4月にパリで開催された「サステナブル・ブランド国際会議」で発表しました。

私たちはいま、自社のブランドの優位性を再定義する必要があると考えています。P&Gのすべてのブランドリーダーに対し、それを求めています。より良い製品やパッケージ、コミュニケーションだけでは十分ではありません。各ブランドにサステナビリティへの取り組みを積極的に推進してほしいと考えています。

「Brand 2030」には「ブランド・ファンダメンタルズ」「ブランド・アンビション」の2つの軸があります。

原則を示す「ブランド・ファンダメンタルズ」は、ブランドがその影響力を活用して、社会・環境のサステナビリティ、責任ある消費を促進し、製品やパッケージを通してイノベーションを起こすことです。そして、サプライチェーンにおける環境負荷を削減しながら、原材料や安全性を明確にするということです。

「ブランド・アンビション」とは、カスタマーエクスペリエンス(消費者が製品ブランドやサービスに触れる(購入・使用する)体験)の中心に、戦略的に、サステナビリティ課題の解決を置くことです。そして、消費者がそれぞれの価値観やタイミングで、意義を感じながら、その目標を達成できるよう手助けをすることです。この社会・環境へのコミットメントは測定できるものでなければなりません。「これがアンビションです」というだけでは十分ではなく、一貫性がきちんとあり、その掲げるアンビションに従ってブランドが構築されることが問われます。

サプライチェーンに関しては、水やエネルギーの利用量を削減し、埋め立てをする製造廃棄物をゼロにすることを目指しています。日本の3工場では再生可能エネルギー100%と製造工程で発生する廃棄物ゼロを達成しています。来年、北米の工場は再生可能エネルギー100%になります。また世界の85%の工場が製造廃棄物ゼロの目標を達成しています。実は、滋賀工場は世界に先駆けて、すべての水を浄化し再利用することで外部への排水ゼロを達成しています。いま、このモデルを世界に広げていこうと考えています。

商品につかわれている原材料の透明性を追求することも必要です。P&Gグローバルでは、ホームページで原材料を公開しています。なにが、なぜつかわれ、由来はどこなのかを記載しています。P&Gには自社のイノベーションを保護する文化があり、原材料をすべて公開するには、企業文化を変革することが必要でした。しかし、まさに新しい消費者たちはこうした大きな改革と透明性を求めているのです。

――まさにブランドの定義から取り組みまでを抜本的に変えていこうということなのですか?

そうです。P&Gは、マーケティングやブランド・マネジメントを考案してきました。1879年、最初の石鹸のブランド「アイボリー」が誕生し、その後、「キャメル」が登場しました。同じ会社に2つのブランドが存在し、それぞれのブランドを成長させるために、その時代におけるブランドのポジショニングを考える必要があったのです。これがブランド・マネジメントの始まりです。

いま、私たちには同じことが求められています。壮大なことですが、挑戦しなければなりません。消費者がブランドに求めるものはこれまでとは全く違っていますから。

従業員に浸透させる3つの重要なこと

――「Ambition 2030」を従業員のみなさんにはどう浸透させていますか?

Ambition 2030 には、4本の柱、「ブランド」「サプライチェーン」「社会」「従業員」があります。実は、P&G がそれ以前から掲げていた「環境サステナビリティ2020」は「気候変動」「水」「廃棄物」の3本柱で、従業員が入っていませんでした。従業員の中でも、特に若い世代はP&Gがサステナビリティの取り組みにおいてリーダーシップを発揮しているとは考えていません。従業員に具体的な取り組みを知ってもらうためにも、「従業員」という柱を設ける意義があります。

3つのことに重点を置いています。まず、サステナビリティを事業に統合することです。サステナビリティに取り組むことは事業の一環であるということを明確に示すということです。

毎年、P&Gでは従業員の満足度調査を行っています。100の質問があり、そのうち2つがサステナビリティについてです。1つ目は、「過去半月の間に、経営陣や部長が自分たちの仕事がサステナビリティにどれだけ貢献しているかについて話したか」という質問です。2つ目は、「自分自身が組織のサステナビリティへの取り組みに貢献しているか」です。

現在、P&G の全世界の従業員数は約9万7000人です。1つ目の質問には72%の従業員がサステナビリティの重要性について話したと回答しました。2つ目の質問には80%の人が貢献していると回答しています。これはすごい数だと思います。

次に、インスピレーションを与えることです。従業員にインスピレーションを与える方法はいくつかあります。一つは、私たちが社外の人に対し、自社のサステナビリティの取り組みを話すことです。これが社内の人にインスピレーションを与えることにつながります。2年前のダボス会議で、私は海岸のプラスチックごみをリサイクルして製造した容器をつかった製品を発売することを発表しました。多くのメディアに取り上げられました。この時、一人の従業員から「P&Gがこうして取り組んでいることを誇りに思う」というメールをもらいました。とても嬉しかったです。

従業員を教育するのではなく、インスピレーションを与えるというのが最も効果的な戦略だと思っています。ただ単に情報を伝えるのではなく、ひらめきを与え、知恵として自分のものにすることです。ですから、経営陣が大きなカンファレンスで外部の人に向けて話すということは非常に重要だと考えています。

別の例ですと、P&Gでは世界の従業員にビーチクリーン(海岸の清掃)を行うよう呼びかけています。そこで、従業員はP&Gの商品を見つけることもあります。ショックを受けますよね。従業員たちは、自分たちも何かしたいと言います。こういうことが重要です。

3つ目は、社員の取り組みをきちんと評価することです。そのために「Ambition 2030 アワード」を行うことにしました。これは部長や役員のためにつくられた賞です。この層の果たす役割は大事です。例えば、社内のどの部署よりもサステナビリティに取り組んでいるチームが、組織の中で適切に評価されていないとします。このときその部署の役職者を表彰することで、サステナビリティが事業にとって重要なものだという大事なメッセージを送ることができます。変化はトップから始まるのだ、ということを見せる意味もあります。表彰式は11月に本社のある米オハイオ州シンシナティで行われ、デビッド・テイラーCEOも参加します。

――「Ambition 2030」を掲げてからこの1年半の進捗はどうでしょうか?

Ambition2030では、「社会」について3つの目標を掲げています。1つ目が「海に流出するP&Gのパッケージ(包装材)をなくす」というものです。とても野心的な目標です。

この達成に向けて、サステナブルなパッケージの開発を進め、パッケージにつかう新品のプラスチックの使用量も2030年までに5割削減することを目指しています。ほかにも、海岸のプラスチックごみをつかった容器の商品を販売し、購入者に海洋プラチック汚染の問題に対する意識を啓発しています。欧州ではこの容器で、シャンプー「Head & Shoulders(ヘッド・アンド・ショルダーズ)」と台所用洗剤「Fairy(フェアリー)」を販売しています。前者はすでに100万本以上、後者は320万本販売しています。

1度つかったポリプロピレンを新品なみにアップサイクルする技術を、P&Gと米ピュアサイクルが協働して開発


リサイクル技術の開発への投資も行い、リサイクルプラスチックをつかった製品は2020年までに、2016年の2倍になる予定です。同時に、2030年までにP&Gの容器の海洋流出をなくすために、プラスチックごみの海洋への流出量が多い東南アジアなどの特定地域での廃棄物管理や回収技術の開発にも着手しています。

この課題の解決は1 社だけでは行えません。ですから、P&GのCEOは現在、海洋プラスチックごみ問題を解決し、循環型社会の実現を目指すために設立された国際組織「廃棄プラスチックをなくす国際アライアンス(Alliance to End Plastic Waste)」で議長を務めています。世界から約40社が加盟し、日本では三菱ケミカルホールディングスと住友化学、三井化学が入っています。

2つ目が水の保全です。P&Gの商品の7割が水を使用するものです。髪を洗うのにも、洋服を洗うのにも、髭を剃るのにも水をつかいます。製品にとって水は非常に重要なので、水の保全には力を入れています。WWFと連携して、水需要の逼迫の度合いをあらわす指標「水ストレス」を用い、精密な水ストレス・マップをつくるなどしています。同時に、水の利用が少量ですむ洗剤、水をつかわないシャンプーなども開発しています。

3つ目は、おむつなどの吸収性衛生用品を洗剤のふたやビスコース、堆肥などにリサイクルすることです。現在、イタリアにある工場では同用品の100%リサイクルに成功し、来年、インドで最初のリサイクル工場を開設します。2030年までに世界10都市で、吸収性衛生用品のリサイクルを行うことを目指しています。

消費者のライフスタイルを変える

――Ambition 2030では、パートナーシップやコラボレーションによって、「責任ある消費」を一段上のレベルに引き上げるとしています。

社会に関する大きな目標は、コラボレーションなくしては実現できません。責任ある消費が当たり前になるためには、ライフスタイルを変化させるインパクトを生み出さなければなりません。ライフスタイルというものは文化によって形成されます。文化を変えるというのは、一企業だけでできることではありません。さまざまな産業が力を合わせることで、文化は変わるのです。

米国のサステナブル・ブランドと今年6月、イニシアティブ「#BrandsforGood」を立ち上げたのも、このためです。ここにはネスレウォーターやVISA、ペプシコなども参画しています。ブランドが自社の影響力や発信力をつかい、すべての人がそれぞれの望む持続可能な消費行動を行えるようにしようという狙いです。

――P&Gがサステナビリティに関して積極的にリーダーシップを発揮しようとする理由はなんでしょうか?

やはり、企業の規模が大きい分、その責任も大きいからです。毎日、世界の50億人がP&Gの製品をつかってくださっています。小さな良いことは、大きな規模で良い影響を社会や環境に及ぼしますし、その逆もまた然りです。

それにサステナビリティに取り組むことでイノベーションが生まれます。例えば、プラスチックを削減するために、容器の回収・再利用を目的に始めた「Loop」。このために開発した手動歯ブラシ「オーラルBクリック」はデザインが美しいだけではありません。独自の「クリックフィット」構造により、歯ブラシのヘッドだけを取り替えることができ、従来の歯ブラシに比べてプラスチックを60%削減できます。さらに耐久性の高い上質な素材を採用することで、約3カ月間つかうことができます。特許も取得しています。

イノベーションは企業の競争力の根幹をなすものであり、P&Gの可能性を示すものです。サステナビリティに取り組むというのは、P&Gの企業文化によく合っていると思います。

――SDGs についてはどう取り組んでいますか?

「Ambition 2030」を策定するにあたり、SDGsを含む色々な資料を参考にし、インスピレーションを受けました。

マーケティングとサステナビリティの架け橋になる

――マーケティング部門とサステナビリティ部門は予算や取り組み方が異なります。両者を一つの目標に向かわせるために、どんなことをしていますか?

私は23年間、マーケティング部門にいました。サステナビリティ部門はまだ8年間と短く、マーケティングの方が詳しいかもしれません。ですから、私だからこそできることがあると考えています。マーケティング部門の同僚たちがかかえる疑問や課題がよく理解できます。サステナビリティの通訳者として、マーケティング部門の視点に立ってサステナビリティを伝えています。

サステナビリティをブランドの根幹に持ってくるというのは、とてつもない挑戦です。P&G にはブランドを構築するためのルール集がありますが、いまやっていることは、最初からサステナビリティを組み込んだブランド構築のルールを創るということです。

2011年、存在していなかったサステナビリティ部門の役員という役職をつくるために、CEOにこうプレゼンしました。「私の最大のミッションは、客観的な視点に立ち、サステナビリティとマーケティングをつなぐ架け橋になることだ」と。それからの8年間で直面してきた課題や挑戦は、ミッションを実現するための通過点と考えています。「Brand 2030」はまさにサステナビリティとマーケティングを統合する一つの答えです。

――変化の多い時代です。前例のないことを行うことは、さまざまな課題に直面することだと思います。どのようなモチベーションで、困難を乗り越えていますか?

サステナビリティの責任者という仕事に大きなやりがいを感じています。でも、もう単なるマーケティングには戻ることはできないと思っています。この部門では、成長を促すと同時に社会や環境にとって良いことを追求できるのです。サステナビリティに取り組むことに懐疑的だった人たちがいま、サステナビリティを推進しているのを見ると、やってきて本当に良かったと思います。

ありがたいのは、サステナビリティの推進を極めて重要だと考えている経営陣の姿勢です。経営陣を動かすために3年前、インスピレーションを与えてくれる挑戦者たちを集めて外部の諮問委員会を設置しました。いまやCBO(最高ブランド責任者)もCEOも、社内外の人々に、力強く、説得力をもってサステナビリティに取り組む重要性を説いています。サステナビリティの取り組みにおいて世界的にリーダーシップを発揮できていると考えています。



撮影場所の提供:エコッツェリア協会 3×3 Lab Future

文:小松遥香 写真:高橋慎一

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P&G チーフ・サステナビリティ・オフィサー

プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の環境サステナビリティ戦略を指揮。P&Gで30年以上にわたりブランド経営、イノベーション、サステナビリティの分野に携わった経験に基づいて、現在はP&Gのブランド構築と製品開発を通じて「責任ある消費」を実現し、製品ブランドが「A Force for Good, A Force for Growth(世界を変える力、未来を育てる力)」となることを目指している。

鈴木 紳介
インタビュアー鈴木 紳介(すずき・しんすけ)

Country Director Sustainable Brands Japan
株式会社博展

早稲田大学理工学部を卒業後、株式会社リクルート入社。ITサービス の事業の立ち上げに携わる。その後、IT業界 に特化したプロモーション会社を設立。20年間、100社 を超える IT企業 のマーケティング・コミュニケーション、ブランド、広報、営業戦略の企画・実施に従事する。2012年 より株式会社博展にて”エクスペリエンス・マーケティング”をコンセプトに掲げる同社の新規事業、デジタル事業、グローバル戦略を担当する。2015年3月 に、SB創設者 のコーアン氏に出会い、同年 6月 の SBサンディエゴ会議 に参加。グローバルにおけるサステナブル・ブランドの潮流を肌で感じ、この活動の日本への誘致を決意する。