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サステナブル・オフィサーズ 第34回

「だれも取り残さない」:郵便局を拠点にSDGs推進――木下範子・日本郵政執行役

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Interviewee
木下範子 日本郵政執行役 広報部長
Interviewer
森 摂 オルタナ編集長/サステナブル・ブランド国際会議総合プロデューサー
日本郵政の木下範子・執行役広報部長(撮影:高橋慎一)

日本郵政グループは、国内最大規模の40万人もの従業員を抱えるだけに、ESG(環境・社会・ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)の考え方を社内に浸透させていくのが課題だ。「地域密着」が当たり前の郵便局が、地域の社会課題を本業でどう解決できるか。グループ持ち株会社である日本郵政の木下範子・執行役広報部長に聞いた。

「SDGs Book」で社内外への浸透を

顧客や地域社会に寄り添う日本郵政グループのSDGs達成に向けた取り組みをまとめた「SDGs Book」(2018年10月発行)

――日本郵政グループはこのほど、SDDsと事業を関連付けた小冊子「SDGs Book」を発行しました。目的は何でしょうか。

木下:主要な郵便局や、「エコプロ」などイベントでの配布のほか、社員研修でも使う予定です。社員にSDGsを理解してもらうとともに、グループのESGやCSR(企業の社会的責任)活動を、SDGsを通じて社外に発信する狙いです。

――社外とは投資家ですか。それとも顧客に向けたものですか。

木下:どちらもあります。統合報告書の中でも、投資家や広くステークホルダーに向けて、重点課題ごとにSDGsの目標と紐づける形で、目指す姿と取り組み、2020年度の目標を公開しました。

――統合報告書の中身と冊子は連動しているわけですか。

木下:その通りです。5月の決算時に発表した「中期経営計画2020」でも記載しました。
2020年度の目標には、CO2排出削減目標や女性管理者比率、「みまもりサービス」の推進継続などが含まれています。

――SDGsブックは、SDGsのゴールと日本郵政グループの社員が目指すべきものが一致しているところがポイントですね。

木下:そうですね。当グループはもともと国営だったこともあり、社員は「人のためや地域のために役立ちたい」という気持ちを持っています。

震災など災害時でも、自分の家族だけでなく、地域のために一所懸命に頑張るというのが、私たち社員の拠り所です。そうした「パブリック(公的)な」メンタリティを社員が継承しているのです。

「これまで当たり前にやってきたことが、昨今言われる『持続可能な社会』に貢献することでもある」という意識を持ってもらうことで、社員に誇りや自覚を持ってもらいたい。そうした意識を喚起したいのです。

SDGs Bookは、日本郵政グループ女子陸上部をモチーフとした4人のキャラクターをナビゲーターに、イラストを交えて分かりやすくまとめられている

――かつての官業時代から従業員の社会的使命感が強い一方で、大組織は保守的な部分もあり、新しい考えを入れるのは大変なのではと想像します。

木下:それはESGに限らず、全てにおいてありますが、2015年には一部上場もしましたし、社員の意識を変えなければと思っています。

「ユニバーサルサービス」で一人も取り残されない社会を

「一人も取り残さず、みんなをサポートするプラットフォームであることが事業の根幹」と話す木下執行役

――そもそも日本郵政グループは、なぜSDGsに取り組むのでしょうか。

木下:今、「持続可能な社会」が非常に大きなテーマになっています。その中で、当グループがどう貢献をしているか。社会の持続的な発展に向けて、どれだけ会社が貢献できるかを明確に示していくことが、SDGsの目的だと考えています。

――つまり社会の健全で持続的な発展があって初めて自社の事業が成り立つということですね。もう一つSDGsで大事なのは、ビジネスを通じて様々な社会課題を解決していくという点です。これは8月に亡くなった元国連事務総長のコフィ・アナンさんのメッセージでもあります。

木下:私どもは「ユニバーサルサービス」を行っています。全国24000の郵便局ネットワークを通じ、郵便・貯金・保険のサービスを提供しています。過疎化や高齢化が進んでも、一人も取り残さず、みんなをサポートしていけるプラットフォームであり続けることが事業の根幹にあります。

地域にはたくさんの郵便局があり、昔から地域との関係が非常に強く、地域社会と一緒に考えた施策を進めていく基盤を持っています。

バイクや建物など多くの設備も持っています。これをいかに環境に配慮したものにしていくかも重要な課題です。

何より、従業員が40万人以上います。彼らが幸せに働けることは、人口のかなりの割合の人の幸せにもつながります。職場の働きやすさや、人材育成などもしっかり行っていくことが、当グループの使命です。

――経営陣のSDGsに対する理解度や関心度はいかがですか。

木下:今回の中期経営計画で、SDGsの取り組みに向けた関連付けを初めて行いました。そういう意味でも関心が高まってきていると思います。

――「みまもりサービス」を始めたように、「地域社会との関わり」の優先順位は高いですね。

木下:高いです。「みまもりサービス」は、高齢者の自宅などに郵便局社員が定期的に直接訪問するサービスです。生活状況を家族に知らせる、会話を通じて元気になってもらうといった取り組みです。

「かんぽプラチナライフサービス」では、保険契約者向けに、健康・医療・介護・育児に関する24時間相談ダイヤルの設置や、情報誌発行、専用コールセンターの設置などを通じ、高齢者の安心な暮らしを支えるサービスを行っています。

マテリアリティの特定からCSR課題設定

――CSR重点課題(マテリアリティ)の特定はどのようなプロセスで進めましたか。

木下:CSRとしては「地域社会」と「地球」と「人(従業員)」という3つのテーマを設定しました。それに加え、ガバナンスの部分である「事業慣行」と、事業の根幹である「ユニバーサルサービス」を加えてSDGsとの関わりの全容を示しています。

「地域社会と共に」「地球と共に」「人と共に」の3つをCSRの基本テーマとして掲げている。

具体的には、まず課題を抽出し、その中からステークホルダーにとっての重要性とグループにとっての重要性をプロットした上で、最優先で対応すべき課題を抽出しました。

――マテリアリティの特定の中で、ステークホルダーの意見は反映されましたか。

木下:有識者のヒアリングに加え、 取引先や一般の人にウェブでアンケートを取りました。それを点数化して盛り込んでいます。

――それは面白いですね。アンケートは何件くらい集まりましたか。

木下:1500件ほどです。一つ興味深かったのが「調達」です。これだけ多様な事業を行っていると、調達先の数は非常に多くなります。ある有識者からその点の指摘を受け、来年以降、調達方針をしっかり明示していく方向で進めています。例えば、内部事務で使用するコピー用紙は原則的に再生紙を使用し、「年賀はがき」の原料にも古紙も使っています。

投資家の関心高い「E(環境)」の取り組み

――投資家の関心としては、ESGのどこに関心が集まっていますか。

木下:どれも関心が高いと思っています。当然、ガバナンスは会社の根幹ですし、それからE(環境)の部分ですね。CDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)を参考にして、いろんな評価機関が会社を評価しているという話をよく耳にします。

――温室効果ガスの削減目標ですね。CO2の排出削減なども進めていますか。

木下:設備のLED化や電気自動車の導入などを含め、温室効果ガスの削減を進めています。2016年度を基準として、2030年度までに約17万トン(16%)のCO2を削減するグループ目標を立てています。

育休3年、有給9割取得など充実した働き方制度

「働き方改革」が話題になる以前から、充実した福利厚生制度を持っているという

――マテリアリティの中では「働き方改革」や「人材の育成」も重視していますね。

木下:福利厚生面では非常に恵まれた充実した制度を持っています。例えば育児休業の取得期間を最長3年、育児部分休業を最長9年、介護休業を最長1年としています。

2018年10月から、育児休業の一部有給化、不妊治療にかかる休暇、がん治療で退職した従業員を寛解後に再び採用する制度を新たに導入しました。

有給休暇の平均取得日数は17.7日です。育休取得者数は1570人で、そのうち男性101人が取得しています。女性従業員比率は約36%で、女性役員数は約12%と、比較的高くなっています。

――以前から充実していたのですか。

木下:世の中で「働き方改革」と言われる前からですね。障がい者雇用者数は6300人です。障がい者の方には、清掃業務などいろいろなところで接することがありますが、とても礼儀正しいですね。郵便局は「挨拶が基本」です。私は以前、南関東支社の支社長でしたが、郵便局に行くと清掃をしている方が必ず挨拶をしてくれ、とても気持ちの良い印象を受けました。

地銀や生保との連携で地域のユニバーサルサービス充実を

――荷物の再配達の問題が社会課題になっています。配達の人手不足が問題です。

木下:おっしゃる通りです。例えば「はこぽす」は、インターネット通販などで購入した商品を、郵便局や駅、スーパーやコンビニなどに設置した「はこぽす」で簡単に受け取れるサービスです。

配達距離の削減になるとともに、再配達を削減することで、人手不足が深刻化する中で労働環境改善の一つのツールにもなると考えています。

――このあたり、イノベーションの要素が特に大事ですね。

木下:来春からは「置き配」をスタートします。玄関前や車庫など、受け取り場所を指定すれば、不在時でも宅配を受け取れるサービスです。

――人手も少なくなり、ガソリンの使用量やCO2の排出量も問われるなど時代が大きく変わるなかで、より効率的なサービスが必要です。そのほか独自のサービスはありますか。

木下:ネットワークを活かしたサービスという意味では、例えば地方銀行のATMが撤退する地域で、お客さまのためにATMだけは置きたいという要望を受け、代わりに郵便局にその地銀のATMを設置するなどの取り組みもあります。
 
北海道の離島や八丈島などで、これまで生命保険の住所変更などの手続きは、保険会社の社員を呼ぶか窓口まで行く必要がありましたが、地域の郵便局にテレビ画面と電話を置いて、リモートでやり取りをするといった実証実験を始めています。高齢者などの利便性を高めるものです。

――地方銀行がある町から支店を撤退したら、町が対抗策として預けていた預金を解約したというニュースもありました。

木下: いま銀行は、この低金利の中で維持できないと店舗を縮小しています。しかし、私たちには「ユニバーサルサービス」の義務が法律でありますから、撤退するという選択には限界があるのです。

逆に言うと、そうしたネットワークを維持しながら、他の会社さんや地域のためになることを通じて地域を活性化していく。それは当グループの強みになると思います。

――今までは「面」のユニバーサルサービスを展開されてきましたが、これからは「機能」のユニバーサルもありそうですね。他の金融機関や他のサービス業を取り込んで、ワンストップで多機能なサービスを提供することもできそうな気がします。

木下:そういう使い方もありますね。まさにそうやっていろいろ使ってもらうと、郵便局の価値自体を上げていけるのではと思います。

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木下 範子(きのした・のりこ)
木下 範子(きのした・のりこ)

日本郵政執行役
1989年4月、郵政省(現総務省)に入省。入省後は、ITU(国際電気通信連合)、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官など、主に国際畑を歩む。郵政民営化後は郵便局会社(現日本郵便)の経営企画部担当部長、震災復興対策室長、日本郵便南関東支社長などを歴任したのち、2016年4月に現職に就任。グループ広報およびオリンピック・パラリンピックを担当。「相手に『伝わる』広報」をモットーに掲げ、CMやCSRレポート、SDGsBookなどを手がける。

森 摂
インタビュアー森 摂 (もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。