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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
サステナブル・オフィサーズ 第15回

従業員・地域ファーストが世界品質ブランドの源泉―ビクトリノックス・ジャパン 田中 麻美子社長

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Interviewee
田中 麻美子 ビクトリノックス・ジャパン社長
Interviewer
森 摂・オルタナ編集長

 携帯用ナイフの世界シェア大半を押さえる、スイスの「ビクトリノックス」。1884年、「故郷に雇用を創造する」ことを目的に、創業者カール・エルズナーがスイス中央地域にある小さな村・イーバッハに開いてから130年が過ぎた。グローバルブランドに成長した現在も同地に本社を置き、従業員の幸福と地域経済・環境との調和を重視したものづくりを徹底している。持続可能な環境に配慮した企業姿勢とブランドの源泉となる同社の理念について、日本法人の田中麻美子社長に聞いた。

ふるさとの幸せを第1に考える

--「サステナビリティ」という概念が世界の経営者に広がっています。創業130年を越え、世界123カ国でビジネスを展開するビクトリノックスは、サステナブルな企業であると思いますが、創業理念について、まず教えてください。

田中 ビクトリノックスは、サステナビリティがビジネス界で話題になるずっと前から、社内で使っています。本社があり、従業員が暮らすイーバッハという村での雇用創造・事業の持続を第一に考えてきました。その創業理念をまずお伝えすることで、ビクトリノックスのサステナブルな企業戦略をより深く理解していただけると思います。

イーバッハ村は、現在も人口3500人程度の小さな村です。創業者であるカール・エルズナーは、雪が積もる冬の間に仕事がなくなるこの村から父親たちが出稼ぎでいなくなり、家族がばらばらになることに心を痛めていました。

『家族そろって幸せに暮らすために、村に1年中働ける仕事を創りたい』。これが初代エルズナーの創業動機です。ドイツ・フランスに刃物鍛造の修業に出かけた創業者は、1884年に故郷に戻って仲間とともにナイフをつくるワークショップを開催しました。当初は苦労したものの、改良を重ねて、1891年にスイス陸軍に採用される「ソルジャーナイフ」を開発し、事業はようやく軌道に乗り始めました。

創業理念に基づく「従業員ファースト」は徹底しています。まず、レイオフをしていません。その姿勢が一番顕著だったのが、世界恐慌(1929年)やアメリカの同時多発テロ(2001年)の時でしょう。こうした世界の大混乱時にも「1人も社員を解雇しない」という方針を貫きました。

同時多発テロの後、私たちの看板商品である「マルチツール」の機内持ち込みが禁止されました。売り上げが3割落ち、「余剰人員」が出ました。しかし、会社は村内にある他業種の会社に社員を働かせてくれるように頼み、給与を払い続けました。その後業績を必死に回復し、また復籍させたのです。これは企業の存在意義が「雇用創造、従業員の幸福」だからです。レイオフをしてしまえば「企業の存在意義がなくなってしまう」と、トップは考えています。

環境配慮と社員の幸福はリンクする

--地球環境のサステナビリティについて、どのように考え、またどのような施策を実施していますか?

こちらも、創業理念に照らせば「地域と地域の環境を守る努力をして、ふるさとに迷惑をかけないのは当たり前」となります。本社勤務の約950人の社員は、ほとんどがイーバッハ村に住んでいるので、それは自分たちのためでもあります。

例えば、ナイフをつくる際にでる研磨クズの金属の粉の回収・リサイクルできるプラントを工場に取り入れ、年間600トンもの金属粉を再利用しています。また、工場の廃熱を、イーバッハの工場建物全体と近隣の住宅120戸に暖房として提供するシステムも動いています。こうした施策は、持続可能な地域・地球環境を目指すアクションであると同時に「捨てるのはもったいない」という創業者の精神を、従業員に伝え、育むことに役立っているようです。

「企業の理念に賛同する」消費

--1980年以降に生まれた、いわゆるミレニアム世代以降は、ソーシャルやエシカルに関心が高いといわれています。一方で物欲が少なく『車はほしくない、出世には興味がない」という人たちがいますね。ターゲットとしているそうした世代に対するブランドビジネスは大変ではないでしょうか?


田中:はい。とても厳しいけれども、ブランドに関心がないとは思っていません。たとえばApple人気は根強いですよね。それは「スティーブ・ジョブズが好き」というエモーショナルな理由があると思います。

物欲がない方々は、何をきっかけにお金を使うのでしょうか?彼ら彼女らが「大事にしている価値観はなんだろうか」を探っていくと、ミレニアム世代は「エシカル」や「エコ」などを重視する傾向があると思います。『これを買うことで、自分も社会や世界に貢献できる』という傾向です。

企業側もデザインや価格で差異化するだけではなく「私たちはこういうパーパス(存在意義)のもとにビジネスをしています」という企業メッセージを発信すべきです。その企業の理念を知り、賛同する人が「同じ時計を買うのであればここで買おう」という動機で、商品を選択する時代になってくるのではないでしょうか。

--「従業員ファースト」という企業の存在意義、サステナビリティ施策とブランディングの関わりについては、どのように考えますか?

田中:携帯ナイフの世界シェアが大半を占める現在であっても、社員たちのプロダクト改良にかける情熱は相当なものです。製品にほんの少しでもスペースがあれば『ここにどんな機能があれば使う人が喜ぶか』『いかにしてコストをおさえて、多くの人に届けられるか」を研究・実践しています。

私たちには「社会に役立つものを、世界最高の品質・リーズナブルな価格でつくり、多くのお客様に届けたい」というビジネスとしての哲学があります。ただ、それを実現するのは、社員たちです。ですからビクトリノックスは「社員、顧客、製品」の3つを同じように重視しています。従業員が幸せでなかったら、顧客を幸せにすることはできないし、いいものをつくることもできません。

「よいものを作り続けたい」と社員がものづくりに集中できるのは、会社が社員を大切にし、社員もこの会社で働くことを喜びとしているからです。ビクトリノックス本社では離職率が極めて低く、二世代に渡って30年〜40年以上働く例があるほどです。ビクトリノックスは大きな家族のような会社です。しっかりと社員を巻き込み、哲学を伝えておくことで、ブランドの価値が実現できると考えています。

ナイフを通して、日本人の器用さを次世代に

--ビクトリノックス・ジャパンが国内で展開しているCSR活動とその理念について教えてください。

田中:大きく分けて2つの活動に賛同し、支援・参画しています。1つはナイフの使い方を含む、アナログな遊びやものづくりについて親子に学んでいただき、日本人の手先の器用さを次世代に伝える事業です。そしてもう1つはドクターヘリの普及事業です。

第1の事業については、2016年に開始したビクトリノックス・ジャパンの「どうぐ体験応援団」、そして私も理事を務める一般社団法人「日本プレイワーク協会」で展開しています。

子どもの健全な、いきいきとした自主的な遊びができる環境をつくり、ナイフなどアナログな道具を使って細かい手作業をする楽しさを経験してもらうことが目的です。企業として支援する理由は、日本人の手先が不器用になってきたことについて危機感を持っているためです。敗戦後、急速に日本が経済成長を遂げた要因として「手先が器用だったから」という特質があるのではないでしょうか。

モノがあふれ、デジタル化が進んで生活は便利になりました。けれども、どんどん手先を使わなくなり、日本人は不器用になってしまいました。それは国として危うい。人は、火と刃物使えなくなったら、生きる力がなくなると思います。刃物の正しい使い方やさまざまな遊びの中での使い道を親子で学んでもらいたいと、活動を進めています。

第2のドクターヘリについては、少し深刻な事情があります。私が入社した2010 年は、秋葉原通り魔事件(2008年)の余波を受け、所持していても銃刀法違反にならない当社のマルチツールのような小型携帯用ナイフにも、厳しい視線が向けられました。顧客から「職務質問を受けた」とのご相談も後を絶たない状況でした。

ナイフに対するこうしたネガティブなイメージを改善していくために、ヘリコプターを活用した救急医療システムの普及促進を展開している認定NPO法人「救急ヘリ病院ネットワーク」の活動費を支援することにしました。これは、スイスの本社が「エア・ツェルマット」という救急ヘリコプターに対して支援していたことにならって始めた社会貢献活動です。

この団体の代表理事である国松孝次・元警察庁長官が、かつてスイス大使であったこともご縁です。ビクトリノックス・ジャパンとしては、この2つの活動を柱に、国内のCSR活動を展開していきます。

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田中 麻美子 ビクトリノックス・ジャパン社長
田中 麻美子 ビクトリノックス・ジャパン社長

●田中麻美子(たなか・まみこ)
1984年から2年間、在フィリピン・インドシナ難民センターで、難民のためのヘルスケア 及び移住先での定着指導などに携わった後、オーストラリア、ニュージーランドで日本語 教師などの活動を経て1998 年に帰国。 その後、ルイ・ヴィトン、サムソナイトなど海外ブランド日本法人で経営企画・マーケティングなどに携わり、2010年3月からビクトリノックス・ジャパンにマーケティング責任者として入社.2012年1月より現職。在日スイス商工会議所役員。

森 摂
インタビュアー森 摂 (もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。