サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

サントリー、水素によるウイスキーの直火焙煎に成功――脱炭素化へ東京ガスと共創、世界初

  • Twitter
  • Facebook
水素による直火焙煎の実証実験が行われたサントリー山崎蒸溜所内の品質研究・技術開発用の小型蒸溜施設(左)と、蒸留に成功したウイスキーの原酒

水素活用、洋酒の世界でも――。サントリーホールディングスはこのほど、研究開発用の小型蒸留施設において、ウイスキーの直火蒸留を水素100%での燃焼によって実現することに世界で初めて成功した、と発表した。日本に洋酒文化を広めたいという思いのもと、高品質な原酒の造り込みを継続してきた独自の技術と、その工程における脱炭素化を掛け合わせた試みで、東京ガスグループとの共創によって実現した。まずはできあがった原酒をしっかりと熟成させ、今後は製造設備規模での研究を重ねた上で商品化を目指す考えだ。(廣末智子)

美味追求と環境課題への取り組みの両立目指す

同社によると、ウイスキーの直火蒸留の工程における水素燃焼は、ウイスキーにおける「美味追求」と、2050年のバリューチェーン全体における温室効果ガス排出ゼロに向けた、「環境課題への取り組み」の両立を目的とするチャレンジの位置付け。

1923年にウイスキーの醸造を開始して以降、原酒の造り込みやブレンド技術による品質向上を追求してきた同社にとって、1000度以上の高音で蒸留する「直火焙煎」はウイスキーづくりにおける欠かせない工程だが、これを含む熱需要の脱炭素化を実現するには既存技術だけでは難しいことから、「燃焼しても炭素を出さないグリーン水素に着目した」という。

東京ガスグループなどと共同で試行錯誤重ねる

そこで水素を活用した燃焼の技術開発において東京ガスグループの支援を受け、2020年に同グループと、燃焼設備メーカーのSRC(大阪市)と共同でプロジェクトを発足し、サントリー山崎蒸溜所(大阪府島本町)内にある品質研究・技術開発用の小型蒸留施設で実証実験を開始。従来の都市ガスとは火炎温度や燃焼速度も全く違い、炎の色も無色である水素の特性に応じたバーナーの開発やシステム設計などに試行錯誤を重ねていた。その結果、今年1月に水素100%での燃焼を実現し、蒸留を終えたばかりの“ニューポット”と呼ばれる原酒に、都市ガスで直火焙煎を行った時と変わらない、“コクと力強い味わい”があることが確認された。

※安全上の理由で、燃焼開始時と終了時のみ都市ガスも使用

直火焙煎に水素を用いることで、燃焼時のCO2排出はゼロとなる。山崎蒸溜所はサントリーウイスキーの開発を担う基幹設備であり、現時点ではあくまで研究段階であるものの、今後はサントリー白州蒸溜所(山梨県北杜市)に場所を移して、実用化・商品化に向けた、製造設備規模での技術検証に取り組む予定だ。白州蒸溜所では、水素の製造工程においてもCO2を排出しない「グリーン水素」の活用を検討している。

サントリーグループではスコットランドにおいても英国政府の補助を受けてグリーン水素を活用したウイスキーづくりの脱炭素化を進めており、今回の山崎蒸溜所での実証実験にも英国政府の補助金を一部充当している。将来的にはグループが一体となり、グローバルでの展開を目指す。

世界初のチャレンジ成功は、歴史ある2社の共創あってこそ

実証実験の成功を受け、サントリーホールディングスと東京ガスグループはこのほど開いた説明会で、水素100%での燃焼によってウイスキーの直火焙煎を世界で初めて実現した背景には、サントリーの100年を超えるウイスキーの製造技術と、東京ガスの100年を超える燃焼技術があることを強調した。東京ガスは1969 年にLNG(液化天然ガス)を導入以降、さまざまな業種の、他燃料から天然ガスへの転換を推進してきた経緯があり、今回、その技術力とノウハウが、ウイスキー蒸留に水素を活用するという“オーダーメイドな技術開発”を可能にしたという。共に100年を超える技術開発の歴史を持つ2社の共創によってこそ、ウイスキー造りの脱炭素化の第一歩が実現したというストーリーだ。

サントリーのウイスキーの製造技術と、東京ガスグループの燃焼技術の掛け合わせによって水素の直火焙煎によるウイスキーづくりが実現したことを強調するプレゼンテーション資料

発表会で、東京ガスエンジニアリングソリューションズ 産業技術部長の家中進造氏は、2050年のカーボンニュートラル実現には、「日本のエネルギー消費量の多くを占める熱需要の脱炭素化が重要であり、水素は有効な選択肢の一つだ」と強調。今後は水素の活用に向けた「供給インフラの整備や利用機器の開発、安全の確保等を進めていく必要がある」と述べた。

これについては、サントリー側も「いちばんの課題は水素インフラがいつの時期にどう日本に導入されるかといった全体の動きだ」と同意した上で、今後、同社がカーボンニュートラルを目指していく上では「その土地やプロジェクトに合った手段を選んでいきたい。水素は一つの有力なオプションだ」と説明。ウイスキーの直火蒸留を都市ガスから水素に切り替えていく上での設備投資の規模などについては明言を避けた。

今回のチャレンジについて、サントリー ブレンダー室長の野口雄志氏は、「水素を使った蒸留はまだ本当に誰もやったことがないため、すべてが手探りだった。そんな中から、安全かつ環境負荷を低減した技術を開発し、現物のウイスキーを造り、こだわりの美味を実現することができたのは大きな一歩であり、まさに当社の創業の精神である“やってみなはれ”を体現したものと自負している」と手応えを語った。その上で商品化に向けては「まずは(今回蒸留した原酒を)しっかりと熟成させ、熟成後にどんなウイスキーになるのかを確認するのが大事」とし、慎重に研究を重ねる考えを示した。

燃焼工程に水素活用、飲料業界に広がるか?

飲料メーカーによる水素の活用は、UCCが数年前から小型焙煎機での水素焙煎コーヒーの製造を始めており、2025年には大型の水素焙煎機も導入し、全国の上島珈琲店で提供予定だ。一方、サントリーのウイスキー以外の飲料はどうか。同社広報部によると、ビールをはじめとするウイスキー以外の飲料で、製造工程において水素を活用した実証実験などを行っている例はまだないが、そうした飲料の水素活用についても「選択肢の一つとして検討を行っている」という。コーヒーやウイスキーを手始めに、今後さまざまな飲料が燃焼工程などに水素を使ってつくられる日がやってきそうだ。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年10月からSustainable Brands Japan 編集局デスク 兼 記者に。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。