LinkedInなどの調査から見えてきた、サステナビリティ人材不足の深刻さ
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サステナビリティ人材の需要と供給、課題について調べた2つの国際調査によると、現在の世界の労働者は、サステナビリティを実現するのに必要なハードスキルとソフトスキルの両方が不足している。(翻訳・編集=小松はるか)
気候変動に対処できる人材の需要は供給を上回る
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気候変動問題は、行政や企業の上層部が行う政策・方針の決定の多くに関わるようになっており、サステナビリティに関する目標や公約、指令も増えている。しかし、2024年9月にLinkedInが発表した、気候変動に対処できるスキルを持つ人材の需要と供給に関する報告書「グローバル・クライメート・タレント・ストックテイク2024 (Global Climate Talent Stocktake 2024)」によると、現状の世界の労働力は、気候変動目標やサステナビリティ目標を達成するには不十分だ。
調査によると、グリーンスキル(気候変動の影響に対して直接対策をとれる技能)の需要は、2050年までに倍増すると予想されるものの、現在は供給が追いついておらず、重大なスキル不足が生じていることが明らかになった。
こうした傾向は、2023年に行われたEYの調査において、一部の世界最大手企業のCSO(最高サステナビリティ責任者)らが表明した懸念とも一致する。CSOらは、従業員と役員のどちらにおいても気候変動問題に対処できるよう訓練された人材が不足していることが、ネットゼロ目標を達成する上で最大の障壁の一つになると危惧する。
LinkedInは、世界のグリーンタレント(LinkedInの会員でプロフィールにグリーンスキルを1つ以上記載している人、もしくは、事業の根幹にサステナビリティを据え、グリーンスキルに関して幅広い知識を必要とする仕事「グリーンジョブ」に就いている人)の需要が2023年から2024年までに11.6%増加した一方、供給はわずか5.6%にとどまっていると指摘する。このままの状況が続くと、この乖離は2050年までに101.5%に広がることが予測されるという。
同社のグローバル・パブリック・ポリシー兼エコノミック・グラフ部門でバイスプレジデントを務めるスー・デューク氏は「人類が早急に必要としている変化をもたらすことのできる人材がいなければ、世界中のあらゆる気候変動目標、公約は危機にさらされます。ビジネスチャンスはそこにあり、スキルを基盤にした未来につながる道筋もそこに存在するのです。2024年は地球にとっても、働く人にとっても転換点です。国や企業は気候変動に関する新しい目標を設定しています。そして、そうした目標・公約にはグリーン人材への明確な投資が含まれていなければなりません」と語る。
サステナビリティに精通した人材の需要
報告書によると、サステナビリティ人材の需要は英国で最多だという。英国では、業務上の役割の13%に少なくとも1つのサステナビリティに関連するスキルが求められ、その後にアイルランド(12.4%)やサウジアラビア(11.7%)、ノルウェー(11.6%)、スイス(11.5%)が続く。
さらに、サステナビリティや気候変動に取り組むスキルを持っている人材の採用率は、平均よりもはるかに高いという。世界全体では、サステナビリティ人材の採用率が、すべての人材の採用率を54.6%上回っている。
米国では、サステナビリティ人材の需要が9.8%、供給は3.1%増加した。気候変動関連のスキルを有する人材の採用率は全体の採用率よりも80.3%高いという。
英国では2023年から2024年の間にサステナビリティ人材の需要が驚異的に46%増えた(供給は5.3%増だった)。サステナビリティ人材の採用率は全体の採用率より72%高かった。
サステナビリティ人材の需要が低下している国でさえも、サステナビリティ人材の採用率は平均を継続的に上回っている。フィンランドとオランダは2023年から2024年の間に、少なくとも1つのグリーンスキルを必要とする求人票の割合が、フィンランドは43.8%減少、オランダは20.1%減少したものの、サステナビリティ人材の採用率はその他の人材の2倍以上となっている。求人票に気候変動関連のスキルが必要と明確に書かれていなくても、雇用主はこれらのスキルを好ましく捉えていると話す。
LinkedInの報告書は、気候変動問題に対応できるスキルを備えた人材の確保を世界的に拡大し、スキル不足を補うための早急な対策がすぐさま必要だと指摘する。同プラットフォームは、米国のアメリカン・クライメート・コープスのように、政府が国の気候変動戦略にスキル開発のための計画やプログラムを取り入れることを推奨する。
さらに、LinkedInは、労働者が気候変動対策の成功のカギを握る存在だと捉えている。同社は、2024年11月に開催されたCOP29において、世界規模の気候変動対策に取り組む人材の開発を加速させ、温室効果ガスの削減目標と人材の増員計画とが確実に整合する(例えば、EYとマイクロソフトが立ち上げた「グリーン・スキルズ・パスポート・プログラム」のような)宣言を行うよう求めた。
気候危機に取り組む難しさが、サステナビリティ人材を精神的に疲弊させている
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オックスフォード・ブルックス大学のビジネススクールが、社員教育事業を展開する「クライメート・チェンジ・コーチズ(Climate Change Coaches)」と共同で行った調査は、サステナビリティの実践者が直面している別の問題を指摘する。それは、精神的ストレスや燃え尽き症候群の多さだ。
報告書『気候変動対策の進展を阻む、サステナビリティに関する重大なスキル不足(Holding Back Climate Progress: Sustainability’s Critical Skills Gap)』によると、サステナビリティに携わる人たちは孤立したり、独自に課題に取り組む自らの役割のなかで深刻な精神的ストレスを経験したりすることが多い。さらに、そうした人材を支援する体制も限られていることが分かった。
また報告書は、従業員エンゲージメントやより深い協力関係を結ぶといったソフトスキルの開発を企業が優先することで、従業員を支援し、組織が気候変動目標やサステナビリティ目標を達成できるようにすることが非常に重要だと指摘している。
この調査は、さまざまな企業規模や地域の159人のサステナビリティの実践者・専門家を対象に行ったもので、およそ半数は気候変動目標を掲げる企業に属している。
主な調査結果は以下の通り。
・回答者の62%が過去1年以内にサステナビリティに関する業務への責任が原因で燃え尽き症候群を経験している。
・回答者の69%は課題の規模が理由でモチベーションを保ち続けるのが難しいと答えた。
・サステナビリティの実践者として十分な福利厚生を受けていると感じているのはわずか53%だった。
・回答者の60%が「持続可能な未来を実現するためのソフトスキルを身につけるトレーニングの優先度が低い」と答えた。
「こうした調査結果は警鐘です」と、調査を行ったオックスフォード・ブルックス大学ビジネススクールで「責任あるマネジメントとリーダーシップ」の上級講師を務めるカレン・クリップス博士は言う。
「サステナビリティに携わる人たちは、複雑な技術的問題に取り組んでいるだけでなく精神的なストレスにも対処しています。精神的レジリエンス(回復力)が必要とされるなか、組織によるサポートは明らかに不足しています」
調査者らは、気候危機に取り組むことは「人々の行動を変える挑戦」だと捉えている。さらに、サステナビリティの実践者が効果的に連携し、チームを鼓舞し、複雑さに対処し、利害関係のバランスをとり、個人のレジリエンスを維持するための解決策として、コーチングスキルの研修を実施するよう勧める。
Climate Change Coachesの共同設立者で、開発部門のディレクターのゾーイ・グリーンウッド氏は「気候不安症(気候変動やその影響によってもたらされる不安)の存在を認識し、それに対応することは、気候変動に取り組むことと並ぶ、指導者の資質が試される新たな課題です。この重要な調査は、効果的な気候変動対策がとれるようにするため、また、この分野で働く人たちが直面する精神的困難に対処するために、組織がサステナビリティに関するスキルを持っている人たちの支援を優先する必要があることを示しています。サステナビリティに関する役割が進化するにつれ、気候変動対策において21世紀型のリーダーシップを発揮できる人材を供給する仕組みを発展させ、支援することが急務なことは明らかです」と話した。