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気候変動の影響を学ぶツアー 企画する事業者らの狙いとは

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JoAnna Haugen
Image credit:Hotel Husafell

世界のさまざまな地域を舞台に、気候変動がもたらす地球環境の変化を学ぶツアーが誕生している。同時に、そうした旅行を企画する事業者は、自社のツアーや旅行業界がもたらす環境負荷をさらに悪化させないよう、適切なバランスを取りながら事業を行おうと努めている。(翻訳・編集=小松はるか)

アイスランドの海面氷河を歩きながら、ツアーガイドがここ数年で景色がいかに変化したかを説明する。ガイドによると、海水温の上昇によって絶壁のふちに群れるツノメドリの個体数は今世紀初めから20%減少している。その日、一緒にツアーに参加した旅行者たちと食事をしていると、アイスランドの環境負荷を抑制するのに役立つ代替エネルギー源の話になった。食事が地熱を利用した温室で行われたことを考えると、適切な話題だった。

世界の多くの地域と同じく、アイスランドも気候危機の兆候があふれている。観光客のなかにはアイスランドの景色をまだ先の未来と捉えている人もおり、そういう人たちは滝や野生生物、広大な景色を訪れても地球温暖化の影響に気づかないままだ。しかし「気候変動について学ぶ、アイスランドへのトランスフォーマティブ・アドベンチャー(自己変革のための冒険)ツアー」に参加する旅行者は、全旅程を通じて地球温暖化について体感することになる。

この旅行を企画した米グローバル・ファミリー・トラベルのジェニファー・シュパッツ創設者兼CEOは、「アイスランド特有の景観と、氷河・火山・地熱地帯などの脆弱(ぜいじゃく)な自然環境は、気候変動について学べる自然の教室になります」と話す。

少し前まで、気候がガイドツアーの重要なテーマになることなどあり得なかった。歴史的に見て、観光旅行は現実の世界から人々を引き離すものだったが、今や旅行先でも現実を否定することは難しい。そして現実には、至るところで気候変動の影響を目にし、感じることができる。

このことは、旅行会社が旅行者と気候危機についてコミュニケーションを取るべきか否かではなく、どのように取るべきかという問いを投げかける。これについては、いくつかの解決策が浮かぶ。例えば、クライメートポジティブ(CO2排出量より吸収量の方が多い状態)な行動を奨励するインセンティブ付きプログラムの開発や、責任ある旅行に関する自発的もしくは義務的な誓約の導入、旅行の関連情報と併せてCO2排出量を明記したカーボンラベルを発行することなどがある。

気候変動をテーマにした旅行は、コミュニケーションツールの側面も持つ。こうした旅は、体験や対面での会話、温暖化によって最も影響を受ける人々や場所、野生動物との出会いを通して気候危機の緊急性を伝えることを目的にしている。旅行の企画者は、訪れた人たちに旅行で得た教訓を持ち帰ってもらうことを願っている。

「国内旅行であれ海外旅行であれ、今回のアイスランド旅行のような旅行体験は、地球規模の自然環境の変化に影響を受けながらも、前向きに対策を講じている土地やコミュニティにじかに接することで、気候変動について伝える大きなチャンスをもたらします」(シュパッツ氏)

Image credit: Neom

アイスランドのガイドツアーは、今増えてきている気候変動をテーマにした体験の一つにすぎない。例えば、米国の旅行会社ナチュラル・ハビタット・アドベンチャーズのツアー「気候変動と自然界」は北極やアマゾンで実施される。同社のウェブサイトによると、WWF(世界自然保護基金)と共同で実施するツアーは、WWFの保全活動や、気候変動がもたらす悪影響から人類を守るためにWWFがどのような取り組みを行っているかについて理解を深める内容だという。

同じく、NPOアースウォッチもこうした旅行を提供している。例えば、「北極の境界で気候変動を学ぶ11日間のツアー」、旅行者がサンゴ礁の修復・再生に取り組んでいる科学者を手伝う「グレート・バリア・リーフの保全に取り組む5日間のツアー」などがある。さらに、「変わりゆくアンドラ公国のピレネー山脈で野生生物を調査する9日間のツアー」では、気候変動や人間が引き起こしたピレネー山脈の環境変化を観察し、保全する手助けができると説明し、旅行者を誘う。

しかし、不愉快な真実もある。気候変動が一方的に観光旅行に影響をもたらすわけではなく、観光旅行も気候変動の要因だということだ。気候変動について学ぶために環境破壊に直面している地域への旅行を促すことで、旅行業界は悪影響を増幅させるのではないか。さらに、環境が破壊されている場所で気候変動をテーマにしたツアーを運営するという決断は「ラストチャンス・ツーリズム」、つまり環境破壊や気候変動の脅威によって消失の危機にある地域に、「最後のチャンスだから」と旅行することに加担してしまうのではないか。

「アイスランドの溶けていく氷河、ハワイやカリブのサンゴ礁、島国の侵食が進む海岸といった場所を訪れることで、気候変動の影響を自分事化できるようになります」とシュパッツ氏は言う。

これは事実かもしれないが、さまざまな調査研究によると、必ずしも行動につながるわけではない。例えば、2023年に発表された研究は、南極旅行のツアーオペレーター会社は人々の意識や自然保護への関心を向上させる効果は生み出しているが、その人の人生に大きな影響を与える可能性が高い、行動を変化させる記憶をつくれていないと報告している。

間違いなく、旅行者にこうした現実を隠すよりも、テーマを前面に押し出すか、中核に据えて気候変動に特化したツアーを提供する方がはるかに良い。たとえそうした体験が環境破壊に直面している場所で実施されたとしても、だ。一方で、気候変動関連のテーマをすべてのツアーに自然な形で組み込み、異なるコミュニケーション戦略を採用している企業もある。また、そうした企業は現地の観光事業者に権限を持たせ、地元企業ならではの独自の旅行体験を提供している。

モルディブでサステナブルツーリズムを展開するシークレット・パラダイス・モルディブの共同創業者ルース・フランクリン氏は、海抜の低いモルディブでのツーリズムの重要性と、観光客の目を気候危機の影響に向けさせる必要性の両方に言及した。

「アクティビティの一環で訪れる際、出発点となるのは通常、海草かマングローブのある場所です。島のツアーでは海岸侵食の観察や海岸線の植物の除去、残されたヤシの木の根から気候危機が浮き彫りになります。一定期間の観察を通して、周辺環境を見てもらい、気候変動の影響を説明することで、自分事化してもらうことを目指しています」

観光業は安定的に回復しており、停滞する兆しはない。それと同じく、残念だが、気候危機もフルスピードで進行している。どちらも切り離すことはできず、観光業界内で気候変動に取り組むことが重要だ。それは気候変動をテーマにしたツアーなど、旅という行為を通じて行えるかもしれない。しかし、ツーリズムと気候変動が互いにどう影響を及ぼし合っているかという全体像に着目することで、観光業界は気候変動への取り組みを旅行者とのあらゆる接点において、大なり小なり実行できるようになる。

「旅行者が、最初は年間150万人以上が訪れるアイスランドに行けるチャンスだと考え、ツアーに関心を持ったとしても、そうしたツアーを知ることで環境の重大な変化について認識を高めることになると願っています。人気の旅行先を訪ねるだけではなく、有名な観光地に影響をもたらしている問題への理解をさらに深めることに意味があります」(シュパッツ氏)

フランクリン氏も同意する。「私たちは、旅行者が世界のどこを訪れていようとも、気候変動の影響や、ツーリズムがどう国を経済的に助け、地域の発展に役立つのかを旅行者に伝えることによって、人々の認識をさらに深めようと取り組んでいるのです」。