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持続可能な農業の未来は海の中に? イタリア北西部の水中で食物を栽培

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Scarlett Buckley
Image credit: OceanReefGroup 2022

イタリア北西部リグーリア海岸に面する街ノーリの海には不思議な光景が広がる。浅瀬の水中をのぞくと、9つの半球の物体が浮かび、まるで宇宙人が住んでいるかのような不気味な青い光を放っている。ここで行われているのはアロエやオクラ、カカオ、バジル、マンダリンなどの植物や果物、野菜の水耕栽培の研究だ。気候変動や農地の拡大による森林破壊、生物多様性の損失が課題となるなか、海中での持続可能な食物栽培の可能性を探る研究プロジェクト「ニモズ・ガーデン(Nemo’s Garden:ニモの庭)」について話を聞いた。

ジャコモ・ドルランド氏は、このプロジェクトを数カ月にわたり取材したフォトジャーナリストだ。「初めて水中に潜って半球のバイオスフェア(生物圏)を見たとき、まるで別の惑星にいるかのようでした。人類が到達したものを見て素晴らしいと思いました。ニモズ・ガーデンは、人類の可能性に対する私の見方を変え、海洋や沿岸の環境にまつわるプロジェクトをより追求する後押しをしてくれました」と語る。

プロジェクトは「水中の温室で食べ物を栽培することはできるのか」という問いから始まった。発案したのはセルジオ・ガンベリーニ氏。化学エンジニアであり、スキューバダイビングやシュノーケリングの器材を専門的に取り扱う米・伊企業「オーシャン・リーフ・グループ」の代表であり、この研究プロジェクトの運営者だ。

2012年に立ち上がったこのプロジェクトは、新たな農業の可能性を探り、水中温室の実現の可能性を検証し、植物を育てる持続可能な方法を提供することを目指している。水中栽培は、気候変動に直面し、世界規模で耕作地が影響を受け減少する中で、非常に重要な手段だ。

オーシャンリーフとニモズ・ガーデンでマーケティングの責任者を務めるフェデリコ・ジュント氏は、「ニモズ・ガーデンをつくったのは、耕作地や真水のない地域などでの農業の代替手段を提供するためでした。私たちの技術によって、完全に自立した形で食べ物を育て、集める手段を提供することができるようになります」と話す。

海面下約10〜12メートルに設置されたバイオスフェアは、スキューバダイバーたちが管理している。それぞれのバイオスフェアにはおよそ2000リットルの空気が充満し、水面に極めて近い場所に設置されているため、太陽の光が自ずと空気や水を通り、植物に光と暖かさをもたらす。

光学レンズのような形をした軽量のプラスチックドームは水に浮くように設計されている。ドームは水中に設置されると、海底に鎖でつながれ固定される。ダイバーたちはスキューバタンクから空気を注入して、ドーム内の水を抜き、海水が入り込まない空間をつくる。ドーム内には、防水の箱に必要な装置や部品が納められている。

ドームには水耕栽培の装置や植物の種、空気循環用ファンが備わっており、ソーラーパネルで駆動する。このような方法で植物を育てることで土壌は必要なくなり、代わりに不活性基盤を用いて植物に必要な栄養素を供給することができる。ドームの外側は、昼夜を問わず温度が一定に保たれ、持続可能な生育に必要な環境が整っている。

ジュント氏は「ドームは閉鎖的な空間です。寄生虫や昆虫もいないため、農薬も必要ありません。植物に水を与える際にはバイオスフェア内の凝縮水を集めています」と説明する。

このような、廃棄物などを外に出すことなく内部で循環・再利用するクローズドシステムには多くのメリットがある。例えば、ドーム内には農薬や昆虫が存在しないため、ニモズ・ガーデンで生産されるものは100%オーガニックだ。伊・ピサ大学が行った調査によると、ドームで育てられたバジルには高濃度の精油や抗酸化物質、ポリフェノールが含まれていることが分かった。さらに、ドーム栽培の植物にはより高純度で濃厚な風味があるという。こうしたメリットによってバイオスフェアを応用する新たな取り組みも生まれ、現在、9つのバイオスフェアの1つは実験・試験用に貸し出されている。

Image credit: Nemo's Garden

「サステナビリティは私たちにとって非常に重要です。常に、サステナブルであり、環境に負荷を与えることなく、良い影響だけをもたらし海の力を活用する方法を常に考えています。ドームを固定している鎖に生えている藻類でさえも植物を育てるための栄養素になるかもしれないと考え、採取しています」(ジュント氏)

ニモズ・ガーデンは、さまざまな海洋生物が生息する人工岩礁の役割も果たし、周りの海洋生態系の改善にも役立っている。

「ジェノバの近くでこのパイロットプロジェクトを始めたのですが、海洋生物が非常に少ない場所でした。しかし私たちがプロジェクトを開始してから、タツノオトシゴやコウイカ、タコなど数千の海洋生物が驚くほど増えました」(ジュント氏)

ニモズ・ガーデンは生産規模に限界があるため、現在は研究のみに使われている。しかし、研究チームは事業を拡大することを考え、独シーメンスやジェノバのコンサルティング会社TekSeaと提携。長期的には、この技術が気候変動や持続可能でない従来型の農業によって大きな環境負荷が生じている地域で利用され、採取した作物は手の届く価格にすることを目指している。

ドルランド氏は「気候変動は近年、私たちにとって最も重要なテーマです。境界のない問題であり、例外なくすべての人に関係します。私たちのホームである地球を守るという共通の目標に向けて人々を結束させる問題です」と語る。