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投資家は中国のESGに対する取り組みの遅れを無視できない状況に

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Nithin Coca

中国でネット検閲や規制が強化される中、2月22日には、複数のESG投資家が中国のネットサービス大手「騰訊控股(テンセント)」の株式を売却したことが報じられるなど、投資家も中国のESGへの取り組みが遅れていることを無視できない状況だ。グローバル企業は、昨年2月のロシアのウクライナ侵攻によりロシア市場を撤退したことで7兆円以上の損失を出したといわれる。ウクライナ侵攻以前のロシアへの対応と同じく、中国のESG課題に何の対処もしなければ桁違いの損失を生む可能性もある。

鄧小平が1978年に経済政策「改革開放」に着手してから数十年間で、中国はほぼ全ての大手グローバルブランドのサプライチェーンの中心地へと変貌を遂げた。中国のサプライヤー企業は主に複雑なサプライチェーンの中で下請けとして、ナイキやアディダスなどのアパレルブランド、アップルやHPなどのテクノロジー大手、フォードやトヨタなどの自動車メーカーといった衣類や電気部品、自動車部品、そのほかのあらゆる種類の輸出品を製造してきた。今日にいたるまで、世界最大の人口を有する中国に匹敵する生産性や労働力、高品質なインフラを持っている国や地域はでてきていない。

残念なことに、世界の多くの企業は利益や市場参入を求めるあまり、独裁体制の国家とビジネスを行うことで発生する社会的・人権的費用について見て見ぬふりをしてきた。投資家もまた、こうした問題を重視してこなかった。

「状況は次第に変わってきている」と話すのは、社会的責任を考慮するポートフォリオに特化した金融サービス会社ニューデイ・インパクト・インベスティングの主任研究員マシュー・ジマー氏だ。「さまざまな理由から、中国企業はESGスコアが低かったり、ESG情報を全く報告していない」と言う。

では、なぜこれが重要なことなのだろうか。それは、企業が環境、社会、ガバナンスの基準に関するリスクや機会をどのように管理しているかを知るための枠組みであり、ニッチな検討事項からいまや投資判断の中核へと上り詰めた「ESG」が重視されているからだ。米証券取引委員会も企業に対し、ESG情報の開示命令を提案しているほどだ。

「中国国内のサプライチェーンにおける労働・環境違反などの課題は以前からあったが、ここに来てますます表面化してきた。投資家が投資のインパクトに対してより透明性を求めるようになってきたからだ」(ジマー氏)

これはつまり、グローバル企業がより真剣に取り組まなければならないということだ。さらに、中国企業との関係、中国企業の低いESGスコアについて再評価する必要があるということでもある。しかし、言うは易く行うは難し。

そもそも、どうしてこんなことが起きたのだろうか。なぜ多くの企業が人権を侵害していると知られている国とこんなにも強力な関係性を築いてきたのか。80年代や90年代を振り返ると、中国では経済成長によって政治的自由化や市民権・人権が拡大すると考えられていた。中国の一部ではメディアや市民社会の活動の場が増え、一時はそうした流れが続いていくかのように見えた。しかし、チベットや新疆ウイグル自治区などは例外だった。

近年では、2008年のチベット、2009年の新疆ウイグル自治区で起きたデモの後に厳しい弾圧が行われ、特に2013年に習近平国家主席が就任してから事態はさらに悪化した。独立系メディアや労働系非営利団体はほぼ活動を停止している。

米国の非営利団体フリーダム・ハウスの代表を務めるマイケル・J・アブラモビッツ氏は記者発表でこう述べている。

「習近平国家主席の在職中、中国政府は組織的に批評家やジャーナリスト、独立系メディアを逮捕し、黙らせてきた。SNSや中国国外のインターネットへのアクセスの制限を強化し、人権問題に取り組むNGOを厳しく取り締まり、宗教的慣習を弾圧してきた。さらに、大勢の人の恣意的な拘束や強制失踪など、ウイグル族への凶悪な弾圧行為を行ってきた」

ロシアのウクライナ侵攻・中国のESGをめぐる動き

過去数年にわたり、ESGの低さに警鐘が鳴らされてきたにも関わらず、多くのグローバル企業が見て見ぬふりをしてきたもう一つの市場、ロシアのウクライナ侵攻から教訓を得られるかもしれない。

ロシアが昨年、ウクライナに進攻した際、多数の企業が同国から撤退する時期だと判断した。しかし、ウクライナ侵攻はロシアの厄介な挑発行為の一つに過ぎない。ロシアは、ジャーナリストや批評家の暗殺、反体制派の主導者であるアレクセイ・ナワリヌイ氏の毒殺未遂や投獄、LGBTQコミュニティなど少数派への差別などさまざまな問題を抱えている。

国連の人権特別報告者であるメアリー・ローラー氏は報道機関に対し、「過去数年にわたり、ロシアの人権擁護者らが合法的活動や表現の自由を行使したことで犯罪者として扱われる事例を数多く目にしてきた」と話している。

ロシアから撤退した企業の損失は莫大で、2022年6月の『ウォール・ストリート・ジャーナル』によると、590億ドル(約7兆9800億円)を上回るとされる。しかし、ロシアはその広大な国土にも関わらず、中国と比べると経済規模は小さい。ウクライナ侵攻前のロシアへの対応と同じようにして、中国のESG課題への取り組みに何も対処しなければ支払う代償は桁違いに大きくなるだろう。

もちろん、企業のサプライチェーンにおける労働問題や人権問題、環境リスクに直面している国は中国だけではない。バングラデシュやインドネシア、パキスタン、コンゴ民主主義共和国は、汚職や、欧米ブランドの製造工場で労働者の死亡事故が起きるなど劣悪な労働環境がはびこっていることで知られる。

しかし、こうした国々と中国との違いの一つが、虐待行為を永続させ、真のESG戦略の効果を限定する政府のふるまいだ。中国では2021年、国の安全保障や公共の利益を損なう可能性がある場合、国外の司法当局や法執行機関との企業情報の共有を制限する法律が成立した。この動きについては、中国政府が、サプライチェーンや労働違反に関する情報を国内企業が他国と共有することを制限する目的があると捉える見方もある。

ジマー氏は「中国国内からESG推進の動きを将来的に制限する可能性がある」と懸念する。

「中国でも、ESG報告書の対象範囲や一貫性を向上させるようなESG基準を提案する動きがある。しかし、そうした基準の遵守が政府の優先事項と矛盾する場合には、政府の意向が優先されることは間違いないだろう」

ほかにも問題がある。米国や欧州、同じアジアの多くの国々とも異なり、中国企業の場合は、政府、中国共産党が企業の決定に口を出すことを往々にして許さなければならず、独立性を欠いている。

ジマー氏は「中国のような国ではそれぞれの企業を政府から切り離すことは難しい。結局は、政府が支配しているのだ」と語る。

また同氏は、サプライチェーンの多様化や、ウイグル族の強制労働などの問題への対処が遅い企業は、増加するESGの要求や、欧米での新たなデューデリジェンスの義務化によって危機に陥ると警告し、「投資家はインパクトに対してより一層の透明性を求めており、期待収益のみに注目するのではなく倫理的な視点から投資を見るようになってきている」と投資家の役割を指摘している。
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