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炭素の社会的費用、米政府試算の3.6倍 『ネイチャー』で発表

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大気中にCO2が1トン排出されるごとに地球にもたらされる経済的損失の指標を「炭素の社会的費用」という。米国の未来資源研究所やカリフォルニア大学バークレー校などの研究者らはこのほど、CO2が大気中に1トン排出されると社会的費用が185ドル(約2万6000円)になるという試算を英科学誌『ネイチャー』で発表した。これは米政府が現在試算する1トンあたり51ドル(約7300円)の3.6倍に相当する価格だ。

気候科学や経済学、人口学などから導き出される「炭素の社会的費用(social cost of carbon:SCC)」は、将来世代への負の影響を推計できるほか、政策立案者が気候変動政策の有効性や採算性を測定し、投資を決める際の重要な指針となる。

米国における炭素の社会的費用

炭素の社会的費用の概念はブッシュ政権時代に導入され、オバマ政権では規制の影響を分析するために用いられた。オバマ政権が設置した省庁横断型の「温室効果ガスの社会的費用を試算するワーキンググループ」はトランプ政権時代に解散したが、続くバイデン政権の誕生とともに復活した。この間、オバマ政権時に1トンあたり37ドルだった炭素の社会的費用は、トランプ政権下で1〜7ドルに大きく引き下げられた。バイデン政権は、オバマ政権時代の試算をもとに、インフレの状況も考慮して1トンあたり51ドルに設定している。

バイデン大統領は就任初日に出した大統領令で、「政府機関にとって、温室効果ガス排出のコストをできる限り正確に把握することは不可欠だ。それによって、健全な意思決定が下せ、気候変動の影響が及ぶ範囲を認識でき、気候変動問題における米国の国際的リーダーシップの下支えにもなる。(炭素や亜酸化窒素、メタンの)正確な社会的コストの把握は、規制やその他の取り組みの費用便益分析を行う際、温室効果ガス排出量削減による社会的便益を正確に判断するために欠かせない」と発表。米政府機関は現在、規制を決める際に炭素の社会的費用の暫定値を使用する方針だが、炭素の社会的費用の導入をめぐっては、規制コストが増えるとして一部の州が政府機関を提訴する事態も起きている。

今回、研究チームの努力が実り、新たな方法論と科学的根拠に裏付けられた「炭素の社会的費用」の最新の試算が明らかになった。炭素の社会的費用が高いということは、より切迫した気候変動政策を講じる後押しにつながるだろう。

共著者で、未来資源研究所のリチャード・G・ニューウェル会長兼CEOは、「科学・経済分野の最新文献に基づく試算により、われわれが炭素の社会的費用を大幅に過小評価していたことが分かった。これは、地球温暖化による悪影響を減らすための政策や取り組みが、想定よりも重要なことを意味している」と語る。

今回の研究の主な成果は、温室効果ガスの影響価値推定(Greenhouse Gas Impact Value Estimator:GIVE)モデルだ。これはオープンソースのソフトウェアプラットフォームで、利用者は研究チームの方法論を活用し、炭素の社会的費用を計算することができる。GIVEモデルは以下の4つのモジュールで計算された影響を合算し、炭素の社会的費用を試算している。

社会経済:GDP、人口、炭素排出量の未来予測 
気候:炭素排出量の予測を気候システムの変化に換算
被害:気候システムの変化を経済的損失に換算 
割引率 将来の経済的損失を現在のドルに換算

「未来資源研究所は2017年から、炭素の社会的費用の基礎になる科学的根拠の見直しに取り組んできた。今回の論文では、米国科学工学医学アカデミーの提言にも対応する、新たな炭素の社会的費用を導き出している。重要な結論は、算出された価格が、現在の米政府の暫定試算である1トンあたり51ドルの3.6倍にのぼる、1トンあたり185ドルに更新されたことだ」(ニューウェル氏)

論文の最後には、気温変化による死亡率など人間の健康への影響や、農業生産性、建物の冷暖房に関するエネルギー支出、海面上昇の沿岸部への影響など特定の懸念に関して、世界の温度変化を経済価値に換算した結果が示されている。

未来資源研究所の研究員、ケビン・レナート氏はこう話す。

「今回紹介したオープンソースのGIVEモデルが、世界の科学者コミュニティによって継続的に炭素の社会的費用の試算を改善するための土台になることを期待したい。十分な透明性を有するこの方法論はわれわれの研究の基盤になり、CO2の25倍の温室効果があるとされるメタンや亜酸化窒素などCO2以外の温室効果ガスの社会的費用にも関わる」

レナート氏やカリフォルニア大学バークレー校のデイビッド・アンソフ氏らが率いた研究チームには、全米の研究機関から優秀な研究者らが集まった。チームは、炭素の社会的費用の推定価格を導き出すデータツール「Social Cost of Carbon Explorer」も開発した。GIVEモデルがどのように炭素の社会的費用を試算しているのかを理解するのに役立つ。

共著者で、未来資源研究所で“炭素の社会的費用イニシアティブ”の責任者を務めるブライアン・C・プレスト氏は、「われわれの研究が、政府の省庁横断ワーキンググループが試算する炭素の社会的費用を更新するのに役立てられることを願っている。科学的根拠があるからこそ、重大な決断ができる」と語る。

アンソフ氏は「炭素の社会的費用を試算するには、あらゆる学問分野の知識が必要だ」と語り、共著者となった優秀な研究者らの多様な専門知識が今回の研究成果をもたらしたことを強調する。

炭素の社会的費用が高いほど、気候変動による負の影響を減らす価値は高まり、より強力な気候政策が必要となる。今回大幅に引き上げられた炭素の社会的費用の試算は、有効な気候政策の発展に著しい影響をもたらすだけではない。より強固な結束を生み、科学的根拠に基づいたCO2排出量削減目標と急速に成長するボランタリーカーボン市場においてさらに高い基準を設定する後押しになることが期待される。現在のままでは大きな欠陥を抱えている多くの企業の気候変動対策の根幹にも影響を及ぼすだろう。