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国際

デジタル製品パスポートの本格導入へ 大きく前進した2024年の欧州

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筆者がAIを使ってビジュアル化した、DPPのイメージ図

2024年後半、欧州連合(EU)のデジタル製品パスポート(Digital Product Passport / DPP)導入に向けた動きが加速した。7月に発効した持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)を皮切りに、業界団体の連携や欧州委員会による具体的なガイダンスの発表など、重要な進展が見られた。ここでは、DPPの概要と最新の動向を解説する。(高松平藏)

デジタルプロダクトパスポートとは何か?

DPPとは、製品ライフサイクル全体にわたる情報を記録したデータセットであり、その目的は持続可能な製品管理と透明性の向上にある。

例えば洗濯機を購入した際には、そのパッケージや本体に付いているQRコードをスキャンすることで材料構成や推定寿命、CO2排出量などの詳細情報を閲覧できる。このような情報提供によって、消費者はより持続可能な社会に向けた選択を行うことができる。「エシカル消費」や「修理する権利」とも関連性がある。

EU委員会では2022年3月に新しいエコデザイン規則案を発表。その中でDPPが重要な役割を果たすことが示されている。2025年以降には特定の製品グループへの初期実装が行われ、その後段階的に拡大していく。最終的には2027年から2030年までにEU加盟国がDPPを自国の法制度に統合する予定だ。

このような取り組みは、消費者だけでなく企業にも新たなビジネスチャンスを提供する可能性がある。DPPによって企業は自社製品の環境への影響を可視化し、持続可能性を訴求することで競争力を高めることができる。

個人的な印象で言うと、2024年の前半では、ドイツの企業でもDPPについて詳しく知っているところは少なかった。その一方で多くの業界団体などでセミナーが行われ、「普及期」と言えるような状態だった。

エコデザイン規制がデジタルパスポートを後押し

2024年の後半になって、産業界・経済界の関心がより高まった。と言うのも7月に、持続可能な製品のためのエコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation / ESPR)が発効し、DPP導入に向けた法的枠組みが整備されたからだ1

ESPRとは、EUが、持続可能で循環型の製品を推進するために施行した規則である。この規則は、製品の耐久性、再利用性、修理可能性、エネルギー効率、リサイクル可能性を向上させることを目的としている。また、ESPR規制はDPPの導入を法的に義務化しており、製品情報の透明性を高めることで消費者や企業がより持続可能な選択を行えるようにしている。

ESPR規則は全ての物理的製品を対象とし、一部例外を除いて適用される。これによりEU市場での統一的な基準が確立され、持続可能なビジネスモデルやイノベーションが促進されると期待されている。また売れ残った消費者製品の廃棄を禁止する規制が初めて含まれている2

この規制は特に環境負荷の高い製品群に対して厳格な基準を設けることから、多くの企業は新たなコンプライアンスへの対応が求められる。生産プロセスやサプライチェーン全体にわたる見直しが含まれ、多くの場合、それには時間とコストがかかることになるだろう。

ESPR 規則は、EU 内で製造されたか否かに関係なく、EU 市場に参入する全ての製品に一般的に適用される。国際貿易ルールに基づいており、製品の持続可能性を向上させるための生産国との協力を重視している。欧州市場でのビジネスを検討している日本のメーカーにとっても注視すべき動きだろう。

欧州委員会、情報管理サービスプロバイダー向けのルール作り着手

2024年11月、欧州委員会はDPPの情報管理を行うサービスプロバイダーに対するルール作りに着手した。これらのサービスプロバイダーは、製品の製造業者や輸入業者から許可を受けて、製品のDPPデータを処理する。そしてそれを必要に応じて、消費者や役所、会社など、それぞれのアクセス権に応じて提供する。

欧州委員会は、このルールを作るために、利害関係者からの意見を集めた。この呼びかけは2024年12月10日まで続き、今後さらに公開協議が行われる3

この過程では、多様な利害関係者から寄せられる意見や懸念点も考慮されることになる。特に、中小企業やスタートアップ企業からは、新しい規制への適応能力について不安視する声も多く聞かれ、これら企業への支援策やガイダンスも重要になるだろう。

DPPの導入が消費者の購入の決定などに影響すると先述したが、製造会社は自社製品の環境への影響を把握しやすくなり、税関では輸入品の確認の簡易化が見込まれる。

トレーサービリティの進化系としてのデジタルパスポート

DPPは、従来のトレーサビリティシステムを大きく進化させた取り組みと言える。それは単なる製品の追跡だけでなく、製品のライフサイクル全体にわたる詳細な情報を提供し、持続可能性と透明性を重視した新たな経済モデルの基盤となる可能性を秘めているからだ。

DPPの導入は、製品の透明性と持続可能性を大幅に向上させる一方で、企業にとっては大きな課題でもある。しかし、この取り組みは循環経済の促進と環境負荷の低減に向けた重要なステップであり、今後の産業界全体の変革を促すものだ。2024年後半の法的枠組みの進展は、DPPの実現に向けた重要な一歩であり、今後も継続的な開発と調整が待たれる。

さらにZVEI(ドイツ電気・電子工業連盟)はインダストリー4.0との統合コンセプト「DPP4.0」を2023年から考案している4。インダストリー4.0とは、生産プロセスの効率性と柔軟性を高めるために製造業企業と機械とのネットワーク化を指す概念だ。

この構想では、生産工程全体で収集されたデータとDPPによって得られる各部品のライフサイクル情報やCO2排出量などが統合されることで、新たな価値創造が期待される。

DPPは技術統合のプラットフォームという一面がある。それだけに、もう少し長い視点に立つと、いわゆる「動脈経済」「静脈経済」を水平に接続し、市場全体のパラダイムシフトを促す可能性がある。これはサーキュラーエコノミーよりも、より業界横断的で複雑で多様な、イノベーションの源泉になるだろう。

〈参考文献〉
1、Ecodesign for Sustainable Products Regulation(2024年12月13日閲覧)
https://commission.europa.eu/energy-climate-change-environment/standards-tools-and-labels/products-labelling-rules-and-requirements/ecodesign-sustainable-products-regulation_en#objectives

2、Implementing the Ecodesign for Sustainable Products Regulation(2024年12月13日閲覧)
https://green-business.ec.europa.eu/implementing-ecodesign-sustainable-products-regulation_en

3、Commission seeks views on the future Digital Product Passport(2024年12月13日閲覧)
https://single-market-economy.ec.europa.eu/news/commission-seeks-views-future-digital-product-passport-2024-11-13_en

4、Auf dem Weg zum DPP4.0 - ZVEI-Show-Case PCF@ControlCabinet(2024年12月13日閲覧)
https://www.zvei.org/themen/auf-dem-weg-zum-dpp40-zvei-show-case-pcfcontrolcabinet

高松平藏
高松 平藏 (たかまつ・へいぞう)

ドイツ在住ジャーナリスト

ドイツの地方都市エアランゲン市(バイエルン州)および周辺地域で定点観測的な取材を行い、日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに地域社会のビジョンを探るような視点で執筆している。日本の大学や自治体などでの講義・講演活動も多い。またエアランゲン市内での研修プログラムを主宰している。
著書に『ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか―質を高めるメカニズム』(学芸出版)をはじめ、スポーツで都市社会がどのように作られていくかに着目した「ドイツの学校には なぜ 『部活』 がないのか―非体育会系スポーツが生み出す文化、コミュニティ、そして豊かな時間」(晃洋書房)など多数。

高松平藏のウェブサイト「インターローカルジャーナル」