国連未来サミットで「未来のための協定」を採択――途上国や将来世代の発言権と多国間協調を一層強化し、懸案のSDGs達成につなげる
国連未来サミットの開催に当たり、国連総会ホールには世界中から多くの若者が集まった(国連のオフィシャルサイトより)
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世界規模の重要課題に対する協力強化を集中的に議論する国連の特別会合、「未来サミット」が今月22日から23日にニューヨークで開催された。最大の成果は「未来のための協定(Pact for the Future)」とその付属文書である「グローバル・デジタル・コンパクト」「将来世代に関する宣言」の採択だ。未来のための協定では、持続可能な開発のための金融アーキテクチャ、平和と安全、テクノロジー、国際機関のガバナンスなど、幅広い分野でのアクションが取り決められた。喫緊の課題に国際社会はどう対応できるか、採択された協定の実行力が問われる。(茂木澄花)
グテーレス事務総長「多国間主義を崖っぷちから引き戻す」
未来サミットは、2021年に国連のグテーレス事務総長が報告書「私たちの共通の課題(Our Common Agenda)」で開催を呼びかけ、今回実現したものだ。「未来のための協定」は、共同議長国であるドイツとナミビアが取りまとめた。今年1月に最初の草案(ゼロドラフト)が公開された後、加盟国やステークホルダーとの対話をもとに改定草案が4回作成され、今回採択された最終版に至った。
同サミットと協定の重要なキーワードは「多国間主義(Multilateralism)」だ。グテーレス事務総長は未来サミット開会の挨拶で「私たちは多国間主義を崖っぷちから引き戻すためにここにいる」と厳しい口調で述べた。中東やウクライナなどで紛争が続き、SDGs達成が危ぶまれる状況を背景に、同じ課題に対して多数の国が協働して取り組む動きを世界中で強化する狙いがある。
「未来のための協定」の中身は?――「We will」で始まる計56項目のアクションを章ごとに見る
未来のための協定は「持続可能な開発と開発資金」「国際的な平和と安全」「科学・技術・イノベーションとデジタル協力」「若者と将来世代」「グローバル・ガバナンスの変革」という5つの章で構成され、幅広い内容を網羅する。各章では「We will」で始まる、計56項目のアクションが掲げられている。ここからは、各章の主な内容を見ていこう。
Ⅰ 持続可能な開発と開発資金
未来のための協定は全体を通して、2030年までの達成が近年危ぶまれている「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現を後押しする内容だ。アクション1では「2030アジェンダを実行してSDGsを達成し、誰一人取り残さないため、大胆で野心的かつ迅速で公正な、変革のための行動を取る」と掲げられている。改めてSDGsを重視する姿勢を確認し、2030年までの達成を目指して取り組むことに合意した形だ。この最初の章で掲げられているアクションは、SDGsの内容と重なるものが多い。
例えば、アクション9「気候変動対策を強化する」では、取り組みの進捗が遅いこと、温室効果ガス排出量が増え続けていることに対して強い懸念が示された。1.5度目標の重要性を再確認し、2030年までに全世界の再生可能エネルギーの発電可能量を3倍にすることや、石炭火力発電の段階的な削減に向けて取り組むことが明記された。
また、アクション8は「SDGsの全ての目標とターゲットを進展させるために不可欠なこととして、ジェンダー平等と全ての女性と女児のエンパワーメントを達成する」。この内容には、未来サミットに出席した岸田総理大臣も演説で触れ「女性や子ども・ユースのエンパワーメントは最重要の課題である」と述べた。
アクション4「発展途上国におけるSDGsの資金不足を解消する」では、税の国際協調に関する内容も盛り込まれた。持続可能な開発に必要な資金を確保するために、違法な資金や脱税の取り締まりを強化し、富裕層への課税に関する国際協調の可能性を検討するとしている。開発のための資金は、最後の章で触れられている国際金融アーキテクチャの改革と併せて、協定の重要な柱だと言える。
Ⅱ 国際的な平和と安全
章の冒頭では、平和と安全が脅威にさらされていること、核戦争のリスクが増大していることへの懸念が示された。また陸海空に加えて宇宙やサイバー空間など、脅威が多様化する中で、国際平和と安全のためには信頼の再構築と国際協調が重要だとしている。
アクション25では「核兵器のない世界という目標に向かって前進する」ことが明記された。多国間で核軍縮に取り組むことを表明するのは、10年以上なかったことだが、当初案の「核兵器のない世界の追求」という文言に比べるとやや控え目な表現となった。
アクション27では、AIをはじめとした新技術を「自律型致死兵器システム(Lethal Autonomous Weapons Systems、略称LAWS)」などに悪用させないための措置を取ると明記された。国連ではかねて「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」の枠組みでLAWSを規制する案を検討しているが、目立った成果をあげていない。今回の協定では、国際人道法を引き続き全てのLAWSに全面的に適用することを改めて強調した。
Ⅲ 科学・技術・イノベーションとデジタル協力――付属文書「グローバル・デジタル・コンパクト」
協定の付属文書として採択された「グローバル・デジタル・コンパクト」は、デジタル分野での国際協調や、AIとデータのガバナンスについて定めた世界初の国際的な枠組みだ。この文書では、全ての人の利益のためにテクノロジーをデザイン、利用、管理することを掲げている。2030年までに各国が取り組むべき内容として、具体的には次のような項目が盛り込まれた。
・全ての人、学校、病院をインターネットに接続する
・人権と国際法に基づき、デジタル分野で協調する
・政府、テック企業、ソーシャルメディアの取り組みを通じて、インターネット空間を全ての人々、特に子どもたちにとって安全なものにする
・「AIに関する独立国際科学パネル」の設立などを通じ、AIを管理する
・オープンソースのデータに関する合意などを通じて、データをより幅広くアクセスしやすいものにする
Ⅳ 若者と将来世代――付属文書「将来世代に関する宣言」
世界的な子ども・若者世代の人口は過去最大規模となっているが、その多くが開発途上国に暮らし、潜在能力を十分に発揮できないでいる。この現状を認識した上で、世界的な意思決定に若者世代の意思をより反映することを定めた。具体的には「将来世代担当特使(Special Envoy for Future Generations)」の任命などが検討されている。
Ⅴ グローバル・ガバナンスの変革
この章では、前章までに登場したテーマを含め、さまざまな課題に関連したガバナンスの変革が定められている。国連の体制は多くが数十年前に構築されたものであり、現在においては十分に公平で効果的なものだとは言えない。グテーレス事務総長も「私たちの祖父母世代が築いたシステムで、私たちの孫世代に合う未来を創り出すことはできない」とくぎを刺す。
例えば「平和と安全」のテーマに関しては、アクション39で「安全保障理事会を改革する」と、現行の安保理を巡って重要かつ緊急な指摘を述べている。安保理を拡大し、代表権が不足している地域や開発途上国などの発言権を向上させることが明記された。特にアフリカは歴史的に不公正な立場に置かれてきたとして、優先的に対応するという。
また「国際金融アーキテクチャ改革」は協定の大きな柱だ。アクション47から52では、より開発途上国に資する仕組みを構築する必要があるとし、次のようなことを約束している。
・国際金融機関の意思決定において、開発途上国の発言権を強化する
・国際開発金融機関からより多くの資金を開発途上国に動員し、開発ニーズに応える
・IMF、国連、G20などの主要な関係機関が協働してソブリン債(政府や政府機関が発行・保証している債券)の構造を見直し、開発途上国が持続可能な融資を受け、未来に投資できるようにする
・IMFと加盟国は、金融危機・経済危機の際に最貧国を保護する国際金融のセーフティネットを強化する
・各国が気候変動に適応し、再生可能エネルギーに投資できるよう、より多くの資金を供給するなど、気候危機の問題に対する取り組みを加速する
さらに、この5章では人間の進歩を測る新たな指標の導入についても述べられている。アクション53は「GDPを補完し、それを超えるような持続可能な開発の進捗状況を測る枠組みを開発する」と明記し、経済的な進歩だけでなく、人間と地球のウェルビーイングと持続可能性を測る必要性を強調。新指標については、独立した専門家グループを設立し、その作業結果を来年の国連総会で発表することが要請された。
この「未来のための協定」を背景に、23日にはグテーレス事務総長と国連高官らが国際開発金融機関(MDB)グループのトップらと会談し、SDGsの達成を加速するための方策について議論する場面もあった。そして協定を採択後の閉会式で、事務総長は「この未来サミットで、人々の期待に応え得る国際協調の道筋ができた。さあ、行動に移そう」と力強く呼びかけた。
協定のフォローアップについては、例えば国連総会で各国首脳らが協定の包括的な進捗などを確認する方針が決まった。「グローバル・デジタル・コンパクト」は2027年、「将来世代に関する宣言」については2028年に開く予定のハイレベル・レビューや本会議で見直しを図る予定だ。
引き続き達成を目指すことが確認されたSDGsの目標年限まであと6年、協定を機に各国と国際機関には迅速なアクションが求められる。