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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
SB’22 San Diego 特集

加速するために一度“スローダウン”しよう――サステナブル・ブランド国際会議サンディエゴ①

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日本を含む世界9カ国で開催するサステナブル・ブランド国際会議の本会議が10月、米カリオフォルニア州サンディエゴで4日間にわたって開かれた。今年のテーマは「Recenter & Accelerate(リセンター&アクセラレイト)」。いま一度本質に立ち返り、リジェネラティブな未来(環境や資源、地域などが再生する未来)の実現に向けて加速していこうという意味が込められている。ここでは、サーキュラーエコノミーの第一人者であるウィリアム・マクダナー氏など世界的に活躍する著名人らが登壇した基調講演の内容を紹介する。(小松遥香)

サステナブル・ブランド国際会議2022サンディエゴ(SB’22サンディエゴ)の初日は、早朝、会場のあるサンディエゴ郡カールスバッド市と地元NPOの協力の下で行われた植樹イベントから始まった。

その後、午前から午後にかけてワークショップセッションが行われ、1000人を超える参加者らがそれぞれの関心に沿って「ESG報告書からインパクト報告書へ」「ブランド・トランスフォーメーション」「パーパスのある持続可能なメタバース活用」「消費動向」「忙しさや燃え尽き症候群を乗り越え、心身のバランスを取り戻す方法」など幅広いテーマのセッションに参加した。

基調講演が始まったのは17時。さまざまな分野の先駆者らが「リセンター&アクセラレイト」をテーマにスピーチや対談を行い、リジェネラティブな未来の実現に向けて加速する前に一度スローダウンすることの大切さについて語った。

司会者の挨拶の後、ステージに登場したのは詩人でスピーチライターのヴィンセント・アヴァンツィ氏と、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)のCSOであるヴァージニア・ヘリアス氏だ。2人は詩を読むように、時に抑揚をつけ韻を踏みながら7分間のスピーチを行った。「LIFEの再生(リジェネレーション)」と題したスピーチの内容は、社会や地球にとって良いこと(善)と成長を両立するために必要となる心や暮らし、ビジネスの在り方、そしてどんな時も利益よりも生命(LIFE)を優先するということ、ここでいう“LIFE”は“Love is forever(愛は永遠に続くもの)”の略でもあり、誰もが互いに依存しながら生きる社会で労わり合い、心ある行動やビジネスを行うことが大切だということ、何より自然があってこそ未来はあるというものだった。

サーキュラーエコノミーの第一人者、日本での暮らしが原点

続いて、建築家・デザイナーでありCradle to Cradle認証を生み出したサーキュラーエコノミーの第一人者、ウィリアム・マクダナー氏が登壇し、旧友でサステナブル・ブランド創設者のコーアン・スカジニアと対話しながらセッションを行った。

タイム誌の「地球を救うヒーロー」の一人に選ばれたこともあるマクダナー氏は1951年、東京で生まれた。父親はダグラス・マッカーサーの語学官で母親も米軍で日本語の訓練を受け、終戦後に平和構築のために派遣された200組の夫婦の1組だった。

冒頭でマクダナー氏は自身の原点として幼少期の日本での暮らしを挙げた。一つは、生け花を習っていた母親から聞いた「生け花が美しいのは、花と花に“間(Ma)”があるからだ」という言葉。そして、農家が糞尿を集めるのを見て不思議がったマクダナー氏に、母親は子守唄のメロディーにのせて「下肥を運ぶ荷車と良い土から食べ物は生まれる」と日本語で歌って聞かせた。この経験から、マクダナー氏は都市と農場は一つであり、廃棄物と食料はつながっているものと考えるようになったと振り返った。

マクダナー氏は「自然にはデザイン的な問題はないが、人間にはある。だから、私たちは自然をモデルにし、メンターと捉えている」と語った。また、デザインを行う上で「謙虚さ」が大事だとも強調した。「human(人)とhumility(謙虚)の語源はhumus(腐植土)。謙虚であるということは、地に足をつけるということだ。人々は原点に戻り、それを考え始めている」とした。

コーアンが「多くの人が心の中で疑問を抱いていることだが、持続可能な成長は可能だと思うか」と聞くと、マクダナー氏は「スパイラルな(螺旋)経済であれば可能だ。耐用年数を想定してデザインするのではなく、つくる段階で次の用途まで考えること。地球の限界を尊重し、循環・再生型でないものに対処しなければならない」と答えた。

そして資本主義の行方について、「人間には欲と限界がある。しかし、私たちは、少ししか与えていないにも関わらず自分がどれだけ得られるのかを考えるのではなく、得るもの全てに対しどれだけ共に与えることができるかを問うべきだ。私たちは豊さと分かち合いの世界を祝うためにここにいるのであって、限界や悲観に満ちた世界を祝うためにいるのではない。拡大生産者責任という考え方が浸透してきているが、拡大生産者“機会”と捉えて、楽しむことが重要だ。特にここにいる参加者(多くは大企業)は他の誰よりも楽しみながら取り組まなければならない」と締め括った。

本質に立ち返るために、まずは内側に目を向けよう

ジョー・コフィノ氏は長らく『ガーディアン』『ハフポスト』で経済ニュースの編集記者として働き、現在は禅・マインドフルネスのコーチとして活動する。コフィノ氏は、本質に立ち返るということは内側に目を向けることだと切り出した。そして、私たちが生きるこの世界を成り立たせている仕組みは人々を分断し、本質や本来の自分を遠ざけるものだと指摘。自分の苦しみ・悩みに対処する方法を知らずして、世界の苦しみに対処することは難しいが、現代はその苦しみや内観することを避け、スマホに目を向けるなど、できるだけ気を散らして自分の外側に目を向ける社会になっている。

企業も同じだ。世界の課題を解決しようとしながら、課題を生むような行動をとっていることがある。自社のアイデアを目立たせたい、連携について話しながらも前に立ちたい、聞いてもらいたい、という姿勢だ。しかし、そこで改めて自らのアイデアを見つめ直し、自問自答することが困難を乗り越える出口となる。

また、気候変動や難しい課題に対して「もう手遅れだ」という考えを持ったまま、行動を続けるのは諦めているのと同じことだ。ではどうすればいいのか。会議のテーマ「リセンター&アクセラレイト」がそのヒントとなるとコフィノ氏は言う。

本質に立ち返るためにスローダウンするということは、マインドフル(心を集中させること)な状態になることであり、結果的にスピードアップにつながっていく。もしマインドフルな状態になることなく常に動き続けているのであれば、それは単に動いているだけで、問題を引き起こすことにもなりかねない。マインドフルな状態になることによって深く傾聴でき、心を開き、柔軟に考え、エゴを捨て、新たな視点を持ち、新たな価値を見出せるようになるという。

そして、スローダウンする上で重要なのが執着を捨てることだ。すべてのものは無常であり栄枯盛衰だ。それを真に理解したなら、地球を救う方法がこの一つや特定のものでなくてはならないという思い込みを捨てることができる。そうすることで、心に余裕を持つことができ、自らの存在感を増すことにつながり、時間を有効に使えるようになるのだ。

生態学者ジャニン・ベニュス氏が語る「スローダウン」

ステージに再び顔を見せたコーアンと共に、バイオミミクリー(生物模倣)の第一人者で生態学者のジャニン・ベニュス氏が登場した。ベニュス氏は自身が暮らすモンタナ州の池の水が枯れ外来種が蔓延った荒野を12年かけて再生(リジェネレーション)した物語を話した。

その過程について、ベニュス氏は自然資源管理のプロでありながらも「管理もしなかったし、目標も立てなかった。あったのは自分への誓いだった」と説明し、自分の心に時々問いを囁きかけるような揺るぎない誓いがあったことで、いろいろな種をまくなど試行錯誤をし、時に遠回りをしながらも成功させることができたという。そして、乾季であれ雨季であれ気候に応じて異なる種が芽吹くように自然はできているとし、再生の重要な原則の一つは「ダイバーシティ(多様性)」だと強調した。

さらに、ナイジェリア人から聞いた「時間が切迫している。(だからこそ)スローダウンしよう」という言葉を紹介。「スローダウンは単に仕事に時間をかけたり、業務を止めたりすることではなく、ゆっくりと熟考しながら動いていくことを繰り返すこと」と説明した。コーアンは「スローダウンすることは特にこの会場にいる参加者(多くは大企業)にとって簡単ではない。でもここで敢えてその話をしてくれてありがとう」と言葉を挟んだ。

「希望は何か」という問いに、ベニュス氏は「優秀な地球に住んでいること。傷ついてはいるが回復力がある。もちろんそれは永遠に続くものではない。それでも、バイオミミクリーという分野で仕事をしてきて、生命に優しい化学や緑豊かで暮らしやすい生態系をつくる多くの事例を知っている。そして、バイオミミクリーは誰でも利用できるもの。それが私の希望だ」と語った。

幸運な偶然「セレンディピティ」を生み出すには

「私は幸運だと思う人は手を挙げてください」。この日、最後にステージに上がったニューヨーク大学教授でベストセラー作家のクリスチャン・ブッシュ氏は会場に問いかけた。“セレンディピティ”とは「予想していない事態での積極的な判断がもたらす、思いがけない幸運な結果」のこと。ブッシュ氏は、セレンディピティが起きやすい人とそうでない人の違いを科学的に研究してきた。会期中に実践できるセレンディピティを起こすために必要なマインドセット(心構え)について説明した。

ブッシュ氏によると、最も成功している人たちは直感的にセレンディピティを生み出し、幸運を呼び込む感覚を養っているという。米大手エンジンメーカー「カミンズ」のトム・リネバルガーCEOは「不確実性に満ちた時代に、セレンディピティを育むことはリーダーシップを発揮するための積極的な手段だ」とその重要性を語っている。これは社会的課題を解決するためにも用いることができる考え方だ。

セレンディピティが起きるプロセスを知ることで、点と点を結び、セレンディピティにつながるきっかけをつくることができる。例えば、出会った人の記憶に残るような言葉や経験を投げかけ、それがきっかけで、その人が点と点を結んでくれてセレンディピティが起きることもある。また、予期せぬ出来事が起きても計画の妨げと考えるのではなく、計画の一部と捉えて取り組むことで、セレンディピティにつながることもあるという。

ブッシュ氏は「あなたの人生で起こり得たはずなのに起こらなかった出来事、行動できなかった出来事がないか数秒考えてみてほしい」と再び参加者らに尋ねた。そして、セレンディピティのきっかけを逃さないためにも、何かをするときに「実行した場合としなかった場合のリスクは何か」と考えることが有効な手段の一つと話した。今回の会議を例に、登壇者などに話しかけるべきか躊躇することがあるかもしれないが、しなかったことを後悔することの方が多いため、積極的になるよう勧めた。最後は、「この会場には可能性や知恵、創造力が溢れている。点と点を結ぶことで、持続可能な社会、個人や企業の一助となることを願っている」と締め括った。

小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。