EU市場から消えた農薬「フィプロニル」
ミツバチへの毒性が強く、ネオニコチノイド系農薬と同じ浸透性農薬の「フィプロニル」が、2017年8月末をもってEU(欧州連合)域内の市場から消えた。EUでは2013年にヒマワリとトウモロコシへのコーティングを禁止したが、温室栽培などで例外的に使用が許可されていた。だが、独化学メーカーのBASFなどメーカー各社は、8月までに同農薬の登録更新を行わず、流通を断念した形になる。(パリ=羽生のり子)
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フィプロニルは1980年代後半にフランスの化学会社ローヌ・プーランが開発し、1993年に発売した農薬・殺虫剤の成分だ。その後、バイエルなど数社の手に渡った後、2003年にBASFが買収した。2008年からパブリックドメインになったため、どのメーカーでも製造可能になった。
EUではヒマワリやトウモロコシの種のコーティング、温室栽培などにフィプロニルを使用していた。しかし、これをミツバチの大量死の大きな要因としたフランスは2004年に農業での使用を全面禁止、禁止措置はEUの他国にも広がった。
欧州食品安全機関が毒性を指摘
2013年5月に欧州食品安全機関(EFSA)が「フィプロニルはトウモロコシのコーティングに使うとミツバチへの毒性が強い」と結論づけたことを受け、EUはEU全域で2013年12月31日から2年間、ヒマワリとトウモロコシへの使用を禁止することを決めた。この禁止措置は現在まで続いている。しかし、温室での使用など、一部の使用は許可されていた。だが、次第にフィプロニルを使用禁止にする国は増え、最後にはオランダとベルギーだけで一部が使用されていた。
BASFは2013年のEUの部分的禁止措置を不服として、欧州裁判所に提訴していた。だが、2017年は延長を申請せず、EUでの販売をあきらめたことになる。同社はその理由を「EUで販売しても経済的にワリが合わないから」と説明した。
NGO「欧州農薬ネットワーク」の送粉者プロジェクト・コーディネーター、マーティン・テルミン氏は、BASFが申請しなかった理由を2つ挙げる。同氏は「1つはこの農薬が送粉者にとって安全であることをEUに証明できないから。もう1つはEUで許可されている使用法が限られているため、このまま欧州市場に残っても経済的なメリットがないからだ」と分析している。
スペイン・グリーンピースは9月30日で販売・使用禁止になったことを「喜ばしいニュース」と伝えたが、フランスではほとんど話題にならず、環境NGOもコミュニケ(声明書)を出さなかった。その理由を、農薬と化学物質の規制を訴えるフランスのNGO「未来の世代」のフランソワ・ヴィルレット事務局長は、「EUで農薬として使っている国はごくわずかな上、フランスではもう使っていないから」と説明する。
しかし、今回の販売禁止は農薬だけで、フィプロニルを含むペットのダニ防止剤やゴキブリなどの害虫駆除剤としての販売は続いている。
日本の対策に遅れ
一方、日本では、ゴキブリなどの駆除剤のほか、農薬としてコメ、キャベツ、トウモロコシなどに使われている。
グリーンピース・ジャパンは、国立環境研究所がフィプロニルを使った水田で行った実験で、トンボの発生や生育に悪影響があったという発表などをもとに、使用継続を問題視している。
世界保健機構(WHO)は「ヒトへの毒性中程度の物質」に分類しているが、長年農薬による健康被害を研究している東京女子医科大学・東医療センターの平久美子医師は「フィプロニルはネオニコチノイドと同じく、神経細胞の受容体に作用する薬で、慢性持続摂取により、何らかの健康影響が出る可能性は否定できない。食品や環境からの持続摂取は、たとえ少量でも好ましくない。作物に使うとしても、頓用に限るべき殺虫剤の一つだと思っている」と言う。
ミツバチの大量死を招く化学物質を次第に制限しているEUに比べると、日本ははるかに対策が遅れている。「もう使っていないから、登録が切れても話題にならない」国になるのはいつのことだろうか。