日本政府が新たな排出削減目標「13年度比で35年度に60%減」を提示――問われる“1.5度目標との整合”
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日本政府は、新たな温室効果ガス排出量の削減目標を、現行の「2013年度比で2030年度に46%削減」から、同じく2013年度比で「2035年度に60%減、2040年度に73%減」とする方向性を打ち出した。環境省と経済産業省によると、「日本の排出量削減は2050年ネットゼロに向けて順調に進捗」していることから、新目標は現行の排出量削減ペースを継続した延長線上に設定し、パリ協定の1.5度目標にも「整合する」という。一方で、環境NGOなどからは「1.5度目標に沿っているとは言い難い案だ」という批判の声も上がる。世界的にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が示す、世界全体で「2030年までに43%、2035年までに60%削減(いずれも2019年比)」という線を着実にクリアすることが1.5度に到達する道筋とされ、日本の新目標はこうした世界レベルの議論と整合性を保てるのかが問われる。(廣末智子)
温室効果ガス排出量の削減目標は、世界においては「NDC(Nationally Determined Contributions、国が決定する貢献)」と呼ばれ、国連がパリ協定のもと、各国に5年ごとの見直しを義務付けている。新目標の提出期限が来年2月に迫っていることから、閉幕したばかりのCOP29でも次期NDCで各国がいかに野心的な目標を掲げるかがテーマの一つとなっていた。
環境省・経産省「排出削減と経済成長の同時実現」を図る
日本の次期NDCは、環境省と経済産業省が、有識者会議の議論をもとに検討を進め、25日の会合では事務局から委員に対し、「2035年度に13年度比で60%減、40年度に73%減」とする案が示された。事務局によると、政府はこれを軸に第7次エネルギー基本計画の議論も踏まえて年内にも具体的な削減目標の数字を定め、来年2月までに国連に提出する方針だ。
日本の排出削減の現状と、2050年ネットゼロに向けたシナリオ図。赤い点線(直線の経路)が、次期NDCの水準に沿った道筋となる 出典:2050年ネットゼロに向けた我が国の基本的な考え方・方向性(環境省・経済産業省)
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両省によると、日本の2022年度の温室効果ガス排出・吸収量は、前年度比2.3%減、2013年度比では22.9%減の10.8億トンで、2021年4月に策定した現行のNDC(2013年度比で2030年度に46%削減)に向けて順調に進捗している、とされる。こうした見立てに基づき、現行の削減のペースを維持した上で、2050年の実質排出ゼロへと引き延ばした直線上に位置付けたのが、「2035年度に13年度比で60%減、40年度に73%減」とする次期NDCの軸となる案だ。
両省ではこの案を、「排出削減と経済成長の同時実現」を図りながら、「着実に2050年のネットゼロを目指す」シナリオであると位置付け、同日の会合で事務局は「この方法を進めることは1.5度目標にも整合する」とする見解を示した。
世界的には「2019年比で2030年に43%、2035年に60%削減」がライン
一方、世界的に1.5度目標を達成するには、2023年に出されたIPCCによる最新の統合報告書や、これを踏まえて同年のCOP28で初めて行われた、世界全体の気候変動対策の進捗を評価する「グローバルストックテイク」を通じ、「2019年比で2030年までに43%、2035年までに60%削減」することが必要不可欠な条件であるとされる。
さらに国連環境計画(UNEP)がCOP29の直前に発表した、「排出量ギャップ報告書(Emissions Gap Report) 2024」によると、2023年の世界の温室効果ガス排出量は前年比1.3%増の57.1ギガトンと過去最多を記録しており、現行のNDCでは、「各国が仮にそれを達成できたとしても、世界の平均気温は今世紀中に2.6〜2.8度にまで上昇する」ばかりか、それすら達成できないような既存の政策を続けた場合は、「最大3.1度の破滅的な気温上昇につながる」という=関連記事。
こうした世界の水準や見方と、日本の次期NDC策定に向けた排出量削減目標案とはどこまで整合しているのか――。上述の会合では、同案の策定に向け、複数のシナリオ分析を行った国立環境研究所や地球環境産業技術研究機構のメンバーが説明に立ち、目標案は、世界的な1.5度シナリオと整合的な2040年の世界の排出削減の水準を想定した上で設計されていることを強調。「2035年までに2019年比で60%削減が必要」とするIPCCの分析には幅があり、日本の基準年である2013年度比に換算した場合、今回の「2035年度に60%減」というラインはその域内であり、1.5度目標に整合していることをさまざまなデータを用いて解説した。
WWFジャパン――13年比では66%以上が必要、1.5度目標に整合しているとは言い難い
一方、この案が1.5度目標に整合しているとされることに対して、WWF(世界自然保護基金)ジャパンは27日、「IPCCやCOP28決定が目指す国際水準に達するためには、日本の次期NDCは、2013年度比では66%以上の目標が必要となる。現在示されている案はこれを下回る」とし、次期案が不十分であるという認識を示した。
COP29では、英国が2035年までに1990年比で81%削減するという1.5度目標に整合した高い目標を発表したことで国際的な評価が上がったばかり。WWFをはじめとする国際環境NGOや、1.5度目標の実現を強く求める日本企業には、日本もそれに続くことへの期待が大きい。
WWFジャパンの山岸尚之自然保護室長は、今回示された日本の次期NDCの削減目標案について「『1.5度目標に整合させる』という問題意識があることは評価できるが、そこに沿っているとは言い難い」とした上で、「IPCCの数字は、世界平均の数字であり、世界で取り組みを先行するべき日本の案として、66%削減は本来最低ラインであり、より高みを目指すべきだ。日本では、『脱炭素化はコストが高い』という批判もよく聞かれるが、10年以上前にも似たような議論で対策を遅らせた結果、今の日本での脱炭素化分野での遅れにつながっている。それを繰り返してはならない。困難はあったとしても、なるべく高い野心を掲げ、激甚化する気候変動影響を緩和していくための挑戦の先陣を切るべきだ」と話している。