サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

すべての企業にいま求められる「ビジネスと人権」の意識改革

  • Twitter
  • Facebook

SB国際会議2024東京・丸の内

Day1 ランチセッション

国際情勢、そして社会情勢が大きく揺れ動く中、すべての企業が取り組むべきテーマとして、今改めて「人権」に光が当たっている。人権という根元的かつセンシティブな問題を企業としてどう捉え、どう行動するか――。製造業と非製造業、双方の事例から意識改革の必要性を浮き彫りにする。(依光隆明)

ファシリテーター
矢守亜夕美・オウルズコンサルテシンググループ プリンシパル
パネリスト
菊池明重・リクルート サステナビリティ推進室 室長
向井芳昌・日本たばこ産業 サステナビリティマネジメント部長
吉川美奈子・アシックス エグゼクティブアドバイザー

矢守氏

冒頭、ファシリテーターの矢守亜夕美氏が「昨年からの1年間で企業と人権を取り巻く環境が大きく変わった。メディア・エンタメ業界の人権問題など、おそらく2023年が今までで最も『企業と人権』や『人権デューデリジェンス』が報じられる年だった」と前置きし、「どんな企業にとっても人権は他人事ではない。今すぐに取り組むべきテーマだという認識が業種を問わず一気に広がった」と状況を説明。「自社が人権侵害に関与しないというだけではもはや足りない。どのような工夫や努力をしているのかが本質的な問いになっている」と問題提起した。

20カ国、200以上の工場に、4段階の人権デューデリジェンスを実行――アシックス

吉川氏

続いてアシックスの吉川美奈子氏が自社のサプライチェーンについて報告。同社は東南アジアを中心とする20カ国以上、200以上の工場にアパレルやシューズの製造を委託しており、それらの工場は「非常に労働集約型なので多くの人が関わっている」。このため、人権方針やサプライヤー行動規範といったコミットメント方針を掲げ、それに基づいて委託工場が運用されているかをモニタリングし、組織的な能力を向上させるキャパシティ・ビルディングを行って、その結果を開示する――という4段階の人権デューデリジェンスを実行していることを説明した。

具体的には、第1次サプライヤーの組立工場や縫製工場をメインに、主要な2次サプライヤーをモニタリングの範囲とし、課題の改善が進まない場合は、3回目の警告を出した時点でビジネスの見直しも視野に入れるルールを徹底。さらに全体の9割を占める工場の、発注計画やサンプル品の支払い状況なども含めたリストを開示し、工場が閉鎖される場合の従業員への対応にも目を向けているという。

吉川氏は、それらの対策を「人権に対する守りだ」とした上で、「人権に関しての攻めのアクション」として、シリアやアフリカの難民の子どもたちにスポーツを通して希望を持ち、リーダーシップを構築するための活動を行っていることを語った。

「人権尊重」はすべてに通底、マテリアリティにあえて入れず――JTグループ

向井氏

日本たばこ産業の向井芳昌氏は、「心の豊かさを、もっと」というJTグループのパーパスを紹介。これを実現するための「5つのマテリアリティ」(「自然との共生」など)に「人権尊重」が入っていないことについて、「以前は入っていたが、あえて入れていない」と説明し、その理由について「人権尊重は5つのすべてに通底するからだ」と強調した。

2021年に発行した「人権報告書」の中では、顕著な人権課題として児童労働、環境影響、公正な賃金など9課題を特定し、事業展開する130カ国の中で「人権リスクが高い国」から優先して評価を実施している。例えば葉タバコのサプライチェーンでは、児童労働がリスクだと認識した上で、子どもたちへの教育機会の提供や農家の生活支援、コミュニティ全体での意識啓発といった根本課題の解決に取り組み、ILOなどと共同で児童労働撲滅プログラムを立ち上げ、政策立案にも関わるなどアドボカシー活動にも力を入れているという。

ここで矢守氏は「人権デューデリジェンスは製造業の話と捉えられることが多いが、非製造業の人権対応も非常に問われている」として、リクルートの菊池明重氏に事例を求めた。

一人一人の『自由』に機会を提供していくのが人権――リクルート

菊池氏

菊池氏は「一人一人が輝く豊かな世界、その『自由』に対して機会をきちんと提供していくのが人権なのだ、と人権を広く捉えている」と前置きし、「リクルートグループは企業運営の根幹に人権があり、これに照らして社内外に働きかけをしているのが我々の人権方針だ」と説明。そして人権の実現は「もちろんリクルート単独ではなく、いろんなステークホルダーと一緒にやらないとできない」として、事例の紹介に移った。

取引先には「差別の禁止」や「適正な労働時間」「結社の自由」などを盛り込んだ「リクルート行動規範」を理解してもらう。クライアントに対しては無料の人権啓発研修をオンラインでも行い、「人権問題は実は身近なところで起こっていて、皆が取り組むべきテーマだ」ということを実例を交えて説明。「良い気づきになった」とする評価も得ているという。

具体的な事業サービスを通じた取り組みとしては、要支援や要介護者向けの訪問美容や、業界全体で取り組む住まい探しプロジェクトなどに力を入れている。外国籍の人や車いすユーザーは住まい探しが簡単ではなく、後者はそこに業界全体で手を差し伸べようとする試みだ。

一方、吉川氏は社員の人権を守る活動にも言及した。アシックスでは、人権委員会ができたのを機に、「社員の人権もしっかり守る」ことを明記し、カスタマーハラスメントを未然に防ぐ観点から、「お客様の過剰な要求があった時、会社としてはそれ以上対応しなくていいということを明確にした」という。

また「危機管理やリスク管理の仕事をしていたことがある」という向井氏からは「企業はどうしても人権問題を企業リスクと捉えがちだが、そうした観点で、『サプライチェーン上に人権上の課題はありませんでした』みたいな開示をすることが、実はいちばん危ない」とする指摘もなされた。「人権の取り組みを社外に伝える中では、対応できていないことも含めて開示する姿勢が非常に重要だ」というのだ。

「ビジネスと人権」において、どこまでが守りで、どこからが攻め、つまり新たな挑戦と言えるのか――。この問いに対し、菊池氏は、「自分たちだけが安全だったらいいというのでなく、皆の人権をどう守れるかと考え、そこに向かってなるべく自社の得意とするビジネスの領域を使いながら取り組むことで、インパクトを大きくしていくことではないか」とする考えを述べた。最後に矢守氏は、「ここに集まっている全員が、ビジネスを通じて、人権が尊重される社会をつくりたいという思いで連携していければ」と語り、セッションを終えた。

依光 隆明 (よりみつ・たかあき)

高知新聞、朝日新聞記者を経てフリー。高知市在住。環境にかかわる問題や災害報道、不正融資など社会の出来事を幅広く取材してきた。2023年末、ローカルニュースサイトを立ち上げた。