カンムリワシを原告に住民訴訟――開発による環境悪化を懸念、石垣市に市有地の貸与差し止め求める
計画地周辺で撮影されたカンムリワシ。希少な鳥だが、朝方、森と田んぼの境界付近で見ることができるという (C)中本純市
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ゴルフ場やマリーナを経営する東京の企業が、石垣島の約127ヘクタールにゴルフ場や宿泊施設を建設する計画を進めている。追い風になっているのは経済産業省の地域未来投資促進法で、これによって農業振興地域の農地転用などさまざまなハードルを越えやすくする構想だ。ところが計画地には特別天然記念物のカンムリワシが生息しているほか、周辺にはラムサール条約に基づく登録湿地・名蔵アンパルや国指定鳥獣保護区もある。開発か、環境か。計画には市有地約23ヘクタールの無償貸与も含まれていることから、環境悪化を懸念する住民らは原告にカンムリワシを加えて市有地の無償貸与差し止めを求める住民訴訟を起こした。石垣島のリゾート開発計画については本SBサイトでも6月に既報しているが、改めて環境保護という目線からこの問題に焦点を当てる。(依光隆明)
知事意見を聞く聞かないは業者の考え次第
開発者は、オフィスコーヒーサービスやリゾート、飲食、不動産業などを展開するユニマットグループのユニマットプレシャス(東京・港)。市有地貸与に見られるように石垣市は計画に前のめりで、国も地域未来投資促進法という追い風を与えている。微妙なのは沖縄県だ。すでに環境影響評価(環境アセス)は終了しているが、2021年6月には知事意見として業者の評価書に厳しい注文を付けた。例えば、「提出された評価書は、知事意見等に対する事業者の見解が十分に示されていないものや適切な環境影響評価が実施されていないものがあるなど、十分に対応されているとは言えない」「評価書については、事業計画、環境影響評価等の内容で整合が図られていないもの、記載事項に誤りがあるもの、根拠が不明なもの、具体的な内容が確認できないものなどが多く見られる」などなど。結論として県は環境影響評価のさらなる実施を求めた。
地下水や海域生物など、今後実施すべきとする環境影響評価の内容は幅広い。カンムリワシについては「実施された繁殖状況調査及び行動圏調査は、対象事業実施区域及びその周辺を網羅したものとなっておらず、予備調査及び周年調査は、調査手法等が具体的に示されていない。また、カンムリワシの行動圏及びその内部構造が十分に示されておらず、設定根拠となる調査結果の解析方法等も示されていない」と指摘。「環境影響評価が適切に実施されているとは言えないことから、環境影響評価を再度実施し、必要に応じて適切な環境保全措置を講じること」と断じた。
開発に風を送る国、石垣市に対し、この知事意見は明らかにトーンが違う。といっても環境影響評価に強制力はない。つまり極論すれば、知事意見を聞く聞かないは業者の考え次第ともいえる。
WWFジャパン「経済効果250億円」にも疑問
日本最南端のラムサール条約湿地、名蔵アンパルの風景。地元の子どもたちが自然や生き物を学ぶ場になっている (C)Yasuo Aoki
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計画が発表されたのは8年ほど前だが、環境保護団体は徐々に懸念の声を強めている。WWFジャパン自然保護室の小田倫子さんは「計画地内でカンムリワシの営巣が確認された」ことを明らかにし、ほかにも懸念が多いと指摘する。「例えば地下水の問題です。1日約1000トンを使用し、うち7割を地下水で賄う計画ですが、これだけの大規模施設で7割を地下水で賄うというのはあまり聞いたことがありません」。続けて、「陸水域、汽水域、名蔵湾と水はすべてつながっています。水を通じていろいろな影響が出る可能性があります」。
小田さんは「知事の指摘にも応えていない。調査の体をなしていない」と事業者の環境影響評価を批判する。WWFジャパンは市が掲げる「経済効果250億円」にも疑問を呈していて、ホームページ上で詳細な分析を展開。「石垣市による経済効果の算定は、利益ばかりに焦点をあて、費用(コスト)を過小評価している等、重大な問題があります。このような経済効果に依拠した政策によって開発が実施されるならば、石垣島の水資源や自然環境に不可逆的な損失が生じるだけでなく、悪しき前例として、世界自然遺産に登録され世界的な価値が認められた南西諸島全体の生物多様性保全やSDGs目標達成を大きく阻害する結果を招くことが強く懸念されます」と強いトーンで警鐘を記す。生物多様性や温室効果ガス抑制が企業や社会の課題となっている時代に、このような開発をしていいのかという問題意識だ。
小田さんは言う。「学会もこぞって反対しています。日本魚類学会、日本サンゴ礁学会、日本甲殻類学会、軟体動物多様性学会、みんな懸念を表明しています」
石垣市民ら、カンムリワシに代わって提訴「自然が壊れるとストレートに影響受ける」
子育てするカンムリワシ (C)中本純市
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9月15日には、計画に反対する石垣市民5人が那覇地裁にカンムリワシを原告に加えた住民訴訟を起こした。日本ではアマミノクロウサギ訴訟(1995年)で有名になった「自然の権利訴訟」の一環で、生物への権利侵害がある場合に人間が生物に代わって提訴する。
原告の一人、「カンムリワシの里と森を守る会」の井上志保里さんは「カンムリワシを直接守る法律がないので、繁殖地を守るために原告にカンムリワシを加えた」と説明する。井上さんによると、石垣島にいるカンムリワシは「2012年の環境調査で110羽」。希少な鳥だが、朝方、森と田んぼの境界付近で見ることができる。「かっこよくて愛らしい鳥です。でもけっこうのんびり屋で、狩りは得意じゃなくて。生態系の頂点なので、自然が壊れるとストレートにその影響を受けます」
今回の訴訟は、沖縄県が農業振興地域の農地転用に結論を出す前のタイミングで起こされた。提訴の内容は、事業者に対する市有地の無償貸与差し止め。カンムリワシの生息地を守りたいという思いをそこに重ねている。
長期の裁判を見据え、井上さんたちは費用を賄うためのクラウドファンディング (主体は「自然の権利」基金で、目標は500万円)も実施中だ。