2030年の先を見据えた担い手づくり、教員と企業があるべき教育の姿を模索する
SB国際会議2023東京・丸の内
(左から)松林氏、髙橋氏、芦野氏、茂木氏
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日本発の教育概念である「ESD (持続可能な開発のための教育) 」は、学習指導要領にも盛り込まれ、多くの学校で取り組みが行われている。持続可能な社会の実現に向け、長期的な活動が重要となることから、次世代への教育も欠かせない。サステナブル・ブランド ジャパンとNPO法人日本持続発展教育(ESD)推進フォーラムが共同企画した次世代育成プログラム「ESD Teacher's Camp」は、今年も企業の協力を得てESDを推進する教員を対象に開催。全国から応募のあった教員50人をサステナブル・ブランド国際会議2023東京・丸の内(以下、SB国際会議)に招待した。参加者はSB国際会議の2日間のセッションに参加したのち、未来を担う子どもたちに、社会課題をどのように伝え解決に向けてどう学んでもらうべきなのかを、支援企業と語り合った。(市岡光子)
ファシリテーター
住田昌治・学校法人湘南学園 学園長
スピーカー
芦野恒輔・ベネッセコーポレーション ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主席研究員
髙橋昌男・東京工科大学 工学部 応用化学科 教授
松林美奈・住友林業 サステナビリティ推進部
茂木龍五郎・日本旅行 東京教育営業部 営業2課 課長
住田氏
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冒頭、ファシリテーターの住田昌治氏から、「大事なのはつながること。対話をして新しい価値を生み出し、元気になって帰ってもらいたい」と挨拶があった。また住田氏は、環境活動家でラッパーの神澤清氏と湘南学園小学校(神奈川県藤沢市)が共同制作したミュージックビデオ『未来への風』を紹介。「歌詞をよく見てほしい。子どもからの強いメッセージで、聞けば聞くほど大人に『刺さる』」と住田氏は感じ入っている様子だ。
住田氏に呼び込まれて壇上に上がった神澤氏は、「99人の生徒に、歌にどのような思いを込めたいかを書き出してもらった」と制作の過程を明かした。生徒たちの原稿をすべて読んだ神澤氏は、「子どもたちの目から見た環境問題が、自分たちの大人と違うと思った」と話す。人間のことよりも、生物や森林が無くなってしまうことを純粋に悲しみ、自分たちでより良い世界に変えていきたいという強い思いを感じたという。
プログラムはその後、アイスブレイクを挟んで、グループワークの講師として招かれた住友林業、東京工科大学、日本旅行、ベネッセコーポレーションの4社が登壇。各社はSDGs達成年の2030年を見据え、教育に関連する取り組みについて紹介した。
住友林業が取り組む「持続可能な森林経営」
(SB国際会議資料より)
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木造の注文住宅を中心に、木に関わるさまざまな事業を国内外で展開する住友林業は、「Good NeighborWood(森と人は、良き隣人になろう)」というメッセージを掲げている。植林から伐採、建築、資材のリサイクルまでを「WOOD CYCLE」と称して自社で手がけ、森林の持続可能性に配慮した経営を行っている。
2022年2月には、2050年の脱炭素社会の実現に向けた長期ビジョン「Mission TREEING 2030」を策定。SDGsウェディングケーキモデルに、地球環境への価値、人と社会への価値、市場経済への価値の3軸を同時に満たすことを目指し、「森と木の価値を最大限に生かした脱炭素化とサーキュラーバイオエコノミーの確立」などの4つの事業方針を掲げる。
しかし、昨今は国内の山林で、植林放棄などを要因とした人工林の荒廃が進んでおり、「生態系の保全とCO2の吸収固定機能の維持・強化などに貢献し、持続可能かつ豊かな社会の実現へと取り組みを進めたい」と同社の松林美奈氏は語った。
また、森林経営から派生し、植樹活動や次世代教育にも注力。東日本大震災で被害を受けた宮城県東松島市での防潮堤の植樹活動などを行いながら、長い年月を必要とする森林の再生に向け、地域の環境保全を受け継ぐ次世代の子どもたちの教育に関係各所とともに取り組んでいるという。
東京工科大学は「サステイナブル工学」を提唱し多様な方法で人材育成
(SB国際会議資料より)
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「生活の質の向上、技術の発展と持続可能な社会に貢献する人材を育成する」という基本理念を掲げ、理系の総合大学として教育研究活動を行う東京工科大学。同大学の工学部では、こうした大学の理念に基づきながら、「サステイナブル工学」という新たな学問を提唱している。サステイナブル工学とは、環境と産業、人間の調和を保ち、持続可能な社会をつくる実学としての工学を意味する。
研究成果が人の生活に密接な影響を及ぼしやすい工学の教育研究姿勢を、持続可能な社会を意識したものへと変えることで、「大学の外で自ら活動し、学び、成長することができる人材、そしてサステイナブル工学を身につけて社会の中で実践可能な人材を育成したい」と工学部 応用化学科の髙橋昌男教授は力を込めた。
そのような人材を育成するために、同大学ではまず、入試制度の一部を2023年度から変更。「探求成果発表入試」を実施し、高等学校の「総合的な探求の時間」などで行った活動の成果を発表した上で、研究内容に関する試問を通じて、学ぶ意欲のある多様な人材を獲得するという。
また、大学教育はもちろんのこと、小中学校や高校での人材育成活動も積極的に実施している。例えば、英語を用いた高校生向けの化学実験教室「サイエンスイングリッシュキャンプ in 東京工科大学」や、大学生が科学や工学のお面白さを小中高校生向けに伝えるための実験コンテンツなどを開発する「サイエンスコミュニケーター育成支援教育プログラム『夢プロ』」といった活動を行い、幅広い人材育成に貢献している。こうした教育活動の成果は学生の就職実績にも結びついており、髙橋氏は「今後も2030年、2050年の未来を見据えた担い手をつくる人材育成を目指す」と表明した。
日本旅行が提供する「体感型の教育機会」とは
(SB国際会議資料より)
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日本旅行は、行政や社会から求められる旅行業へのニーズの変化を踏まえ、「教育旅行」として体感型の学習機会の提供を教育機関向けに行っている。同社が教育旅行を企画する中で大切にしているのは、社会課題を自分事として捉え、学びを深め、新たな価値観の醸成や行動変容につなげていくことだ。そのため、ただ生徒を旅行に連れていくのではなく、事前学習を行ったうえで現地調査に臨み、事後学習を行うというサイクルを教育旅行に取り入れているという。
教育旅行は現在、北海道から沖縄県まで国内のさまざまな地域で企画や実施を進めている。同社の茂木龍五郎氏は、その中でも大阪市と北海道大樹町のプログラムを紹介。大阪市でのプログラムは、2025年の大阪・関西万博が目指すSDGsへの貢献などを踏まえながら、多様性や相互性、連携性などを体感できる教育コンテンツを開発した。また、「宇宙のまちづくり」を掲げた北海道大樹町は、人口減少という課題に対して宇宙事業を軸に取り組みを進めており、町の可能性や未来を生徒とともに体験しながら考えるプログラムを構築中だという。
茂木氏は同社の目指すべき教育事業の姿について、「これまで観光で培ってきたネットワークを活かしながら、地域や企業、教育機関とともに連携・共創し、新たな社会を牽引する人材育成を行うことにある」と強調。「これからも教育の機会を多数提供していくつもりだ」と今後への考えを語った。
ベネッセは多彩な教育コンテンツでSDGs達成への貢献目指す
(SB国際会議資料より)
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ベネッセの芦野恒輔氏は、2030年を見据えた教育活動を考えるにあたり、まずは世界的な議論を整理した。OECDは「The OECD Learning Compass 2030」としてウェルビーイングにつながる学びを提唱。東京大学で開催された国際シンポジウムでは「『成績』『好き』『将来につながる』の3つが重なる学びであることが大切」という議論がこの数年間で行われていることを説明した。
また、同社の持つデータから、最近の高校生・大学生に「学習意欲の低下」や「勉強方法への悩み」が増加していることに言及し、「2030年の先を担う児童・生徒に、私たちは一体何ができるのかを、学校の先生たちとともに考えたい」と芦野氏は意欲を見せた。
企業理念に「よく生きる」の実現を掲げる同社は、2022年にサステナビリティビジョンを策定。その中では、SDGs17のゴールすべての解決に寄与する人材の育成を目指すことを表明している。同社では、STEAM教育※を支援するオンラインイベント「ベネッセSTEAMフェスタ」の開催や、包括的性教育を支援する情報提供サービス「ponoel (ポノエル)」、発達特性を踏まえた学習支援「まるぐランド」など、多彩なコンテンツを提供。さらにウェルビーイングの実現に向けたさまざまな教育コンテンツの展開を今後も検討していくという。
※科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術・リベラルアーツ(Arts)、数学(Mathematics)を対象とした分野横断的な教育理念。
グループワークの様子
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その後、休憩を挟んでグループワークが行われた。7つのグループに分かれ、そこに講師が巡りながら議論を重ねるというものだ。熱のこもったディスカッションは1時間以上に渡った。
最後に住田氏は、「昨今、ウェルビーイングが注目されているが、まずわれわれ教育者がウェルビーイングであることが大切だ。それが子どもたちに伝わり、結果的に日本を元気にする。いろいろなつながりを生かし充実感を得ながら過ごしましょう」とまとめ、2時間半に及んだESD Teacher's Campは終了した。