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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

欧州企業のサステナビリティの考え方はどこからきたのか――2022年度第1回SB-Jフォーラム

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サステナブル・ブランド ジャパンは、法人会員コミュニティの2022年度プログラム初回となる「第1回 SB-Jフォーラム」を7月29日、博展(東京・中央)本社とオンラインで開催した。今年4月からデンマークのオールボー大学で在外研究を行う青木茂樹・SB国際会議アカデミックプロデューサーが現地からリモートで参加し、「欧州企業のサステナビリティの考え方はどこから出てきたのか」と題して報告。後半はイケアとフィリップモリスの日本法人のサステナビリティ担当者が、グローバル本社の方針を踏まえた日本でのサステナビリティのアプローチについて話し、参加者は欧州企業の先進事例に関する知見を深めるとともに、日本企業がそれらをどう取り入れ、活用していくのかといった議論を交わした。(廣末智子)

北欧と日本の違いは? サステナビリティと1人当たりGDPは相関

オンライン登壇した青木プロデューサー (写真はサステナブル・ブランド国際会議)

世界のSDGs達成度ランキングは毎年のように北欧がトップ3を占め、最新の2022年版調査でも1位はフィンランド、2位がデンマーク、3位がスウェーデンとなっている。一方、日本は19位で、2021年の18位からさらに順位を下げた。

青木氏は、日本にとって、このSDGs達成度ランキングでの順位の低さよりも大きな問題をはらんでいるのが、各国の国民1人当たりの名目GDPのランキングだと指摘。国ごとのGDPのランキングでは世界3位の日本だが、1人当たりの順位は2021年のデータで28位と、SDGsランキングよりも10位近く低い。一方、北欧の国々は同ランキングでも毎年上位を占め、2021年はノルウェーが4位、デンマークは9位につけている。つまり、SDGsやサステナビリティの進んだ国は国民1人当たりのGDPも高く、両者は相関している。

その構造的要因として、青木氏は2000年から2019年まで日本の実質賃金が全く上がっていないこと、また欧州に比べて日本は男女賃金格差が圧倒的に高く、一方で時間当たりの労働生産性は低いことを挙げ、「欧州の国々はジェンダー間の格差をなくすことでより競争力を高めている」とする見方を示した。

中でもデンマークは、フレシキビリティ(柔軟性)とセキュリティ(安全性)を組み合わせた「フレキシキュリティ」と呼ばれる柔軟な労働市場と手厚い失業給付、実践的な公的職業訓練を柱とする政策を推進している。これについて、青木氏は、「昔のような労働者VS経営者、資本家といったマルクス的な二元論ではなく、むしろこれをうまく循環させている」と説明。さらに同国のGDPは1980年比で2015年には約170%に伸びる一方、水の消費量とCO2排出量はともに約40%減少しており、「GDPと脱炭素や節水は、デカップリング(切り離し)が可能であることを証明している」という。

欧州初の「持続可能な都市と町の憲章」掲げたオールボー

青木氏が在籍するオールボー(Aalborg)大学のあるオールボーはデンマーク北部の人口21万人の都市。1994年に欧州で初めて、「持続可能性に向けたヨーロッパの持続可能な都市と町の憲章」とされるオールボー憲章を掲げ、当時、40カ国以上の約2700の地方自治体が署名するなど大きな運動として広まった。酪農と小麦栽培を主産業とし、郊外に行けば今も牧歌的な風景が広がるが、近年は海上も含めた風力発電関連の輸出入が急速に進む。

ここで青木氏は、デンマークのサステナビリティを象徴する事象をいくつか挙げた。その一つがごみ処理場などの建物で、自身がサイクリング中に見つけ、何かと思って驚いたという、コペンハーゲン近郊のロスキレにある、シックな外観の塔がそびえ立つごみ処理場と、コペンハーゲンに2019年に誕生した、スキーやロッククライミングなどを楽しめるレクリエーション施設と廃棄物発電所を組み合わせた「コペンヒル」の2カ所を紹介。

ロスキレのごみ処理場 (eyewave)
コペンハーゲンの廃棄物焼却発電プラント「コペンヒル」 (olli0815)

いずれも著名な建築家のデザインによる街の新たなシンボルであり、青木氏はコペンヒルの写真を示しながら、「日本のように、地方にある原発からの送電で都市の生活が成り立つという社会ではなく、街のど真ん中に、自然と一体化したような最先端の設備を置くことで、市民の環境に対する意識も自ずと高くなる。アートとサステナビリティ、ブランドをうまく組み合わせている」と評価した。

このほかデンマークのサステナビリティを象徴するのは、ジェンダーに関係なく使用できるユニセックストイレと、「北欧の食材と多様な生産者に光を当て、その背景にある文化的知識を広める」ことや「動物を無用に苦しめず、海、農地、大地における生産を推進する」ことなどを掲げた新北欧料理に代表される「食」だという。

大事なのは1人の100歩ではなく100人の一歩

組み立て式玩具レゴの発祥の地であるデンマークは、博物館にも子どもたちが展示を見て何を考えたかをレゴを使って表現し、発表する場所があるなど、対話し、行動する教育が根付いている。これは街づくりに関しても同じで、一つの公園をつくるのにも老若男女が対話して議論を深めるプロセスがあり、それこそがデンマークの面白い部分だ。

「大事なのは、1人の100歩ではなく、100人の一歩。サステナビリティは実直に進めていくことも重要だが、人を巻き込み、見せていく、共感を広げていく方向を目指すべきだ」。最後に青木氏はそう語りかけ、現地からの発表を終えた。

イケアとフィリップモリス、日本法人が活動紹介

山岡氏、平山氏、濱中氏

続くフォーラム後半は、「欧州のサステナビリティ先進企業の取り組み」と題したセッションが行われ、スウェーデン発祥のイケアと、スイスに統括本部のあるフィリップ モリスの日本法人からそれぞれサステナビリティの担当者が登壇し、グローバルな方針を踏まえた日本での取り組み事例を紹介した。

イケア・ジャパンの平山絵梨・Country Sustainability Managerは、連帯感や環境と社会への配慮など8つからなるイケア従業員の価値観の定義や、持続可能性と優れたデザイン、手ごろな価格といった商品開発における哲学など、同社のサステナビリティを巡るキーワードを一通り説明。2030年までの目標のテーマの一つである「公平性とインクルージョン」では、リーダー職における男女の割合を50:50にすることや、男女の賃金格差の解消などを掲げ、採用担当者やリーダーらに対する研修や啓発活動に力を入れていることを報告した。その中で今年いちばんのトピックになりそうなことは男性の育児休暇取得で、根底には「女性に職場で活躍してもらうためには、家でのイクオリティ(公平性)が非常に大事である」とする考えがあるという。

一方、フィリップ モリス ジャパンの濱中祥子・コーポレート サステナビリティ リードは、同社グループが扱うたばこ製品そのものが健康に与える害こそが社会に与えている大きな問題だと自覚し、これを戦略の中心に据えて事業を展開していることを改めて報告。具体的には紙巻きたばこと比べて健康への害が低減されることが科学的に実証されている製品の製造開発を進め、喫煙を続ける意思を持っている成人喫煙者に対してそうした製品への移行を促している。

日本は紙巻きたばこの販売数が目に見えて減るなど、煙のない社会を目指す同社の目標が非常に進んだ市場であり、濱中氏は、その背景に木造の建築物が多い日本特有のニーズがあることを白川郷の写真を見せながら説明。「グローバルの戦略を落とし込むには、日本ではどういうインパクトがあり、さまざまなステークホルダーからどんな要請があるのかを理解した上で戦略をローカライズしていくことが大事。鍵を握っているのはそれぞれの市場の一人ひとりの人であり、まさに青木さんが話していた、1人の100歩よりも100人の一歩ということだと思う」と話した。

日本とスカンジナビア半島の文化は近しいものがある

セッションは、山岡仁美・SB国際会議D&Iプロデューサーがファシリテーターを務め、「本国のポリシーやパーパスなどをしっかりと日本で推進していく上で直面している課題はあるか」と2氏に質問。

これに対し、イケアの平山氏は、「スカンジナビア半島の文化と日本の文化は自然へのリスペクトや資源を無駄にしないなど、近しいものがある。根底にもったいない精神があるところでリンクしており、サステナビリティの重要性についても多くの人が共感してくれる。難しさはあまりない」と、フィリップモリスの濱中氏は「日本にはたばこの製造工場もなく、たばこ農家との関わりもないので、日々の業務との関連性を意識しながら戦略を立てていくことが大事かなと思う」などと回答した。

もっともイケアでは「もったいないを起点とするサステナビリティは浸透しているが、気候変動を止めるためのサステナビリティにはまだ少し乖離があると感じている」と言い、従業員に対して気候変動に関する知識を学び直す場を設けたり、世界共通のサステナビリティに関するオンライン講習を全員が受講するよう決めており、日本は97%と参加率が最も高いことを挙げた。このほか各店に「サステナコミッティ」があり、従業員が改善案を出し合うといったムーブメントも生まれているという。

セッションには中盤、デンマークの青木氏も加わり、「低価格を打ち出す企業もある中で、サステナビリティ文脈におけるイケアの歴史や取り組みは日本での差別化につながるのか」「デンマークではたばこを吸う人も多い。健康にいいかどうかは別として、たばこやお酒などの嗜好品はコミュニケーションのツールとしてポジティブに捉えていいのではないか」などと2氏に投げかける形で対話が進行。この後、2社の事例を踏まえて参加企業がグループに分かれてディスカッションを深める時間も取られ、欧州の企業の先進的なサステナビリティ戦略を日本でどう取り入れ、展開していくかを巡って活発に意見を交換した。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。