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ネイチャーポジティブはカーボンニュートラルに次ぐ世界目標に

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足立氏、高橋氏、近藤氏、丹羽氏 (左から時計まわり)

気候変動によって種の保存が危ぶまれ、種の保存が厳しい状況であれば、気候変動がさらに悪化する。昨今、気候変動と生物多様性の問題は密接につながっているとする見方が国際的に広がっている。2月に開かれたサステナブル・ブランド国際会議2022横浜では「気候変動×生物多様性、二つの車輪を同時に進めるわけ」と題したセッションが行われ、脱炭素など気候変動対策と、生態系を保護する両方の観点から取り組みを進める企業の事例が紹介された。(廣末智子)

ファシリテーター:
足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
パネリスト:
近藤佳代子・アサヒグループホールディングス Head of Sustainability
高橋正勝・花王 ESG活動推進部 部長
丹羽弘善・デロイト トーマツコンサルティング CG&Eユニット 執行役員/パートナー 生物多様性に関する包括的戦略策定 サービス担当、モニターデロイト

80年にわたって保有 「アサヒの森」の価値は?

昨年11月に英国で開催されたCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、気候変動と生物多様性の二つの危機に対する同時対策の必要性が指摘され、生物多様性に関連する重要な取り決めが相次いでなされた。中でも注目されたのは、2030年までに森林破壊をなくすという目標に日本を含む100カ国以上の政府が合意し、その解決策として、生態系を活用して気候変動を緩和する、NbS(Nature-based Solutions)の概念が示されたことだ。

この動きについて、アサヒの近藤佳代子氏は、「まさにあらためて自然資本の価値が見直されたということではないか」と指摘。その上で同社の象徴的な自然資本であり、NbSを体現する取り組みとして、前身の大日本麦酒時代から80年以上にわたって保有する総面積2165ヘクタールの森林、「アサヒの森」についての紹介がなされた。

広島県庄原市と三次市に点在する「アサヒの森」は同社が1941年、ビール瓶の王冠の裏地として使用していた輸入のコルク不足に備え、ブナ科の落葉高木であるアベマキの樹皮を代用品として確保するために購入したのが始まり。以来、自然林を残しながらヒノキやスギを植林し、2001年にはFSC認証を取得するなど、持続可能な森林経営を行ってきた。その結果、森林のCO2吸収量を増加させ、「生態系を活用して気候変動の緩和に寄与し、それがまた生物多様性の保全に寄与するというサイクルを回してきた」という。

そこで「80年保有してきた森林の価値ってなんだろうといった時に、それを分かるように世の中に伝えることが大切」という考えから、アサヒの森の「自然資本としての価値」を外部の専門家によって定量化した結果、CO2吸収量が工場排出の6.2%に当たる1万2200トンなどの数値が弾き出された。さらにアサヒの森での水の涵養能力を高めて国内のビール工場での水の使用量をオフセットする「ウォーターニュートラル」の取り組みも進める。

実際に起こっている森林破壊をどう止めるか

一方、2040年カーボンゼロ、2050年カーボンネガティブを掲げる花王は、生物多様性の保全に向けては河川における魚の環境RNA(リボ核酸)を指標とした生態調査を行うなど多様なアプローチを進める。その中で最も注力しているのが、同社がさまざまな商品の原料として使用しているパーム油のプランテーション開発などが直接的な要因とされるグローバルな森林破壊を食い止める観点からの取り組みだ。

具体的には、サプライチェーンをいちばん川上のパーム農園にまで遡り、彼らがRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)の認証が得られるような形での技術支援を昨年から10ヵ年計画で行っている。その理由について高橋正勝氏は、そのほとんどが家族経営でやっているような小規模農園であり、「どうしても収入が少なく不安定であることが森林破壊につながっている側面がある。実際問題、起こってしまっている森林破壊をどう止めるか。支援を彼らの安定収入につなげることでひいては森林破壊ゼロに向けての動きにしたい」と強調した。

さらに花王はパーム油を切り口に、本業である界面活性剤の開発における課題解決にも取り組む。現在、使用している原料はパームの実の中でも希少部分であることから、ここを技術的にクリアし、これまで使い道のなかった部分を原料とすることで、資源の枯渇に備えるだけでなく、洗浄力も高い商品を既に販売中だという。

「脱炭素+生物多様性+循環型経済」が世界の潮流

次にセッションは、デロイト トーマツコンサルティングの丹羽弘善氏が登壇し、COP26の成果を踏まえた気候変動と生物多様性を取り巻く世界のトレンドについて改めて解説した。それによると、昨今は世界的に脱炭素と生物多様性、それに循環型経済(サーキュラーエコノミー)を加えた3つのアジェンダを統合する流れのもとに、サプライチェーン全体のCO2排出量を削減し、資源を大事に使う、生物多様性を含めて自然資本を大切にするというルールメイキングの動きが顕著に見られるという。

今後は、TNFD(自然関連財務開示タスクフォース)と、SBTs for Nature(自然に関する科学に基づく目標設定)という2つのフレームワークに沿った目標やKPI設定が求められる。TNFDはTCFDの自然資本版と言えるものだが、自然が組織の財務実績にどのような影響を与えるかというアウトサイドインの視点に加え、組織が否定的あるいは肯定的にどのような影響を自然に与えるかというインサイドインの視点に立った開示が推奨され、企業が自然環境や生態系に与えるインパクトが、企業価値を大きく左右する可能性もある。

欧州のルールメイキングに対抗する日本企業の強みとは

カーボンニュートラルと生物多様性、サーキュラーエコノミーを巡るルール化は国連の組織をはじめとする国際NGOにとどまらず、欧州では企業がグループや単体で掲げる例も多い。イギリスでは数社が集まって、さらにはユニリーバやバーバリーが単体でネイチャーポジティブを宣言しており、そうした傾向について丹羽氏は、投資家の目線を意識すると同時に、消費者のエシカルな感度が上がっている中でより高い目標を打ち出すことによって差別化を図っているのではないかとする見方を披露した。

その見方について、ファシリテーターを務めた生物多様性経営の専門家でもある足立直樹氏は、「丹羽さんは少しオブラートに包まれたのだと思うが、私は競争戦略じゃないかと見ている」と補足を加えた。「きちんとした原材料を使ってビジネスをしていくことはもちろん非常に望ましいことだ。だが、そこにどんどん手をつけ、他がついていけないようになったところでルール化するという怖い企業戦略を感じる」。実際に2030年までに森林破壊をなくすという目標に向け、欧州のいくつかの国や地域では森林破壊を伴ってつくられた原材料を企業が使用することを禁止する厳しいルールが施行されようとしているのを受けての意見だ。

これに対し、丹羽氏は「おっしゃる通り、そういうルールメイキングは欧州が上手い。じゃあ日本企業はどうすべきかというところで、例えば生物多様性の定義はそもそもなんだろう、どのくらいの水準を守ればネイチャーポジティブだと言えるのかといった細かなルールづくりの部分で日本企業の強みが打ち出せるのではないか」と指摘。

さらに日本は山や川が多く、海洋資源も豊富であることから、「脱炭素において再エネのコストが高く、CO2をなかなか減らせないという課題に直面し、競争力が下がっている中で、生物多様性においては日本の企業が活性化されるチャンス。グリーンではなく、ブルーエコノミーという観点でうまくやっていけないか」と展望を語った。

カーボンニュートラルの次はネイチャーポジティブ

生物多様性のリスク評価について、アサヒの近藤氏は「まだまだスタート地点にある」とした上で、2020年の調査では、大麦やホップの生産地である欧州の河川流域でリスクが高いといった結果が出ていることなどを報告。「それをどうやってフィードバックしていくか。社会と事業の持続性を考えた時、花王さんのように自らの大事な原料に対して自分達自身がそこに取り組んでいくことも大きな課題だ」と述べた。

今後はTNFDを事業に落とし込み、自然や生物多様性へのインパクトを可視化することによって対応策を講じる方針で、「有効なフレームワークを通じて組織に取り組みを根付かせ、拡大していく」考えだ。

また生物多様性×気候変動の取り組みを今後、どのように進めるかに関して、花王の高橋氏は「サプライチェーンの川上だけでなく、消費者も巻き込んで、この製品は気候変動にも、生物多様性にも配慮していますよということを伝えるような流れをつくっていきたい」と抱負。さらに自身が界面活性剤の研究に約30年打ち込んできた経験から、パームのこれまで使われなかった部分を原料にした活性剤を「おそらく50年に一回出るか出ないかの商品だと自信を持って言える」とした上で、「技術的にはパーム以外の油からも活性剤をつくれるポテンシャルもある。そういうところを一歩ずつ進め、胸を張って森林破壊ゼロに貢献できているということをデータとともに示していきたい」と語った。

最後に足立氏は、「ネイチャーポジティブは間違いなくカーボンニュートラルに次ぐ世界の目標になる。そこに向けて、いい意味での競争が始まるなかで、日本企業として生物多様性に関する資源や技術力を生かして乗り越えていってほしい」と総括し、セッションを終えた。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。