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サステナビリティインパクト可視化の最前線 資本主義の構造を変える「インパクト加重会計」とは

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西村氏、山﨑氏、五十嵐氏

非財務情報の可視化がサステナビリティやESG投資への取り組みの観点からも企業に求められている。サステナブル・ブランド国際会議2022横浜では、「企業価値向上に向けたサステナビリティインパクト可視化の最新潮流」として、ハーバード・ビジネス・スクールなどが開発した「インパクト加重会計(Impact Weighted Accounts、IWA)」が紹介され、専門家や企業が議論を展開した。(松島香織)

ファシリテーター:
山﨑英幸・PwCサステナビリティ合同会社 PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス ディレクター
パネリスト:
五十嵐剛志・Big Society Capital Finance Finance Manager
西村泰介・第一生命ホールディングス 経営企画ユニット 経営企画ユニット長

サステナビリティインパクトの可視化は、経営者や投資家の意思決定、企業価値の発信などに役立つ。だが、現行の会計基準では「従業員」「顧客」「環境」に対するインパクトを可視化することは難しい。多くの財務諸表では、従業員は人件費として計上され、経営状況によっては賃金の値下げや労働時間を無用に増やすような構造を生み出している。また顧客に関するインパクトは売上高以外で計上することは基本的になく、企業活動が環境に与えるネガティブなインパクトについて特別な取り扱いをすることもない。

ハーバード・ビジネス・スクール インパクト加重会計イニシアティブのリサーチフェローを務めた英ビッグ・ソサエティ・キャピタル(Big Society Capital)の五十嵐剛志氏は、「現行の会計基準を続けていくことで、環境破壊や富の格差の拡大、さらには従業員に過度な負担やプレッシャーをかけることによってストレスやうつを引き起こしているのではないか」と問題提起した。そして、財務資本や物的資本だけではなく人的資本、社会的資本、自然資本に与えるインパクトを可視化し、経営者や投資家が十分な情報を得た上で意思決定を行えるような新しい会計基準が必要だと語る。

インパクト加重会計は、「すべての人と地球のために機能する、より包括的で持続可能な資本主義を構築する必要がある」という考えから誕生した。その定義について、五十嵐氏は「損益計算書や貸借対照表などの財務諸表に記載される項目で、従業員、顧客、環境、より広い社会に対する企業の正と負のインパクトを反映させることにより、財務の健全性と業績を補足するために追加されるもの」と説明した。

具体的には、現行の会計基準上の収益・費用に、組織運営が環境に与える「環境インパクト」、顧客による製品の使用・処分に伴う社会や環境に与える「製品インパクト」、従業員や地域コミュニティに対する「雇用インパクト」を加減算することで、最終的なインパクト「インパクト加重利益」を計算する。

インパクト加重会計では、インパクトを貨幣価値に換算するため、①直感的に理解が可能 ②比較および集計が可能 ③既存の評価ツールの使用が可能という3つの特徴がある。また、インパクト加重会計の計算は、GRIやSASBなど既存の非財務情報開示データに基づいて行われる。

インパクト加重会計の活用方法については、経営者や投資家の意思決定に役立つほか、企業報告という点からも効果的に重要なステークホルダーとのコミュニケーションが行え、さらに成長機会を特定するなどの戦略立案、従業員の動機づけなどのマネジメント・モニタリングに活用できる。投資家ではブラックロックやカルバート、企業ではスペインのアクシオナ、日本のエーザイ、韓国のSKグループなどがインパクト加重会計を導入しているという。

インパクト加重会計の導入を検討し、インパクト加重会計イニシアティブの研究に参画している第一生命ホールディングスは「Protect and improve the well-being of all (すべての人々の幸せを守り、高める)」をビジョンに掲げ、サステナビリティへの取り組みを中期経営計画の中核に据える。グループの価値創造を進めていく上でも非財務価値の可視化は重要だと、同社の西村泰介氏は説明する。

第一生命ホールディングスがインパクト加重会計に取り組むきっかけについて、西村氏は「非財務価値の可視化にどう取り組むかというのは難しいこと。しかし、完璧さから入るのではなく、シンプルさの追求とスモールスタートの重要性を掲げるインパクト加重会計の初期設計原則に共感したからだ」と語った。

インパクト加重会計において保険関連のフレームワークは前例がないという。しかし、第一生命グループは自社製品の社会価値を明確にするためにも、フレームワーク構築に参画している。西村氏は「製品、環境、雇用に関するインパクトを数字で示して、エンゲージメントやポートフォリオで活用したい。そして、第一生命グループの存在意義を可視化していきたい」と期待を示す。

後半のディスカッションでは、今後について、国際会計基準(IFRS)の策定を担い2021年11月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を設立したIFRS財団が、インパクト加重会計をサステナビリティ基準に採用することで国際的な制度化につながる可能性があると、五十嵐氏は個人的見解を示した。また国内では、岸田文雄首相が進める「新しい資本主義実現会議」での提言、経済産業省や金融庁で内部勉強会が開催されるなど、政府関係者などの認知度が高まっているという。そうした機運の中でビジネスリーダーにインパクト加重会計を知ってもらい、実際に活用してもらうことが重要になる。

五十嵐氏は「2023年のG7で日本が優良事例を示し、2025年の大阪サミットで世界に先駆けてインパクト加重会計の義務化を公表できれば、この分野において日本がリードできる。ぜひ企業のみなさんにもご協力いただき、日本がリードしていくのだというくらいの気概でやっていただきたい」と呼びかけた。

松島 香織 (まつしま・かおり)

サステナブルブランド・ジャパン デスク 記者、編集担当。
アパレルメーカー(販売企画)、建設コンサルタント(河川事業)、
自動車メーカー(CSR部署)、精密機器メーカー(IR/広報部署)等を経て、現職。