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築30年のビルを再生 吉野杉を活用し、人と環境に配慮したリニューアル技術を適用

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樹齢130年の吉野杉の丸太を使った柱の列が、8階建のオフィスビルを貫くように支え、柱と柱の間には緑の植栽が隙間なく顔をのぞかせる。ゼネコンの淺沼組(大阪市)が独自の環境配慮型技術を生かした、建物の再生事業の一環として築30年の同社名古屋支店のビルを改修した姿だ。「GOOD CYCLE BUILDING(グッドサイクルビル)」と呼ばれるビルは、地球環境と心身の健康に配慮した空間デザインが特徴。吉野杉の柱は歳月を経て乾燥した後には取り外して家具などに転用できる設計になっているほか、本来は捨てられる建設残土をふんだんに有効活用し、それを社員自ら土壁として施工し、建物が寿命を迎える時には「土に還る」設計が行われている。このほど開かれた内覧会での説明をもとに、都市の真ん中にありながら木や土や緑に包まれた、同ビルならではの循環の流れを紹介する。(廣末智子)

同社は今年4月にスタートした新たな中期3カ年計画の中で、これまでのリニューアル事業への取り組みを一歩進め、新たな挑戦と位置付けた、環境配慮型の事業ブランド「ReQuality」を立ち上げた。改築された名古屋支店は、その概要を発信する象徴的な建物である「GOOD CYCLE BUILDING」の第一弾であり、建築家の川島範久氏をデザインパートナーとして設計・施工された。

捨てられていた「建築残土」も活用、社員らがワークショップで土壁に

ビルは鉄骨造の地下1階地上8階建て。改築は1階エントランスの一部の壁などを除去し、新たに吹き抜け空間をつくって、1階から2階へと上がる階段室を増築したほかは、ほとんどが既存の“躯体”を活用。「自然の光と風へのアクセシビリティを高める空間の改変」として、改築前はガラス面だったファサード(建物正面部のデザインをいう)部分を2.5メートル後退させ、吉野杉の列柱と植栽によるベランダ空間を創出するとともに、窓の開閉形式の変更などを通して光や風が通りやすい工夫を全面に施した。

さらに特徴的なのは、これまでその価値を認められず、捨てられることの多かった残土を資源として見直すなど、マテリアル(素材)に対する循環の視点を突き詰めているところだ。淺沼組が近隣で手がける現場から出た建設残土12トンをアップサイクル。最終的には土に還るよう、樹脂などの不純物は一切加えず、土だけでつくった「還土ブロック」を同社の技術研究所が開発し、随所に使用しているほか(特許出願中)、残土を土壁や、床や天井、家具などさまざまな用途に活用している。

この残土を用いた工程においては、いろいろなものが混ざっている残土をふるいにかけるところから仕上げに至るまでのあらゆる段階で、社員や関係者らによるワークショップ形式で行われ、延べ120人が参加した。これらの人たちは建築に直接関わる業務に就いているわけではないが、1階エントランスは各人が指を使って撫でるように、また7階の大会議室では土を投げつける方式で、それぞれに表情の違う土壁に仕上げた。

建築家の川島氏によると、それには「人の動きも自然のひとつであり、プロだけでなく、多くの素人が参加してこそ生み出される表現がある」こと、また改築された建物を実際に使うことになる人たちに参加してもらうことで、その人たちが建物そのものやそれを構成するエレメント(要素)がどのようにつくられていくのかを理解するとともに建物に対する愛着が深まり、将来自分たちでメンテナンスを行えるようにもなることが効果として挙げられるという。

「長く、大事に、楽しくつかう」ことを意識し、サーキュラーエコノミーモデル(循環型経済)の実現を目指す

「材料貯蔵庫」としての建築 樹齢130年、吉野杉の柱は「取り外し可能」

メインの自然素材は淺沼組とは古くから縁のある奈良県の吉野杉を使用。外観で存在感を放つ6本の柱は、樹齢130年の木を階層ごとの高さに切って丸太にし、つなぎ合わせる形でつくられていて、よく見ると上に行くほど丸太の径が細くなっているのが分かるという。そこには廃材を少なくするとともに「あたかも自然の杉が立っているかのように」印象付ける狙いがある。さらに森林の循環を促進する目的から、通常は使用前に年月を置いて乾燥させる工程を省き、伐採から時間を置かず未乾燥の木材を取り外し可能な状態で取り付ける方式を採用した。この状態で徐々に乾燥させていき、ある程度の年数を経た後には取り外し、新たに家具などに再生する方針だ。

これについて川島氏は、「建物の中で木材を貯蔵・乾燥させ、活用していく、建築がマテリアルフロー(素材の流れ)の一時的な滞在地点となる試み」であり、「材料貯蔵庫としての建築」という考えに基づくものだと説明。伐採した吉野杉は枝打ちをした枝や葉を石膏で固めて家具にするなど余すところなく使っているが、それでも出てしまう端材については森林の香りを楽しんでもらう「ヨシノチップス」という製品にし、クラウドファンディングを通じて販売する取り組みも行っており、その収益は全額、持続可能な林業を支援するために寄付することで森林の新たな循環にもつなげている。

ヨシノチップス

植栽約130種 ビルをひとつの里山に見立て、生態系をつくる

また、既存の建物に使われていた石を砕いて応接セットにするなど、人工素材についてもアップサイクルを徹底。いずれは土に還すように用いる自然素材と、廃プラスチックなどの人口素材とは切り離す形で使い続けていくことで、「まさに循環の中に建築を位置付ける」ことを具現化したという。さらに「ビルを一つの里山に見立て、ビルの中で自然の生態系をつくり出す」ことにも重点を置き、ベランダ部分や屋上庭園などを中心に約130種の植栽を施した。

廃プラスチック(左)と廃材(右)を利用した家具

CO2排出量を大幅削減し、WELL認証の取得を目指す

今回の製造・建設時のCO2排出量は、新築として建て直した場合に比べ約85%の削減に、またリニューアルした建物の運用時のCO2排出量は旧支店時と比べて50%以上の削減を実現。これにより大幅な省エネ・創エネによりエネルギーの自給自足を目指す建物に与えられる「ZEB Ready(ゼブレディ)」の基準を達成しており、将来的には再生可能エネルギーを導入する方向で考えている。また自然光に溢れ、換気にも優れた空間や、社員の運動につながるようビジュアルなどを通じて「昇りたくなる階段」を演出した設計が認められ、建物利用者の健康と快適性の観点からビルやオフィスなどの空間を評価する「WELL認証」を取得する予定だ。

内覧会で同社の浅沼誠社長は「われわれの起源である宮大工は物を大切にする精神を持ち、1000年続く建築を目指して建物をつくってきた。特に環境負荷の大きい建設業界において、サステナビリティの視点はますます重要になっており、これまでのスクラップアンドビルドだけではなく、今あるものを生かすリニューアル事業は、持続可能な社会の実現に資する取り組みだと考えている。多岐にわたる新しい視点から、淺沼組の独自の技術や知見の詰まったビルを通して、形になった私たちの思いを感じていただきたい」と語った。

同社によると、名古屋支店と同じような築30年程度の中規模ビルのストックは現在、都市を中心に多くあり、今後はそうしたビルをはじめ、病院や学校などの公共施設にも今回のような環境配慮型リニューアルを展開していく考えという。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。