
「目の前にけがをしたお年寄りがいるのに、何もできない自分がいた」。お寺に生まれ、幼い頃から地域の高齢者と関わってきた、OTERA代表取締役の武田啓(ひろ)氏はそう語る。その経験が原点となり、高齢者と家族の孤独や孤立を解消する在宅生活支援サービス「マモルバ」が生まれた。2026年3月、30歳以下の社会起業家を支援するスタートアップピッチ「i-SIP※ FINAL PITCH」で最優秀賞を受賞。地域の課題をビジネスの力で解決しようとする若き起業家に話を聞いた。
「終活」から在宅支援へ
── 武田さんはお寺のご出身だそうですね。その原体験について聞かせてください。
山口県のお寺で生まれ育ちました。19歳の時に宗派の僧侶資格を取得し、法事や葬儀にも関わるようになりました。その中で、地域の高齢者の現実を目の当たりにする機会が何度もあったんです。買い物に出かけて転倒し、頭に包帯を巻いたおじいさんがいましたし、うちの寺にお墓があるにもかかわらず孤独死されて、今もお骨が市役所に安置されたままになっている方もいます。葬儀の時にお経を読むだけでは、本質的な意味で助けにはなれない。ずっとそう感じていました。
── お寺との関わりが、今の事業につながったわけですね。
はい。2024年7月にOTERAを設立した当初は、お寺での終活支援事業を主軸に考えていました。ただ、実際に走り出してみると、お寺をビジネスの舞台として動かすことの難しさを痛感しました。それ以上に大きかったのは、終活というテーマで入ると、どうしても課題の解決が遅すぎるという感覚があったことです。孤独死や終活の問題に取り組んでいる方々の思いは同じだと思うんですが、もっと手前の段階、つまり、まだ在宅で生活している時に困っている方にフォーカスすべきだと気付きました。当事者へのインタビューを重ねる中でその確信が強まり、2025年5月、神奈川県逗子市でマモルバの提供を始めました。
高齢者にスマホは使いこなせるの?
── マモルバはどのようなサービスですか。
一言でいえば、地域の中で「ちょっと困っている人」と「ちょっと手伝える人」をつなぐマッチングサービスです。一人暮らしの高齢者やその家族が依頼を出し、地域のサポーターが掃除や買い物の付き添い、料理、外出支援などを行います。料金は30分900円から。介護保険外のサービスとしては、他社の約半額という水準に抑えています。

サービスの特徴は2つあります。一つは、スマートフォンにアプリを入れるだけで安否確認ができる、無料の見守り機能を組み合わせていること。チャットを使い、遠隔で情報共有や依頼が可能です。もう一つは、月額1100円の「専任担当オプション」で、毎回同じサポーターに来てもらえること。「頼れるご近所さんができる」という感覚を提供したいと思っています。
── 見守りアプリは、高齢者でも使いこなせるのでしょうか。
ここはよく聞かれる点です。このアプリのポイントは、「アプリを立ち上げる必要がない」ことにあります。スマートフォンの画面を開いた時間を自動で記録する仕組みなので、高齢者の方が意識して操作しなくても、家族側は安否確認ができます。一定時間、スマートフォンが使用されていない場合にはアラートが届く設計です。スマートフォンの普及率は高齢者においても年々上がっており、デバイスさえ持っていれば利用できるため、生活保護を受けている方など、既存のアプローチでは対応が難しかった層にも届けられると考えています。
家族の不安解消と地域貢献の両立
── サービスの対象を、高齢者本人だけでなく、その子ども世代にも向けているのはなぜですか。
孤独・孤立対策の最大の難しさは、当事者が「困っている」と自覚できないことにあると思っています。特に認知症の方や、長い年月の中で我慢することに慣れてしまった世代は、なかなかSOSを発せられない。だからこそ、周りにいる家族、例えば50代のビジネスケアラーと呼ばれる層が「何かあった時に頼れる存在がいる」と感じられることが重要だと考えています。調査でも、認知症の家族介護者が最も感じる負担は身体的・経済的なものではなく「漠然とした不安」だというデータがあります。私たちが最も大切にしているのは「つながり」で、そこから心理的安全性を提供できると考えています。
── サポーターはどのような方が担っているのですか。
現在、神奈川県の逗子・葉山・鎌倉・横須賀・横浜の一部に合わせて160〜170人ほど登録しています。7割が女性で、ボリュームゾーンは50代の主婦層です。子育てが一段落して、地域で何か役に立ちたいと思っている方が多い印象です。それぞれの得意なことを登録してもらっているので、料理が得意な人、工具作業ができる人など、依頼内容に合わせてマッチングしています。利用者はサポーターを自分で選ぶこともできます。
「地域貢献のハードルを下げる」というのが、設計上のもう一つの大きなテーマです。ボランティアや民生委員は素晴らしい活動ですが、いきなりそれを求めるとハードルが高すぎる。子どもの頃にお小遣いをもらって肩たたきをしたような、そのくらいの軽い気持ちで始められる選択肢を作りたいと思っています。
ケアマネと共存。持続可能な福祉ビジネスへ
── サービス開始から1年ほどになりますね。反響はいかがですか。
利用者の方からは、「転倒していたところをサポーターが訪問して起こしてくれた」「いつもサポーターさんが来ることを楽しみにしている」といった声をいただいています。また、地域包括支援センターの職員の方からは「他のサービスでは依頼を断られ続けた。翌日に紹介いただけるなんて心強い」という言葉もいただきました。

ケアマネジャーや介護事業者との連携も進めており、紹介による利用者の流入が約6割を占めています。介護保険では対応できない屋外の掃除や草むしり、外出の付き添いなど、保険外のニーズをカバーしているので、競合というより共存できる関係だと感じています。ケアマネジャーにとっても、介護資格がなくてもできる仕事を私たちに任せることで、業務負担が減る。互いにメリットがあるウィンウィンの関係です。
──i-SIPのピッチでは 「福祉版Uber」という表現を使われていて、大変印象的でした。なぜビジネスとして取り組む必要があると考えたのですか。
逗子で起きていることは、全国で同様に起きていることです。それをボランティアのスピード感で解決しようとしたら、他の地域で困っている人がずっと待ち続けることになる。それが許せない、というのが私の正直な気持ちです。ボランティアで立ち上がったものの、資金難で閉じてしまった取り組みをたくさん見てきました。持続可能な仕組みを作るためにも、ビジネスとして成立させることが不可欠だと思っています。
また、市場規模も非常に大きいんです。国によると、介護保険外サービスの市場は現在5兆円を超えており、2050年には18.9兆円に達するとの推計もあります。社会的インパクトとビジネスの可能性を両立できる領域だと確信しています。
── 最後に今後のプランを教えてください。
まず、鎌倉・横須賀での展開を深めながら、神奈川県内でのエリア拡大を進めます。並行して、見守りアプリの機能を生かして、葬儀社や介護施設向けのモデルも展開していく予定です。
中長期的には、マモルバが単なる生活支援にとどまらず、地域に貢献したい人を発掘・可視化し、防災や子育て支援、自治会のDXなど、多様な地域課題に応えられる「地域基盤サービス」へと成長させていきたいと考えています。
目指しているのは、かつての「お寺」のような存在です。地域課題が山積する現代社会において、地域の困りごとを何でも解決し、「マモルバに聞けばどうにかなる」と思ってもらえる、暮らしのよりどころになること。OTERAという社名に込めた思いでもあります。地域になくてはならない存在になっていきたいと思っています。
※i-SIP(アイシップ):東京都「多様な主体によるスタートアップ支援展開事業」に採択され、ボーダレス・ジャパンが運営する支援プログラム。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。












