
世界経済フォーラム(WEF)は2026年1月14日、「グローバルリスク報告書2026年版」を発表した。パンデミック後の社会課題や地球環境リスクが上位を占めていたランキングが一変し、短期的リスクとして「地経学上の対立(Geoeconomic confrontation、国家が経済的手段を用いて他国と争う状況)」が首位に立った。ウクライナや中東などで続いた武力紛争が、経済制裁やサプライチェーンの武器化といった「経済戦争」の局面に移行・拡大している現状を色濃く反映している。
経済的手法が国家間の争いの主戦場

最新の報告書は、世界が「新たな競争の時代(New age of competition)」に突入したと宣言した。最大の特徴は、2025年版まで上位に位置していた環境リスクの順位が相対的に低下し、「地経学上の対立」が今後2年間の最大リスクとして首位(前年比8ランク上昇)に立ったことだ。
さらに、武力紛争から経済不安への移行も今回の特徴と言える。関税・投資規制・重要物資の輸出管理といった経済的手段が、国家間の争いの主戦場になった中、実際に、「国家間武力紛争」は即時リスクで2位、短期的リスク(2年間の見通し)では5位に後退した。代わって、「景気後退」は前年から8ランク上昇して11位、「インフレ」も同様に上昇し21位となった。地政学的な緊張がエネルギーや食料価格の変動を招き、それが国内経済の不安定化につながるという負の連鎖が、リスク認識を押し上げている。
この数年のグローバルリスクの変遷を振り返ると、世界が現在の「競争の時代」に至った文脈が見えてくる。
| 2022年:パンデミックと気候危機 コロナ禍からの不均等な回復が影を落とす中、「異常気象」や「気候変動対策の失敗」がトップを占めた。同時に「社会的結束の低下」が懸念され、環境と社会の課題が密接に絡み合っていた時期だ。 2023年:生活費の危機(Cost of Living Crisis) パンデミック後のインフレとエネルギー危機を受け、「生活費の危機」が短期リスクのトップとなった。気候変動対策の失敗が長期的な最大懸念とされながらも、目の前の生活防衛が最優先された年だった。 2024年:誤報・偽情報の脅威 AI技術の飛躍的進化と世界的な選挙イヤーが重なり、「誤報と偽情報」が短期リスクのトップに。テクノロジーが社会の分断を加速させるリスクが顕在化した年だった。 2025年:武力紛争の再燃 地政学的な緊張が限界に達し、「国家間武力紛争」が喫緊のリスクとして認識された。国際協調の枠組みが機能不全に陥り、世界がブロック化していく兆候が色濃くなった。 |
そして2026年、これらの流れが合流し、「地経学上の対立」という形で結晶化したと言える。武力紛争そのものに加え、経済制裁、貿易規制、重要物資の囲い込みといった「経済の武器化」が、企業活動にとって最大の不確実性要因となっているのだ。
重要だが優先されない環境リスク
サステナビリティに取り組む企業にとって衝撃的なのは、環境リスクの順位低下だ。 これまでランキングの上位を独占していた「異常気象」は、短期リスクで2位から4位へ、「汚染」は6位から9位へと後退した。報告書では、目の前の地政学的・経済的リスクの対応に追われ、気候変動対策への関心やリソースが奪われる可能性が示唆されている。

(image credit: World Economic Forum)
実際には、今後10年間の長期リスクを見れば、依然として「異常気象」「生物多様性の損失」「地球システムの危機的変化」がトップ3を独占している。短期的な危機の波にのまれ、長期的なサステナビリティを緩めることは、将来的な破局を招くことにもなる。
二極化する社会で、企業が果たすべき役割は
社会的なリスクも無視できない。「社会の二極化」は短期リスクの3位、「誤報と偽情報」は2位と引き続き高位にある。注目すべきは「不平等(Inequality)」だ。順位は7位だが、2年連続で「最も相互関連性の高いリスク」に挙げられた。つまり、不平等は、地経学的な対立による経済的ショックを増幅させ、社会の分断を深め、最終的にはポピュリズムや政治的不安定を引き起こす「ハブ」として機能しているという。
またテクノロジー分野では、「AI技術がもたらす悪影響」が2年間のリスクで30位と比較的低い順位にとどまった一方、10年間のリスクでは5位に急浮上しているのが特徴的だ。AIによる労働市場の破壊や安全保障への脅威は、目の前の危機というよりは、構造的な変化として捉えられていると言える。 一方で、「誤報と偽情報」は依然として短期リスクで2位につけており、社会の二極化とともに、引き続き高い警戒レベルにある。

WEFのボルゲ・ブレンデ総裁は、現在の状況を「主要国が自国の利益圏を確保しようとする中で、新たな競争秩序が形作られつつある」と表現しつつ、「協調的なアプローチと対話の力が依然として不可欠」と強調する。2026年のダボス会議のテーマも「対話の力(A Spirit of Dialogue)」だった。
緊張の高まる情勢の中で、企業はサプライチェーンの強化や地政学リスクへの備えを急ぐ必要があるが、それだけでなく、企業こそが対話と協調の触媒となることが求められている。
| 報告書全文はこちらから The Global Risks Report 2026 https://reports.weforum.org/docs/WEF_Global_Risks_Report_2026.pdf |
横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。









