
2030年10月の新アリーナ開業を目指し、ディー・エヌ・エー(DeNA)と京浜急行電鉄(京急)が川崎駅前で進める「Kawasaki Arena-City Project」。これは単なるアリーナ建設にとどまらず、テクノロジー、エンターテインメント、そして地域に根差した産業界の知見を融合させ、気候変動や循環経済といった地球規模の課題解決を街全体で目指す野心的な試みだ。
1万人超規模のアリーナにおけるルーフトップパークの整備と、街区全体での国際的環境認証の取得という2つの「世界初」にも挑む。2026年1月、味の素と三菱化工機を新たなパートナーに迎え、本格的な社会実装に向けて走り出した。
1500万人の巨大商圏の中心に開発
1月29日、Kawasaki Arena-City Projectに関する新パートナーシップ締結発表会が川崎市内で開かれた。その壇上で、DeNAの岡村信悟・代表取締役社長兼CEOは「(新アリーナは)単なる箱物ではなく、それが街ににじみ出していく。川崎を世界に発信するための『挑戦』だ」と、このプロジェクトの本質が「まちづくり」にあることを強調した。

プロジェクトの舞台となるのは、約1500万人の巨大な商圏人口を抱え、羽田空港から10分という世界屈指のアクセス性を誇る川崎駅前だ。川崎市は政令指定都市の中で平均年齢が最も若く、流入が続く成長都市でもある。このポテンシャルを背景に、JR川崎駅から京急川崎駅、そして多摩川までの一体的なエリアを「アリーナシティ」として開発。年間330万人の来場を見込む。
アリーナはBリーグ・川崎ブレイブサンダースのホームゲーム会場となる。その屋上には、1万人超規模のアリーナとしては世界初というルーフトップパークを整備。多摩川の壮大な景色を臨むことができるこの広場は、イベント開催時以外も市民に開放され、街の新しいアイコン、そして誰もが憩える「公共の場」としての役割を担う。

DeNAスポーツ・スマートシティ事業本部 川崎拠点開発室の元沢伸夫室長(DeNA川崎ブレイブサンダース取締役会長)はプロジェクトの特徴として「街と調和したアリーナシティ開発」「街を賑わせるコンテンツ開発」「持続可能な街の開発」の3点を挙げる。
特に、エンターテインメント企業ならではの強みを生かし、サステナビリティへの取り組みを「義務」から「楽しみ」へと転換させるアプローチを重視。「ハード、ソフト、そしてサステナビリティの要素を兼ね備えた、世界でも類を見ないまちづくりを目指す」と決意を語る。
「Kawasaki 2050 Model」で脱炭素や循環経済を加速

プロジェクトの要となるのが、社会実装型サステナビリティプラットフォーム「Kawasaki 2050 Model」である。2050年までの目標達成を掲げ、川崎が抱える課題を世界共通の社会課題と捉えて解決に挑む枠組みだ。「次世代都市モデルの世界的ベンチマークを目指す」として、以下の5つの重点テーマを掲げている。
- 気候変動(Climate Change): 施設だけでなくエリア全体と協調した最適運用を行い、「カーボンネガティブ・アリーナシティ」の実現を目指す。
- 自然再興(Nature Positive): 多摩川を中心に水資源と生態系を改善し、「みんなが安心して泳げる多摩川」を実現する。
- 循環経済(Circular Economy): アリーナで出た全ての廃棄物を資源循環の輪に戻し、90%以上を再資源化する。
- 個性の躍動(Human Empowerment): 個性を生かした事業開発で、新しい価値を累計100億円創出する。
- 心身の健康(Well-being): 年間100万人が参加するプログラムやコミュニティを育て、新たな生きがいを生み出す。
川崎ゆかりの味の素、三菱化工機が参画
プロジェクトのビジョンに賛同し、共に汗を流すパートナー企業として、川崎にゆかりの深い2社が手を挙げた。
味の素は1909年に「味の素」の販売を開始し、1914年に量産拠点として川崎工場を設置。今なおグループ最大規模の生産拠点とグローバルな研究開発の中枢を川崎に置く。中村茂雄・取締役代表執行役社長 最高経営責任者は発表会で、今回の参画の経緯をこう語った。

「私たちは創業以来、事業を通じて社会価値と経済価値を共創するASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)を経営の基本方針としてきた。これまでの地域貢献を一歩進め、アリーナを核としたまちづくりに参加することで、人、社会、そして地球全体のウェルビーイング向上に貢献したいという強い思いがあった」
同社はルーフトップパークのエリアネーミングライツを取得。この場を拠点に、独自の「勝ち飯」プログラムやフードロス削減を目指す「アジパンダ食堂」などの知見を導入し、来訪者や市民が「幸せを実感できるまちづくり」を食と健康の側面から支える。
1935年に川崎で創業した三菱化工機も、本プロジェクトの「社会実装」を象徴するパートナーだ。田中利一・代表取締役社長執行役員は「メーカーとして環境技術や製品を提供するだけでは不十分」と述べ、循環型エネルギーの需要を創出し、社会実装を加速させるエンジンになる決意を表明。

その言葉を裏付けるように、同社はすでに多摩川沿いの「カワサキ文化公園」において、本社工場で製造した水素を用いた電力供給の実証実験を開始している。田中氏は「ここ川崎で水素エネルギーの地産地消モデルを確立し、市民の皆さんと共に川崎発の環境対応技術ビジネスを作り出したい」と、開業前から具体的アクションを積み重ねる「早期共創」の意義を力説した。
世界初「LEED認証」へ挑戦
本プロジェクトの野心は、グローバルな評価基準への挑戦にも表れている。アリーナを核とする街区全体を対象に、国際的な環境性能認証「LEED for Communities」の取得を目指しており、これは世界初の試みとなる。また、サステナビリティに注力したアリーナ開発で世界的に知られるOak View Group(OVG)と提携。世界最先端のトレンドとナレッジを取り入れながら、まちづくり全体の環境価値を高めていく考えだ。
DeNAと二人三脚でプロジェクトを進める、京急の川俣幸宏取締役社長は「川崎はわれわれの創業の地。鉄道会社として環境配慮に優れた交通手段を提供することで、サステナビリティの向上に貢献したい」と、地域と環境への思いを語った。
テクノロジーがひらく次世代レガシー
発表会後の質疑応答では、DeNAの岡村社長の率直な発言が印象的だった。
2030年の開業に向けた課題を問われると、「5年は長いようであっという間。賛同する方々が多く集まり、『公共の磁場』をみんなで作り出すための体制作りが必要だ」と述べた。さらに、プロジェクトの先に見据える未来像について「AIなどの急速な発展に恐怖を感じる人もいるかと思うが、テクノロジーを人類の希望が持てる形で活用し、将来の世代に素晴らしい資産やレガシーをバトンタッチしていけるような循環を作ることが、われわれの務めだ」と力を込めた。
地元・川崎市の福田紀彦市長も「自然と産業が調和した世界最先端のエンターテインメントシティが川崎から発信されることは、市民にとっての誇りとなる」と期待を寄せた。
アリーナの着工は2027年、開業は2030年10月を予定している。DeNAは今後、このプロジェクトに参画するパートナー企業を最大20社程度募集していく。
また、開業前から既存施設やイベントを活用した社会実装を積み重ね、その知見をアリーナの設備や運営計画に反映させていく方針だ。川崎というフィールドで繰り広げられるこの壮大なプロジェクトは、日本の、そして世界の都市の在り方をアップデートする大きな可能性を秘めている。

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。














