• 公開日:2025.12.19
サステナブル・ブランド国際会議2025 東海
ビヨンドSDGs時代の「伝える力」――企業価値を“編集”するクリエイティブとは
  • 眞崎 裕史

11月20日に名古屋市のSTATION Aiで開催された「サステナブル・ブランド国際会議2025 東海シンポジウム」で、「ビヨンドSDGsにおけるクリエイティブの役割〜『伝える力』が未来をひらく〜」と題したパネルディスカッションが行われた。登壇したのは、数多くのコーポレートブランディングを手がけるグレートワークスの代表取締役CEO山下紘雅氏と、同社顧問で千葉商科大学客員教授の笹谷秀光氏。SDGsの達成期限である2030年が近づく中、未来へのビジョンをどのように描くべきか。本セッションでは「伝える力」にフォーカスし、日本企業が世界で輝くためのヒントを語り合った。

「戦略的着想」と「編集力」でギャップを埋める

ファシリテーターは、グレートワークスの根本清佳氏と岩田志功氏が務めた。不確実性が高く、未来の予測が難しい時代において、企業はどのように自らの価値を伝えれば良いのだろうか。山下氏が提唱するのが「戦略的着想」というアプローチだ。これは左脳的な「ロジック(論理)」と右脳的な「クリエイティブ(感性)」を行き来し、「ジャンプ」させることで新たな価値を生み出す独自の手法である。

山下紘雅氏

山下氏は述べる。「左脳的には分析や統合を行い、『こうあったらいいよね』という仮説を打ち出す。一方で右脳的には、発想や感情を大切にし、『直感的に分かる、心に響く』共感を生み出す。この『仮説』と『共感』の掛け算によってアイデアを可視化し、見えない未来を具体化していく」

多くの企業は、素晴らしい理念や活動を行っているにもかかわらず、それが社外にうまく伝わっていないという悩みを抱えている。山下氏はこの状況を「中から見える景色と、外から見える景色のギャップ」と表現。「私たちは『いい意味での素人目線』を大切にしている。外から見たらどう見えるか、初めて接する人にはどう映るか。そのギャップを、言葉やデザインの力、すなわち『編集力』を使って埋めていく。企業価値を1本のストーリーとして磨き上げることこそが、世界を動かす『伝える力』になる」と強調した。

企業の「思い」を可視化する

セッションでは、実際にグレートワークスが企画・制作を手がけ、「伝える力」によって変革を促した企業事例が紹介された。

フード業界の受発注システムで知られるBtoB企業、インフォマート。同社は第2創業期とも言えるフェーズを迎えていたが、企業の顔であるコーポレートサイトやブランドの在り方に課題を抱えていた。

グレートワークスはまず全役員へインタビューを行い、経営陣が抱く「こんな会社にしたい」という思いを徹底的に言語化することから始めた。「まずは共通のゴールをつくることが重要だった。経営に寄り添い、会社の提供価値やスタンスを整理し、それを『しごと、スマート。インフォマート』というタグラインや新たなロゴマークへと昇華させた」と山下氏。

単なるデザインの刷新にとどまらず、ブランドムービーの制作や採用サイトへの展開など、社内外への浸透を図った結果、社員一人ひとりが自社の価値を語れるような土壌が育まれていったという。山下氏は「リブランディングはあくまで出発点。そこから事業やサービスへと一貫したストーリーを展開していくことが重要だ」と力説する。

次は「スコッティ」や「クリネックス」など、家庭紙市場の大手、日本製紙クレシアの事例だ。同社は「衛生を、ずっと」というメッセージを掲げ、笹谷氏の支援のもと、自社の活動をESG(環境・社会・ガバナンス)とSDGsの観点で整理した「ESG/SDGsマトリックス」を導入していた。しかし、抽象度の高いメッセージと各部署の具体的なSDGs活動をつなぐストーリーが欠けており、ステークホルダーへの伝達に課題があった。

そこでグレートワークスは、「編集力」を用いてその間をつなぐフレームワークを構築。「生活をまもる」「社会をまもる」「地球をまもる」いう3つの視点を提示し、それぞれの活動がパーパスである「衛生環境の維持と拡大」にどう結び付いているかを整理した。山下氏は「パーパスと現場の活動を一気通貫させるビジュアルとストーリーを制作することで、社内外への納得感と共感を醸成することができた」と振り返った。

日本企業は「発信型三方良し」を目指せ

セッション後半は、2030年の先にある「ビヨンドSDGs」へ議論が広がった。笹谷氏は、国連ではすでに「ポスト2030」に向けた議論が始まっており、2027年にはその検討が本格化すると指摘。その上で、こう警鐘を鳴らした。

「日本人は飽きっぽいところがあるが、SDGsは終わったのではなく、これからが本番だ。ビヨンドSDGsの鍵となるのは『ウェルビーイング』。身体的、精神的、そして社会的に満たされた状態を目指すこの概念は、次なる世界目標の中核になるだろう」

笹谷秀光氏

この新しい潮流の中で日本企業がリーダーシップを発揮するために、笹谷氏は「三方良し」の精神をアップデートする必要性を説く。「日本には『陰徳善事』、つまりいいことをしても黙っていることが美徳とされる文化がある。しかし、今の時代にそれは通用しない。『自分良し、相手良し、そして世間良し』。この『世間』こそがSDGsであり、ビヨンドSDGsの世界。これからは黙っているのではなく、『発信型三方良し』へと転換しなければならない」

企業が自らの活動を積極的に発信し、ステークホルダーからの「いいね(共感)」、「なるほど(納得)」を獲得する。それが商品やサービスへの支持につながり、「またね(リピート)」、そして最終的には「さすが(信頼)」へとつながっていく。笹谷氏は、この共感のサイクルをつくり出すことこそが、これからの企業戦略のポイントだと指摘した。

笹谷氏の提言を受け、山下氏は次のように語りかけてセッションを締めくくった。「伝える力が、最後は世界を動かすきっかけになると信じている。企業の中に眠っている価値や思いを、編集力とクリエイティブの力で磨き上げ、1本のストーリーとして可視化する。そうして生まれた共感の輪が広がっていけば、日本のビジネスはもっと輝くはずだ」

「SDGs」から「ビヨンドSDGs」へ。時代の転換点において、クリエイティブが果たす役割はますます大きくなっている。企業価値を「編集」し、未来への意思を鮮明に描き出す「伝える力」が、持続可能な社会への扉を開く一助となるだろう。

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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