国連工業開発機関(UNIDO)はこのほど新たに、持続可能な産業の発展に貢献している企業や個人を表彰する「ワン・ワールド持続可能性賞」を立ち上げた。11月にサウジアラビア・リヤドで開催された第21回UNIDO総会で、第1回受賞者が発表された。「持続可能なサプライチェーン賞」には、インドとウガンダの有機農産物を世界的に展開するネイチャー・バイオ・フーズが選ばれた。「産業分野における女性賞」は、ケニアで低温物流を可能にする小型冷蔵庫を展開するドロップ・アクセスのCEOが受賞。「革新的なスタートアップ賞」は、サブサハラ地域で太陽光発電による農村の電化を進めるウィーライト・アフリカに与えられた。さらに「生涯功労賞」として、元世界保健機関(WHO)事務局長のグロ・ハーレム・ブルントラント氏も表彰された。

UNIDOは、貧困と飢餓のない世界を目指し、主に開発途上国で持続可能な産業の発展を支援している国連の専門機関だ。経済発展と環境保護の両立を目指しており、日本を含む173カ国が加盟している。
事務局長のゲルト・ミュラー氏は「ワン・ワールド持続可能性賞」のウェブサイトで次のように述べている。「持続可能な産業の発展には、民間セクターの取り組みが欠かせません。ワン・ワールド持続可能性賞では、特に優れた取り組み事例を称え、収益性とサステナビリティは両輪であり得るということを示していきます」
同賞は、「持続可能なサプライチェーン賞」「産業分野における女性賞」「革新的なスタートアップ賞」「生涯功労賞」という4つの賞で構成されている。以下では、記念すべき第1回の受賞者を紹介する。
持続可能なサプライチェーン賞(Sustainable Supply Chains Award)
インド ネイチャー・バイオ・フーズ(Nature Bio Foods)

インドの穀類販売大手LTフーズの子会社である、ネイチャー・バイオ・フーズ(NBF)。有機バスマティ米をはじめとした、さまざまなオーガニック食品を扱う。売り上げの9割以上が輸出によるもので、欧米を中心に消費者の健康・オーガニック志向の高まりを支えている。実際、EUにおけるオーガニック輸入米の38%を、同社の製品が占めているという。
NBFのビジネスモデルは「畑から食卓へ(Farm to Fork)」。農業生産、加工、包装、販売まで一貫して管理することで、高い品質と持続可能なサプライチェーンを実現している。
特に力を入れているのが、農家との関係構築だ。元々インド国内の農家と密接な関係を持っていた同社だが、2023年にはアフリカのオーガニック食品企業を傘下に入れ、ウガンダの小規模農家との関係を築いてきた。最新のサステナビリティ報告書によれば、現在、インドとアフリカを合わせて9万6000世帯以上の農家と取引があるという。NBFは、それらの農家を単なる原料の供給元とは捉えていない。パートナーとして、技術的な支援、経済的な支援、インフラの提供、教育支援などを実施している。
NBFは、オーガニックやフェアトレード関連の認証も数多く取得している。USDAオーガニック認証、国際フェアトレード認証、日本のJAS認証も受けている。さらに、従来の有機農法にとどまらず、2021年からは再生型農法にも取り組んでおり、リジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)も取得している。こうした認証を取得するためにも、農家に対する技術的、経済的支援は欠かせない。しかし認証を取得できれば、国際的な信用が高まり、農家が安定した収入を得ることにつながると、同社は考えている。
インドの有機農業が、世界の食品市場で信用と地位を確立し、そのノウハウは今やアフリカへと伝播しているのだ。
産業分野における女性賞(Women in Industry Award)
ケニア ドロップ・アクセス(Drop Access Limited)CEO
ノラ・マゲロ氏(Norah Magero)

アフリカの農村部や遠隔地では、電力の不安定さや低温物流の不備が、ワクチンや医薬品の流通を阻んできた。この問題を、太陽光発電を利用した小型冷蔵庫で解決しようとしているのが、ケニアの社会企業ドロップ・アクセスだ。
創業者でCEOのノラ・マゲロ氏は、自らが農村での子育てを経験している母親だ。子どもにワクチンを接種させたくても、十分な冷蔵設備がないためにワクチンが入手できないことがあったという。こうした経験をもとに、機械系エンジニアでもあるマゲロ氏は、バイクや自転車、ロバなどに載せて運べる冷蔵庫を仲間とともに開発した。
ヴァクシボックスと名付けられたこの冷蔵庫は、太陽光で動く。内部の温度と冷蔵庫の位置情報をモニタリングすることも可能だ。開発に際しては、医療関係者との議論を重ね、現場の課題に即した形に改良したという。
これにより、遠隔地にも迅速にワクチンや医薬品が運べるようになった。各地の診療所に運ぶだけでない。例えばマサイ族の文化では、病院に行くことが好ましく思われないそうだが、医師や看護師自身がワクチンを運んで現地に行くことで、接種が可能になる。これまでに同社の製品によって輸送・保管された医薬品は100万点以上に上るという。
この技術の活用範囲は医薬品にとどまらない。ドロップ・アクセスは、農産物・食品用の小型冷蔵庫や、太陽光で動くかんがい用ポンプも販売している。これらにより、収穫後の農作物の廃棄削減、食品流通の改善、電力が届いていない地域や不安定な地域への再生可能エネルギー供給など、幅広い課題にアプローチしている。
「アフリカ人による、アフリカ人のための課題解決」を掲げるドロップ・アクセスは、今後コートジボワールやタンザニアなど、ケニア国外にも事業を拡大していく予定だという。
革新的なスタートアップ賞(Innovative Start-ups Award)
マダガスカル ウィーライト・アフリカ(WeLight Africa)

ウィーライト・アフリカは、サブサハラ地域の農村で太陽光ミニグリッドを設置・運営する企業。ミニグリッドとは、比較的狭い範囲に電力を供給する小規模な発電網だ。
同社は、2018年にアクシアン(AXIAN)、サジェムコム(Sagemcom)、ノルファンド(Norfund)の3社が出資して設立した。アクシアンは、アフリカ各地でエネルギー、通信、金融、不動産といったインフラやサービスを展開する企業グループ。サジェムコムは、フランスに本社を置く企業グループで、インターネットやエネルギー関連の端末を供給している。ノルファンドは、開発途上国を対象としたノルウェーの国有投資ファンドだ。
ウィーライト・アフリカの創業の地マダガスカルでは、2018年時点で全人口の7割が電力を利用できていなかったという。同社は設立から3年間で約9000世帯に電力を供給した。2021年にはマリにも事業を拡大し、現在マダガスカルに172拠点、マリに14拠点を構える。これまでに計4万近くの世帯、6000以上の事業所、1050の公共施設などを電化したという。
同社のミニグリッドは村落ごとに設置されており、1拠点で300~400世帯・事業所の電力を賄うことができる。地域社会全体の生活の質を向上するとともに、教育、医療、経済を底上げする効果が確認されている。このように、太陽光発電によるサブサハラ地域の電化は、さまざまな面からSDGsの達成に貢献する取り組みだと言える。
ウィーライト・アフリカは、世界銀行グループとアフリカ開発銀行のイニシアチブ「ミッション300」の主要パートナーに指定されている。このイニシアチブは、2030年までにサブサハラ地域の3億人に電力を供給することを目指すものだ。同社はマダガスカルとマリの他に、すでにナイジェリアとコンゴにも事業所を開設しており、事業拡大の準備を進めている。
生涯功労賞(Lifetime Achievement Award)
ノルウェー グロ・ハーレム・ブルントラント氏
ノルウェー初の女性首相であり、WHO元事務局長のブルントラント氏。元々医師だった同氏は、環境大臣を経て1981年に初めて首相に就任。以来3期10年以上にわたって首相を務め、その間にノルウェーでは女性政治家の登用が大幅に進んだ。同国では「国の母」として親しまれている。
1983年からは国連の「環境と開発に関する世界委員会」(通称ブルントラント委員会)の議長を務めた。同委員会は、1987年の報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」で、「持続可能な開発」の概念を提示した。このことから、ブルントラント氏はサステナビリティという概念の生みの親とも言われている。
1998年にはWHO事務局長に就任し、たばこ規制、医薬品の普及、ポリオ根絶、貧困と疾病の関連に対する理解促進などに貢献した。2002年のSARS対応や、その後の国際保健規則の整備にも重要な役割を果たした。
2003年にWHO事務局長を退任した後も、国連事務総長気候変動特使を3年間務めるなど、精力的な活動を続けてきた。86歳となった現在も、各国の首脳経験者などによるNGOジ・エルダーズ(The Elders)の創設メンバーとして、ジェンダー平等、持続可能な開発、感染症に強い保健システムの構築などを訴え続けている。
| 【参考ウェブサイト】 UNIDO「ワン・ワールド持続可能性賞」 https://www.unido.org/oneworld-sustainability-awards |
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。









