
高速に進む人口減少と地域の過疎化、あらゆる産業の担い手不足、気候変動による異常気象と頻発する災害、経済の低迷と広がる格差——。そんな、“社会の土台”が揺らぐ今、人と人、地域と企業がつながり、モノや場所、スキルなどを共有し循環させる「シェアリングエコノミー」を形成する動きが加速している。
都市と地方での2拠点居住、環境と経済を両立させる商品やサービスの資源循環モデル、人口減少下での地域交通の再設計など、その核となる実践は、さまざまな分野で拡大中だ。
このほど「令和のインフラを再定義する〜シェアが社会を支える“あたりまえ”になる未来」をテーマに開かれた、シェアリングエコノミー協会主催のカンファレンス「SHARE SUMMIT 2025」の様子から、シェアリングエコノミーの現在地と未来像を探る。
石破前首相が語るシェアリングエコノミーの必要性とは

「私が学生だった頃は、とにかく車の助手席に彼女を乗せたかった。昭和40年代50年代は、車を持つ、所有するというのが一つのステータスであり、目標だった。それが時代も変わって価値観も変わった」
そう、昭和から平成、令和へと時代が移りゆくとともに感じる変化を実感を交えて語ったのは、「来賓あいさつ」に登壇した石破茂前首相だ。
さらに石破氏は、「間違いなく日本はこの20年で、相対的に貧しくなった」と続け、「日本の経済が停滞した大きな理由の一つ」を、「企業がお金を借りなくなった」と説明。「2010年代に企業の売り上げは7%伸び、株主に対する配当や経営者の報酬は2倍になった。労働者の収入は3%しか伸びなかった。消費者が豊かではなくなった事実は間違いなくある。と同時に地方が疲弊していった」と振り返った。
その上で、「もう一度地方の活力を取り戻さないといけないが、昔みたいに公共事業や企業誘致で雇用と所得をつくるわけにいかない。そこでシェアリングエコノミーだ」と、シェアリングエコノミーの必要性に言及。地方には多様なスキルを持つ高齢者や未活用の土地や農地があり、「税金で支える構造の限界を補う仕組みになる」と説明する一方で、「デジタルをどう普及させるか。中央のプラットフォーマーが地域から利益を持っていく構図をどう防ぐか。法整備もしないといけない」と課題も指摘した。
「産みたての卵がこんなにおいしい、とれたてのイカがこんなにおいしい。そういう非日常体験を味わってもらえる経済をどうつくるか。昔の日本には、調味料の貸し借り文化があった。日本にシェアリングエコノミーが根付く素地はある」
シェアで社会を支えることが“当たり前”になる未来へ
シェアリングエコノミー協会は設立9年目を迎え、384社、213自治体が参画(個人のメルマガ会員は1万5000人以上)。全国9支部を通じ、オンラインプラットフォームを介した多様なシェアサービスを展開している。本カンファレンスでは、「サーキュラーエコノミー」、「モビリティ」、「関係人口/2拠点居住」、「地域共創」の4テーマに分かれ、先進的な取り組みが次々と共有された。その中から本稿では、オープニングとクロージングに全体で行われた2つのセッションを紹介する。

まずは、カンファレンスのテーマでもある「令和のインフラを再定義する〜シェアが社会を支える“あたりまえ”になる未来」と題したオープニングの「キーセッション」。シェアリングエコノミー協会代表理事の石山アンジュ氏がモデレーターを務め、日本でZoomを展開するZVC JAPAN代表取締役会長兼社長の下垣典弘氏、地域ごとに子育て支援のプラットフォームを実装するAsMama代表取締役社長の甲田恵子氏、政策研究大学院大学教授の安田洋祐氏が登壇した。
下垣氏は、Zoomを「人と人をつなぎ、気づけば社会インフラとして包含されている社会を目指すプラットフォーム」と紹介。AIなどが急速に発展する中で、「技術そのものよりも、インフラを人間がどう使いこなすかが問われている」と述べ、隣り合う自治体が“閾値”を超えて連携するなど、さまざまなプラットフォームを今以上に共有することで社会全体の効率や創造性を高める重要性を指摘した。
2009年から全国に共助の仕組みを広げてきた甲田氏は、「『頼ることがかっこいい文化』は、ベンチャー1社では醸成できない。国や大企業が掲げてこそ社会全体が大きく変わる」と強調した。これまでは、「つながりや頼り合いに価値はあるのか」「お金を払ってまで導入する意味があるのか」と問われ続けてきたという。しかし今後は、「そうした仕組みがなければ人が地域から離れ、子どもを産み育てられない。だからこそ、そこに本気で注力することが、令和の次の時代を見据えた社会投資だと強く感じる」と語った。
経済学者の安田氏は、日本がハードインフラは強い一方、デジタル活用などのソフトインフラが国際的に見て非常に弱いと分析。しかし、参入障壁の低い生成AIの登場は、生産性向上を実現する大きなチャンスだと期待を寄せた。政策提言として、若者が国内の他地域で学ぶ「国内留学制度」や、特区を活用した試行錯誤を通じて、シェアリングエコノミーを後押しすべきだと述べた。
技術とコミュニティの両輪で人々の暮らしを支える「令和のインフラ」をどう実装していくか――。石山氏は、世界でも日本でも政治的な分断や産業構造の変化がみられた1年を振り返りつつ、「あらゆるセクターが垣根を超えて交わり、一緒にシェアリングエコノミーを作っていかないといけない」と語り、キーセッションを締めくくった。
3スタートアップ企業に見る日本のイノベーションの底力

カンファレンスの最後、「令和の日本を動かすイノベーションの底力」と題したクロージングセッションには、革新的なビジネスモデルで急成長を続けるスタートアップから、タイミー代表取締役社長の小川嶺氏と、akippa代表取締役社長の金谷元気氏、ココナラ代表取締役社長の鈴木歩氏が登壇。3社のビジネス領域を巡る政策に携わってきた立場から、前デジタル大臣の平将明氏も加わり、それぞれの視点から、変化の速いシェアリングエコノミー市場の現在地と未来像を語った。
ユーザーが1200万人にまで拡大したというタイミーの小川氏は、「石垣島の居酒屋さんにも使ってもらっている。スキマバイトをやろうと思ったらタイミーを開き、タイミーで募集をかけたら人が集まる、という好循環が生まれている」と報告。ここに至るまでには関係省庁への働きかけを積極的に行い、全国65自治体と協定を結ぶなど地域連携を強化してきたという。
その上で、小川氏は、「課題はここからの第2章だ」と強調。AIで仕事の一部が置き換わるのを視野に「スキマバイトで働く人たちのキャリアを押し上げていく」ため、今後は転職に向けたリスキリングなどにも力を入れる戦略構想を明らかにした。



左からタイミーの小川氏、akippaの金谷氏、ココナラの鈴木氏
ココナラの鈴木氏は、個人のスキルや知識、経験をオンライン上で売り買いする同社のプラットフォームが“ココナラ経済圏”として広がりを見せていることを例に、「1社で正社員として働きながら、副業として別の会社でも貢献する形」に働き方が変化していると指摘。「人口が減る時代に、1人が1社に閉じる働き方ではナレッジが循環しない。1人が複数の会社に価値提供することで、日本の会社それぞれが強くなっていく」とする考えを語った。
akippaの金谷氏は、駐車場シェアサービスの現状を、「知名度が15%程度で道半ば」とした上で、今後は「ライブチケットを取る際にオプションとして駐車場もホテルも飛行機も全部取れるようにする」など、ライブエンターテイメント市場の盛り上がりに合わせた戦略に力を入れる方針を説明。自社自らがライブを主催することで、「人と人がリアルに会って、ライブを楽しむといったところを残し続けたい思いもある」という。
前デジタル大臣の平氏は、セッションを通じて、さまざまな業界団体とシェアリングエコノミー市場との関係性に率直に言及し、ライドシェアや民泊に関しては規制緩和が難しく、「結果が出せなかった」などと述べた。一方、業界の今後を考える上では、「AIエージェントがハッカーとしてサイバー攻撃をしてくる世界観が出てきている。5年後10年後ではなく、半年後1年後の話だ」と警鐘を鳴らし、「サービスを提供する側のプラットフォーマーが、AIエージェントが当たり前の世界でどうやってサービスの価値を守るかが重要だ」と強調した。
モデレーターを務めた、ガイアックス代表執行役社長でシェアリングエコノミー協会代表理事の上田祐司氏は、この10年のシェアリングエコノミーを取り巻く状況を、「市場としてはすごく伸びたと言える。令和の日本を動かしてきたイノベーションの底力は想像以上で、世の中ここまで進んでいるのかという感がある」と総括する一方、「インフラとして考えるとビューが変わってくる。責任はさらに増す」と業界としての決意を語った。
シェアリングエコノミーは、もはや“便利なサービス”の集合ではなく、社会そのものの設計をアップデートする存在になりつつある。各社の挑戦は、これからの日本がどこへ向かうのか、その方向性を指し示しているように感じた。
廣末 智子(ひろすえ・ともこ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。













