世界は今、深刻な課題を数多く抱えており、持続可能な社会への道のりは途方もなく長いものに感じられる。一個人、一企業の取り組みで何が変わるのか、と無力感を抱いたり発信をためらったりする人も多いだろう。しかし、大きな変化は、小さな変化の積み重ねから生まれる。そうした小さな変化が持つ力を伝えるためにも、サステナビリティを推進する企業や個人は、自らの取り組みについて発信することが大切だ。日本でも人気のハーブティーブランド「ヨギティー」のマーケティングを手掛けるジョン・ブロードウェイ氏が、サステナビリティに取り組む人たちにエールを送る。(翻訳・編集=茂木澄花)

「私がこれをやったところで、何か変わるだろうか?」
サステナビリティ分野に関わる人なら誰しも、この問いをさまざまな形で耳にしたことがあるだろう。リサイクル、菜食、自動車を持たない暮らし、こまめに照明を消す心がけ――「これ」の部分に入るのがどの取り組みであれ、個々の行動がどれだけ社会全体の進歩に役立つのかは、はっきりしない。その根本的な不確かさから生じているのが、冒頭の疑問だ。
サステナビリティの進展を語ることが難しい理由
私がマーケティングを担当しているヨギティーも、同じ問題を抱えている。
当社も他の企業と同じように、決算を控え、今年の成果を集計し始めようとしているところだ。当社はこれまで、サステナビリティに関するさまざまな情報を開示してきた。自社のサステナビリティの取り組みに参画した農家の数(4073軒)、改善した農地の面積(約21平方キロメートル)、年間炭素排出量の削減幅(2022年から2024年で約3850トンの削減)などだ。他にも、ルワンダではお茶農家のために何十万本というレモングラスの苗木を購入した。スリランカでは土壌の微生物を研究する施設を建てた。ネパールのショウガ農家に家庭菜園の費用を提供したり、グアテマラやマダガスカルの森林を再生したりもしてきた。これらは私たちにとって、今までにつぎ込んできた多くの時間とお金のたまものであり、大きな成果だ。
だが、少しでも視野を広げれば、これらの成果は大海の一滴にすぎない。SDGsの達成には、4兆ドルもの資金が不足している。最近発表された研究結果によれば、温水域のサンゴ礁が近い将来消滅することはほぼ確実らしい。有機農法が採用されている農地は、2022年時点で世界中の農地の2%だけだという。私たちの取り組み課題である気候変動、土壌流出、農家の貧困、プラスチック汚染、農薬汚染といった問題は、依然として深刻な状況だ。たとえ自社のサプライチェーン内で改善が見られたとしても、世界全体での深刻度はさして変わらないだろう。
この文脈だと、サステナビリティの進展について語る資格など誰にもないような気がしてしまう。当社のような規模の企業ならなおさらだ。問題の大きさを前にしたとき、私たちの影響力はあまりに小さい。「何か変わるだろうか?」という疑問は、取り組みの規模が大きくなっても付いて回る。
サステナビリティを推進する上で難しい点は、取り組む課題の大きさに比べて、成果が小さく感じられてしまうことだ。個人はもちろん、企業であっても、問題の大きさに釣り合う成果を単独で生み出すことは、ほぼ不可能に近い。ルワンダの茶畑にレモングラスを植えるというヨギティーの取り組みなどは、気が遠くなるほどちっぽけに思われる。しかし、こうした活動こそが、国連も危惧する深刻な土壌の劣化に対抗する活動なのだ。確かに「表土の流出防止のためにレモングラスを植えた」という情報より、「500億トンの表土が流出した」という情報から受ける衝撃の方が大きい。「500億トン」は問題の全体を表しているのに対し、レモングラスの取り組みは解決策の1つを挙げているにすぎないのだから当然だ。
だからこそ、サステナビリティの進展について発信することで、小さな変化が持つ力をしっかりと伝える必要がある。
千里の道も一歩から
私たちが起こしたいと願っている大きな変化というのは、自分たちの選択で起こすことのできる小さな変化の積み重ねにすぎない。例えば、新たに稼働した再生可能エネルギー設備の大半は、すでに新規化石燃料発電よりも低いコストで電力を供給できるようになっているという。この進展は突然起こったわけではなく、世界中で長年小さな変化が積み重ねられてきたからこそ起こったのだ。こうした漸進主義には賛否両論あるが、世界全体で政治的な合意が得られていない今、私たちは自分たちができる範囲でできる限りのことをする必要がある。そうすれば、目に見える変化も起こすことができるのだ。
自分の人生に関しては、小さな一歩が重要な意味を持つことを私たちはすでに知っている。依存症は一日一日と克服していくものだし、健康は何年も努力を続けることで得られるものだ。良好な人間関係は長年の気配りによって築かれる。サステナビリティの取り組みも同じだ。
取り組みの発信が希望をもたらす
どんな一歩も称賛に値するはずなのに、多くの人や企業がいまだに成果の発信をためらっている。そのせいで、進歩は見えにくくなっている。進歩が見えないと、人は希望を失い、希望が失われれば、変化の可能性も失われてしまう。諦めのムードが広がることで恩恵を受けるのは権力者だ。何も行動が起こされなければ、現状を支配している権力者が利益を得続けることになる。
しかし、古いことわざにある通り、「唯一の不変は、変化である(The only constant is change)」というのが現実だ。
歴史をさかのぼれば、資本主義は、封建主義下で無視されていた「商いとお金」から生まれた。現在、資本主義が地球の自然の限界を無視した結果、壊滅的な影響をもたらしている。社会の仕組みの中で見過ごされているものこそが、現状を揺るがし、未来の礎となるのだ。
変化が起きようとしている。賢く計画的に変化を起こせるか、無理と犠牲を伴う変化になるのかは、私たちの決断の積み重ねで決まる。
小さな変化が持つ力を伝えることは、社会の仕組みを変える道のりの一歩一歩を大切にするということだ。一歩で問題が全て解決するわけではないが、解決につながる大切な一歩だと自覚することが重要だ。同時に、真のサステナビリティを実現するには大きな変化が必要だということも忘れてはならない。そして政治やビジネスの世界では、いまだに多くのリーダーが、計り知れない犠牲に目をつぶって経済的利益を優先していることも。
命や生活を守ることがこんなに大変であってはならない。現代を生きる私たちは、互いにつながり合っている。そのせいで一部の人の危険な気まぐれに振り回されてしまったりもするが、つながり合っているからこそ、大人数で結束して変化を起こすこともできる。
全ての問題を一度に解決できる人などいない。できることから順に取り組むしかないのだ。今や問題は明らかで、だれもがそれぞれのやり方で立ち向かうことができる。取り組んで、それを共有することで、変化を起こせる。その変化がさらなる変化を生み、その先へ進むことができる。小さな勝利をきちんと祝っていけば、自分たちにできることが次々に見えてくるはずだ。
「進み続けよ」――哲学者アラン・バディウはこう主張する。
最後に、冒頭の問いに戻ろう。「私がこれをやったところで、何か変わるだろうか?」――答えはYESだ。個人も、企業も、変化を起こすことはできる。進み続けよう。伝え続けよう。誰も一人きりではないのだから。
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。














