
サステナビリティやSDGsを新入社員研修に取り入れる企業は多いことでしょう。でも、半日という短い時間で「社会課題の理解」と「自社の深いインプット」、そして「アウトプットの楽しさ」まで一気に体験させる研修は、実はなかなかありません。佐藤製薬の新入社員SDGs研修は、主力製品の調査から新製品アイデアづくり、プレゼン発表までを駆け抜ける実践型プログラム。学生時代の感性をそのまま生かしながら、仲間と話し合い、企画を組み上げていく姿は毎年本当に見事で、「学びのつくり方」の巧みさが光ります。本稿では、そのユニークな仕組みと魅力をご紹介します。
佐藤製薬といえば
ユンケル、ストナ、アセス、あるいはマスコットキャラクターのサトちゃん。ドラッグストアでは多くの製品が目に入るはずです。ブランド力がある製薬会社で、一般用医薬品(OTC)の存在感は抜群です。私自身、疲れがたまった日にはついユンケルに手が伸びてしまいます。
そんなご縁もあり、私はこれまで佐藤製薬のサステナビリティ活動をお手伝いしてきました。マテリアリティ(重要課題)の特定や目標設定では、全19部門から60人もの社員が選出されて取り組みました。役員への進ちょく報告会では、社長がその場でズバッと意思決定される瞬間にも立ち会い、「この会社、本気だな」と心から感じたことを今でも覚えています。
本当はその話もたくさん書きたいのですが、今回のテーマは新入社員研修。こちらも負けないくらい魅力的です。
研修の立体構造
結論から言うと、研修の“仕組み”そのものが非常によくできています。
- 佐藤製薬のサステナビリティ(SDGs)を学ぶ
- 自社の主力製品やヘルスケア情報を調べる
- 新製品アイデアをつくる、企業広告をつくる、動画の絵コンテをつくる
- 調査データを集めて理由づけする
- 仲間と相談しながらプレゼン資料を組み立てる
- 短時間で資料をまとめ、堂々と発表する
入社からわずか1〜2週間の新入社員が、これだけのプロセスを自分たちで考え、自分たちで組み立てて進めていきます。その結果、「企業理解」×「社会課題」×「仲間との関係性」の3つが一気に深まります。そして何より、若い世代ならではのフレッシュな発想が本当に面白いのです。
2025年度研修の実例
①事前課題:新製品アイデアの準備
2025年度のお題は「新製品アイデアづくり」です。研修当日までに、各人が佐藤製薬のHPで以下をチェックします。
- サステナビリティ
- 製品情報
- ヘルスケア情報
そして新製品アイデアを1つ考えてくる。説明方法は、文章・スケッチ・図解など自由。一緒にワークをするグループの仲間に伝わればOK。この時点で「インプット→アウトプット」のミニサイクルができています。

②研修当日:企画づくりとプレゼンテーション
まずは自己紹介を兼ね、事前に考えてきたアイデアを共有します。
「こんなことを考えました」
「それ面白い!」
「そうそう、それ不便だと思っていた」
「この発想はなかった!」
自然に打ち解け、互いを認め合う空気がすぐに生まれます。
ここで1つ大切なステップがあります。各メンバーのアイデアを出し合った後、グループ内で最も実現したいと思うアイデアを1つ選ぶのです。どのアイデアが最も社会課題の解決につながるか、どれなら自分たちが堂々と発表できるか、新入社員同士が真剣に語り合い、“グループの意思”としてアイデアを決めていきます。
その瞬間から、企画づくりは個人戦からチーム戦へ。選ばれたアイデアをどう磨き、どう伝えるかを、グループ全員で協力しながら組み立てていきます。役割分担も自然に生まれ、
- 市場データを検索
- ターゲット層を検討
- 社会課題とのつながりを明確化
- 新製品の図解
- プレゼンの構成
- 発表練習
と、1つの企画を全員で支え合いながら形にしていくのです。 短時間にもかかわらず、新入社員は驚くほど手際よく情報を集め、企画の根拠を固めていきます。進行役の私は「短時間でまとめる瞬発力も大事だから、がんばって!」と声をかけるのですが、心の中では「自分ならこんな短時間は無理…」とつぶやいています。それでも彼らはやり切ってしまうのです。本当にすごいです。
③グループ発表:毎年“驚き”が生まれる瞬間
最後はプレゼンテーション。どのグループも、「社会課題」「不便や課題の解消」「データに基づく根拠」「製品シリーズとしての説得力」を見事にまとめていて、毎年その完成度の高さに驚かされます。寸劇風の演出をするグループもあり、ユーモアと熱量に包まれた発表は圧巻です。
この研修が優れている3つの理由
● 座学ではなく、自分で調べて組み上げる学び
「調べる → 議論する → 企画する → 表現する」という実践の流れが、吸収スピードを一気に高めます。
● サステナビリティと自社理解を同時に深められる設計
市販薬やヘルスケア情報の理解も進む設計は、製薬企業の研修として特に秀逸です。
● 新入社員同士の関係が一気に深まる
休憩中も話し合い、励まし合う姿はとてもすてき。入社直後の「最初の仲間づくり」に大きく貢献しています。
1千人規模の企業のパワー
佐藤製薬は従業員約1千人の非上場企業です。サステナビリティ専任部署があるわけでも、ESG評価機関から強い圧力があるわけでもありません。それでも、HEALTHCARE INNOVATIONを掲げる会社として社会に必要とされる存在であり続けたいという思いを原動力に、部門横断で着実に取り組みを進めています。そのボトムアップのインプットは、入社1週間目からすでに始まっています。
佐藤製薬のサステナビリティは、こうして現場から積み重ねられてきました。まずは経営トップが方向性を示し、そこに現場の気づきや実践が自然に重なっていく。このトップダウンとボトムアップの両輪がそろって動き出したとき、企業の取り組みは一層力強く進化し、未来をつくるパワーになるのだと改めて感じます。今回の研修は、そのことをはっきりと示していました。
| 【参考サイト】 佐藤製薬のサステナビリティ https://www.sato-seiyaku.co.jp/sustainability/ |

今津 秀紀
株式会社Sinc 統合思考研究所 客員研究員/ SustainWell Imazu(サステインウェル いまづ)代表
元TOPPAN株式会社 SDGs事業推進室 室長 兼 TOPPANホールディングス株式会社 社長戦略室 SDGsビジネス担当。サステナビリティを軸にしたコーポレートコミュニケーションの専門家。現在は、重要課題の特定や目標設定など、サステナビリティ経営推進の支援を行っている。企業情報サイトランキング1位、サステナビリティ報告書賞 最優秀賞、エコサイトランキング1位、Green Good Design賞等、顧客企業への貢献実績多数。学会「企業と社会フォーラム」副会長。一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク事業連携アドバイザー。














