• 公開日:2025.11.05
サステナの現場からーー中堅企業の知恵と実践
【サステナの現場から】第4回 ハーゲンダッツ、対話100%で進めるサステナブル調達
  • 今津 秀紀

ハーゲンダッツアイスクリームの濃厚で幸せな味わいに癒やされる方も多いでしょう。私も仕事を終えた夜の“ご褒美アイス”として楽しんでいます。そんなハーゲンダッツ ジャパンが、実は従業員300人に満たない中堅企業だと知ると、少し意外に感じるかもしれません。

同社は2023年から全社でサステナビリティに取り組み、翌年には「調達ガイドライン」を策定・公表しました。中でも注目したいのが、購買部(現在は調達戦略部)が掲げた「直接対話100%」という方針。全てのサプライヤーと誠実に向き合おうとする姿勢に、このブランドらしい真摯(しんし)さが表れています。

小さな組織に宿るブランド力と一体感

サステナブル調達の話に入る前に、まず同社がどのように重点課題を整理したのかを少しご紹介します。

2023年、ハーゲンダッツ ジャパンは経営の根幹にサステナビリティを据えるため、経営戦略部(現在は経営戦略本部)を中心に全部門から選抜されたメンバーが参加するワークショップを実施しました。サステナビリティの専門部署がない中で、全部門が協力し、自社の重点課題を言語化していく試みです。

印象的だったのは、従業員の価値観が驚くほど一致していたこと。「そろいすぎていて見落としがあるのでは」と懸念の声が出るほどでした。そこでワークショップの設計を見直し、将来の人口動態の変化やバリューチェーン全体など、さまざまな社会課題の視点から再整理。ワークを重ねた結果、「サステナブル調達」が重点課題の一つとして浮かび上がりました。翌年度には中期経営計画に正式に組み込まれ、活動が本格的に動き出します。

この過程を通して見えてきたのは、従業員一人ひとりがブランドの哲学を深く理解していること。ハーゲンダッツの“完璧を目指す姿勢”は、味わいだけでなく、誠実にものづくりと向き合う姿勢そのものなのです。その価値観が組織の隅々まで息づいていることが、後に続くサステナブル調達の強い推進力となりました。

「直接対話100%」というエンゲージメントの選択

一般的に大手企業のサステナブル調達は、次のような流れで進められます。

① 方針やガイドラインを公表

② サプライヤーへのアンケート調査(セルフアセスメント)

③ 結果の分析と評価

④ 問題のあるサプライヤーへの監査や改善要請

⑤ ②〜④のプロセスをPDCAで回し、結果を情報開示

しかし、ハーゲンダッツ ジャパンはあえて違う道を選びました。理由はシンプルです。小規模な組織だからこそ、サプライヤーとの信頼関係を何より大切にしたい。取引先には、同社よりはるかに大きな企業規模のサプライヤーもあれば、地域で支えてくれる小さなサプライヤーもいます。発注する立場であっても、取引額の大小にかかわらず、互いを尊重し合う関係でありたい——。だからこそ、“顔の見える関係”を築くことを選びました。

購買部では議論を重ね、「直接対話100%」という活動方針を決定。全てのサプライヤーに対して対面やオンラインでガイドラインの趣旨を説明し、質問に答え、理解と共感を得ていく――それはまさにエンゲージメントそのものです。

年に1回少額の取引しかない相手とも丁寧に対話を重ねることで、“人と人との信頼”が生まれます。この積み重ねこそが、持続可能な調達の土台を築いていきます。購買部は1〜2年かけて地道にこの活動を続けています。これは「やらされる取り組み」ではなく、「自分たちの意思でやり抜く挑戦」なのです。

“自分たちの意思”で動く購買部

この活動を支えるのは、購買部の主体的な学びです。部内では自主的にワークショップを開催し、まず児童労働や強制労働など国際的な人権問題の基礎を共有しました。

人権問題の基礎学習の資料

けれども本当に大切なのは、サプライヤーにどう伝え、どう理解してもらうかを考えること。さらに大事なのは、「なぜ自分たちは取り組むのか」「購買部のあるべき姿とは何か」を一人ひとりが考え、意識をそろえていくことです。なぜなら、購買部の在り方そのものが、サプライヤーとの関係をどのように育てていくか――その未来を決めるからです。

エンゲージメントは美しい言葉ですが、現場で実践するのは簡単ではありません。時に意見がぶつかることもあります。だからこそ、「自分ごと」として腹落ちさせるプロセスが欠かせない。全員が同じ目線で対話に臨む姿勢こそが、信頼を生み出す原点なのです。

「直接対話100%」には実はもう一つの効果があります。大手企業では数千〜数万社のサプライヤーを抱えるため、仕組みが定着するまでに3〜5年かかることも珍しくありません。対して、ハーゲンダッツ ジャパンのような中堅企業は、サプライヤーの数を絞れる分、対話を通じて関係を深めながらスピーディに取り組むことができます。まさに“温かさとスピード”を兼ね備えた、中堅企業ならではのサステナブル調達の取り組みです。

ハーゲンダッツ ジャパンのパーパス

ハーゲンダッツ ジャパンのパーパスは、「世の中のしあわせを、もっと濃くする。」――この言葉には、お客さまはもちろん、関わるすべての人の笑顔を想い描きながら、しあわせを届けたいという願いが込められています。今回紹介したサステナブル調達の挑戦も、形式的な手続きを超えて、サプライヤーとの関係を“濃く”していく――まさにサプライヤーとのパーパスの実現です。

同社は非上場企業であり、ESG調査機関の評価を気にする必要はありません。それでも、自らを律し、ブランドの品質と信頼を守るためにサステナビリティを実践しています。「直接対話100%」という挑戦は、規模ではなく姿勢でサステナビリティを体現する好例です。取引先との一つひとつの対話が、より良い社会をつくる原動力になる――。小さな企業だからこそできる、誠実で温かいサステナブル調達のかたちがここにあります。

【参照サイト】
ハーゲンダッツ ジャパンHP

パーパス
https://www.haagen-dazs.co.jp/company/aboutus/our-purpose/

調達基本方針と調達ガイドライン
https://www.haagen-dazs.co.jp/company/aboutus/procurement/

written by

今津 秀紀

株式会社Sinc 統合思考研究所 客員研究員/ SustainWell Imazu(サステインウェル いまづ)代表

元TOPPAN株式会社 SDGs事業推進室 室長 兼 TOPPANホールディングス株式会社 社長戦略室 SDGsビジネス担当。サステナビリティを軸にしたコーポレートコミュニケーションの専門家。現在は、重要課題の特定や目標設定など、サステナビリティ経営推進の支援を行っている。企業情報サイトランキング1位、サステナビリティ報告書賞 最優秀賞、エコサイトランキング1位、Green Good Design賞等、顧客企業への貢献実績多数。学会「企業と社会フォーラム」副会長。一般社団法人SDGs市民社会ネットワーク事業連携アドバイザー。

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