米国ではトランプ政権下で反ESG(環境・社会・ガバナンス)の勢いが増し、規制の緩和や撤廃が相次いでいる。その動きにもろ手を挙げて喜んでいる企業は、いずれ足元をすくわれるだろう。規制緩和によってコンプライアンスにかかる手間やコストが低減する一方、思いがけない死角が生まれる可能性がある。目先の規制緩和や政治動向に左右されず、価値観を共有する鉄壁のサプライチェーンを確立するために企業側が今すぐ検討すべきポイントを5つ紹介しよう。(翻訳・編集=遠藤康子)

ESG関連の規制が緩和されれば、企業はつい緊張を解きたくなるかもしれない。ESGに割く手間が省ければ、コンプライアンスにかかるコストや報告義務が減るだろうが、だからといってリスクが消滅するわけではない。むしろ、リスクは拡大する。
これこそが、今日における規制環境の中心的な課題だ。たとえ当局が規制の手を緩めても、企業には引き続き高い基準を維持することが求められている。
今は物事がリアルタイムで可視化される時代であり、環境破壊や強制労働などの問題が発生すれば、わずか数時間のうちにソーシャルメディア上で明るみになる。たった1件の投稿が拡散しただけで、消費者の反発を招いたり、訴訟に発展したり、投資家の信頼をそいだりする恐れがある。それに伴う影響は得てして信用の失墜だけにとどまらず、サプライチェーンの混乱や業務の乱れなどへと波及していく。こうした経費がかさむと、規制当局から課される罰金をはるかに凌駕(りょうが)するほどの損害を被ることも少なくない。弱点は企業内部に存在していることなどほぼなく、最も可視性が悪くリスクを見落としやすい広範なサプライチェーンに潜んでいるものだ。
サプライヤー軽視がもたらす実質的な代償
企業が犯すESG関連の深刻な過失は大抵、サプライヤーに端を発している。
2013年、バングラデシュの首都ダッカの近郊ラナプラザで縫製工場の崩落事故が発生し、1100人以上の労働者が犠牲となった。その際に劣悪な労働環境が表面化し、同工場に商品製造を委託していた大手ファッションブランド各社に対して世界的な批判が巻き起こった。2023年にも、サプライチェーンにおける持続可能性に関する懸念で、国際的なファストファッションブランドが厳しい目にさらされた。最近では、テスラをはじめとしたテック企業がグリーンウォッシングやコバルト供給網での強制労働疑惑で非難を浴びている。
いずれのケースでも、評判ならびに財務の面で損害を被るのはサプライヤーではなく発注する企業側だ。規制の緩和で可視性が低下してリスクが放置され、見つかった時には手遅れという状況が生まれやすくなっている。こうした場合、企業がレジリエンスを強化するために集中して力を入れるべきはサプライヤーの管理監督だ。そこで出番となるのが「サードパーティリスク管理(TPRM)」だ。規制が中途半端でもブランドの評判を守るために可視性、説明責任、管理体制を構築する仕組みである。
自社業務を監視する場合と同様の厳しさでサプライヤーに目を光らせ、リスクが顕在化した場合には断固とした姿勢で対応する企業の方が、思わぬ事態に遭遇する可能性が格段に低い。とはいえ、貿易ルールの変更やコスト圧力によってサプライヤーの死角は増えており、多くの企業はそのペースに付いていくことができない。その結果、効果的な監視体制はますます重要になるとともに、難しさも増している。
規制緩和によって死角ができるわけ
関税と貿易構造が変わることで、企業はサプライチェーンを速やかに再構築せざるを得なくなっている。ただ、代わりの地域で新規サプライヤーを採用する場合は通常、コスト削減への圧力も背景にある。こうした差し迫った事情で移行を試みると、デューデリジェンスの実施が難しくなり、インフラが不安定な地域や労働者保護が不十分な地域、気候変動の影響に脆弱な地域で重要業務を行うケースが増えてくる。ESGモニタリングをしなければ、企業は短期的に関税負担を減らせるかもしれないが、長期的には、業務の不安定化を招きかねないリスクを抱え込むことになる。
それと同時に、市場ごとに規制が異なるという一貫性の欠如が問題をより複雑にしている。米国ではESG規制が後退しつつあるが、欧州では企業サステナビリティ報告指令(CSRD)や企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)が発効されたり、強制労働に関する法律の整備が進んだりしており、グローバル展開する企業が進化する枠組みへの対応を迫られている状況に変わりはない。ある地域ではハードルが下がっているのに、別の地域では法令の準拠に努めなくてはならないとなると、業務運営にずれが生じる。そうすれば、サプライヤーの混乱や従業員の困惑を招くだろうし、責任遂行に整合性がないという印象を利害関係者に与えることになる。このようなリスクや弱点を抱えられるグローバル企業など、どこにも存在しない。
各地域の最低要件を満たすことで妥協せずに世界基準を適用することが、先を行く企業と後れを取る企業を分かつ要因だ。しかし、規制が変化を続ける中では、最新の法令に準拠するだけでは不十分であり、企業は政治の流れが変わっても揺るがない内部指針となる安全体制を構築する必要がある。
規制の有無にかかわらず企業が目指すべきESG戦略
いかなるESG規則にも対応が可能で、否応なく生じる混乱にも負けないサプライチェーンの構築に向けて、企業幹部にできることとは何か。重要ポイントを5つ挙げよう。
1. 自社の価値観に根差したESG方針を打ち立てる
規制当局が提示する基準への依存はやめること。自らが重んじる基準を明確に定め、政治の流れが変わってもそれを厳守しよう。例えば、森林伐採や危険な廃棄物管理、搾取的な労働環境に関わるサプライヤーとは取引しないと決めた場合、短期的にはコストが増える可能性があるが、長期的には企業としての信頼を守り業務の継続性を維持できる。
2.ガバナンスにESGを組み入れて説明責任を果たす
企業のコンプライアンス部門はこれまで、安全装置と位置付けられてきた。しかし、規制が緩和される時代にあっては、経営幹部ならびに取締役会が正面から責任を負うべきであり、会社としての方針を打ち出して採用し、それを擁護しなくてはならない。ESGをガバナンスの必須事項へと格上げし、取締役会による監視体制と経営層が説明責任を果たす仕組みを確立すれば、責任の所在がトップダウンで徹底される。
3.サプライヤー戦略に向けデューデリジェンス強化
デューデリジェンスを徹底するためにはまず、事業運営およびESGの実践を共に可視化しなくてはならない。契約に先立って、第三者である取引先について検討し、所有権から事業運営、財務の安定性、労働慣行、環境に与える影響、事業の継続計画に至るまで全面的かつ徹底的に精査すること。サプライヤーに求める基準を成文化して契約書に明記し、調達方針を通じてそれを徹底しよう。そうすれば、要望が拘束力のある形で明確になり、サプライヤー側は責任を必ず果たさなくてはならないことを理解する。
4.サプライチェーンを多様化し脆弱性を低減
重要な業務をサプライヤー1社や1地域に任せてリスクを集中させている企業は、関税の発動といった不測の混乱が起きた時にどうしても影響を受けやすい。一方、代替サプライヤー網を構築している企業は、リスクが地域や取引先に広く分散されるため、状況が変わっても柔軟な適応が可能となり、たった1つの障害で事業が不安定になる危険性を低減できる。
5.確認は一度だけでなく、継続的な監視・管理に力点
監視はサプライヤー採用時だけで終わらせないこと。監視を継続し、リスクが生じた際には即時に警告し、サプライヤー評価を定期的に実施する。そうやって、労働、環境、事業に関連するリスクを事前に特定して拡大を防がなくてはならない。
以上の5ポイントを実践すれば、混乱を抑制し、企業の信頼性を高め、ESGの取り組みに懐疑的な投資家や消費者を安心させることができる。それと同時に、サプライチェーンの安全性、倫理性、レジリエンスを維持し、政治的な逆風が吹いて変動が起きても動じずに済む。ルールが再び変わることは避けられないだろう。しかし、そうなった場合でも、揺るぎない枠組みが確立されていれば慌てる必要はない。基盤が安定しているからだ。
規制緩和は防御壁などではない。試練だ。自社の価値観を守り抜き、サプライヤーである第三者に基準を徹底させ、責任ある取り組みに尽力した企業のみが、より強く、より大きな信頼を得られるし、混乱が再び起きても動揺せずに成長していける。
どこから取り組むべきか分からないというリーダーには、ただこう伝えたい。ESGを流行語と考えるのはやめるべきだ、と。ESGの看板は忘れて、胸を張って擁護できる責任ある方針、規制の有無にかかわらず支持できる方針を打ち立てよう。
最後に、マーク・トウェインが言ったとされる一節を紹介しよう。「正しい行いをするのに不適切なタイミングなどない」。現代の環境を生き抜く企業にとって、これは単なるアドバイスではない。企業を持続可能に導く唯一の戦略だ。
Dean Alms
Chief Product Officer Aravo












