• 公開日:2025.10.28
オムロン、製造業の脱炭素支援へ 経営と現場をつなぐ「カーボンニュートラル診断」始動
  • 廣末 智子
オムロンのカーボンニュートラルソリューション事業を中心となって進める西花慶氏(写真:オムロン提供)

社会的課題の解決を事業の原動力としてきたオムロンが、長年のものづくりで培った技術と知見を基盤に、日本の製造業全体の脱炭素化を支援する動きを本格化している。2024年度には新たにカーボンニュートラルソリューション事業を立ち上げ、顧客提案を通じた検証を踏まえ2025年8月には日本の製造業における「カーボンニュートラル診断」を始動した。診断は製造業企業が自社のカーボンニュートラルへの取り組み状況を客観的に把握し、経営層と本社機能、そして現場とをつなぎながら具体的な改善施策を進める手助けとなるものだ。

オムロンは今なぜ、製造業全体のカーボンニュートラル支援に乗り出したのか――。その狙いと診断の独自性について、オムロン データソリューション事業本部 事業統括室長の西花慶(さいか・けい)氏に話を聞いた。

排出量削減を「経営アジェンダ化」する必要がある

「お客さまへの価値貢献を考えた時、これまでは工場などの現場に創エネや省エネのソリューションを提供することでニーズに応えてきました。しかし、そうした施策をカーボンニュートラルの実現につなげるには、GHG排出量の削減を“経営アジェンダ化”する必要があります。そのためにも既存事業を一つに束ね、新たに各社の経営層や本社機能にアプローチを広げる体制としたのです」

オムロンがカーボンニュートラルソリューション事業を立ち上げた理由を、西花氏はそう語る。

カーボンニュートラルの実現は、同社が長期ビジョン「Shaping the Future 2030」で掲げる、事業を通じて解決すべき社会的課題の一つ。同社グループとしては、2024年度までに、国内全75拠点でカーボンゼロを実現。また、Scope1、2のGHG排出量は、2016年度比68%削減の目標に対して実績は74%削減を達成しており、蓄積したノウハウを他社にも展開することで、日本の産業別GHG排出量の32%を占める製造業全体の排出量削減を目指す。その第一歩となるのが、「カーボンニュートラル診断」だ。

見えてきた課題――多くの企業が目標掲げながらも取り組み進まず

西花氏によると、診断の開始に当たっては、大企業から中小企業まで数十社を訪問し、カーボンニュートラルの実現に向けた課題を丁寧に聞き取った。その中で、多くの企業が2030年や2050年の目標を掲げながらも実行に向けた取り組みが進まず、適切な施策や投資のタイミングをつかみかねている現状が見えてきたという。

そうした課題を踏まえ、診断は「企業の経営層と本社機能、現場の3層をつなぐ役割を果たす」(西花氏)ことを目的に、選択式と記述式を組み合わせたアンケート方式で設計された。回答者には、カーボンニュートラルやサステナビリティの担当役員、または関連部署や経営企画部門の担当者を想定している。

50問のアンケート通じ、他社比較や改善策の財務インパクトなど可視化

設問は、カーボンニュートラルを推進するガバナンス体制に始まり、目標設定の有無と進捗度合い、現状の排出量、再エネの導入・活用状況、エネルギー生産性の可視化からなる5つのカテゴリーで構成。これらの回答を、ビックデータ解析に長けたオムロンのグループ会社が分析し、各社の取り組みにおける業界の中でのポジションと、目標達成に向けた中長期ロードマップの提示、改善策が財務諸表に与えるインパクトの定量化――の3つを柱とする、フィードバックレポートとして提供する。

オムロンによるカーボンニュートラル診断のフィードバックレポートのイメージ。50問のアンケートに答えることで、カーボンニュートラルの実現に向けた自社の立ち位置を把握し、改善策を検討する材料とすることができる(オムロン提供)

診断はこのフィードバック資料を通して各社の具体的課題を浮き彫りにするところまでを指す。環境関連情報の開示促進を目的にCDPなどが行うスコアリング評価とは位置付けが異なり、あくまで「課題を顕在化し、企業自身が次の一手を検討するための判断ツール」(西花氏)となるものだ。

化石エネルギー生産性の比較で「気づき」を促す

診断項目の中で特徴的な指標の一つに、「化石エネルギー生産性」の可視化がある。これは、企業や工場がいかに化石燃料由来のエネルギーを抑えながら付加価値(利益)を生み出しているかを測る指標で、数値が大きいほど、少ない化石エネルギーで多くの価値を創出していることを意味する。

※企業の付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)を、原油換算した化石エネルギー消費量で割ったもの

西花氏によると、この指標を用いて同じ企業内の複数の工場を比較分析することで、「これまでは気づかなかった課題や改善余地」が明確化し、本社のサステナビリティ部門と現場がより踏み込んだ議論を行うきっかけになるという。

「化石エネルギー生産性の状況」に関するフィードバックの1例(オムロン提供)

工場ごとの化石エネルギー生産性の違いは、上図の具体例が分かりやすい。この企業では、5工場のうちC工場の化石エネルギー生産性が0.84と最も低かった。一方で、付加価値総額はD工場やE工場の方が小さく、それらと比べてC工場には改善余地がある可能性が高い。

「仮に生産量が大きくなった場合、GHG排出量をコントロールすることは難しくなる実情があります。化石エネルギーの消費量だけでなく“率”で見ることで、ものづくりの現場が、生産性を上げつつ排出量削減に取り組めているかをより適切に評価できるのです」(西花氏)

実効性のある“打ち手”をどう組み立てるか

診断は開始から2カ月余りで中堅企業を中心とする数十社がアンケートに回答し、フィードバックを受けている。反応は好評で、中でも化石エネルギー生産性の比較分析への評価が高い。企業の中からは、この比較分析を自社(Scope1、2)にとどまらず、Scope3のカテゴリー1に当たる、原料の仕入れ先企業の評価にも展開したいというニーズも聞かれるという。

診断結果をもとに可視化された課題や改善余地に対しては、オムロングループのソリューションを提案することも可能。エネルギー生産性に関しては、現場にエネルギー診断士を派遣し、再エネや省エネ、創エネなど「実効性のある“打ち手”を、どう組み立てていくか」という観点から、経営と現場をつなぐ伴走支援を特徴とする。

さらに、オムロンでは今後、このカーボンニュートラル診断を毎年行い、企業に継続して受けてもらうことで、外部環境が変化する中での立ち位置の変化や、新たな方策を見極めてもらう考え。診断を重ねることでオムロンにとってもデータの分母が増し、診断そのものが進化していくことが期待される。

社会価値と経済価値、両方の創出を

オムロンは、創業者が定めた「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」という社憲を原点に、「事業を通じて社会価値を創出し、社会の発展に貢献し続けること」を存在意義としてきた。これを持続可能なものとするために、2030年までの長期ビジョンと中期経営計画では「事業戦略とサステナビリティ重要課題との完全結合」を掲げ、オムロンにとってのサステナビリティを、「社会と企業の両方の持続可能性を追求すること」と定義している。

まさにその理念を体現し、牽引していく一つが、今回のカーボンニュートラルソリューション事業だ。診断をはじめとする取り組みには、制御機器や社会システムなどの領域からさまざまなメンバーが加わり、オムロンのアセットを横断的に活用している。西花氏によると、「それぞれが、担当部門の意義や面白さを感じながらやっているので、モチベーションと、エンゲージメントの度合いが非常に高く、前に進めている」そうだ。

写真:オムロン提供

西花氏自身、「これまで日本の製造業はものづくりに最適なプロセスを模索し、バリューチェーンを築いてきました。しかし、カーボンニュートラルという新たな社会的課題に対しては、これまでとは異なる仕組みをつくる必要があります。われわれとしては多くの企業に、排出量削減とともに競争力を高め、社会価値と経済価値の両方を創出していくための“解”をお示しし、一緒に取り組んでいきたい。そうすることで日本の製造業全体の持続的な成長発展に貢献していきたいと考えています」と思いを語る。

サステナビリティの情報開示を巡っては、欧州を中心に開示義務化の潮流が加速し、日本でも時価総額が一定規模以上の企業から、サステナビリティ開示基準(SSBJ基準)に基づく情報開示が義務化される見通しだ。そうした中、自社の現在地を見つめ直し、次の一手を描くための“対話の起点”として、オムロンのカーボンニュートラル診断が果たす役割は大きい。 なお、オムロンでは2025年度内に100社への提供を目標に、11月30日まで診断の申し込みを受け付けている。

【参照サイト】
・オムロン
カーボンニュートラルソリューション事業
https://datasolutions.omron.com/jp/ja/business/cn/
カーボンニュートラル診断 問い合わせ先
https://datasolutions.omron.com/jp/ja/business/cn/cn-assesment/index.html

written by

廣末 智子(ひろすえ・ともこ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局  デスク・記者

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。

Related
この記事に関連するニュース

微生物からロボットまで――ファッション業界の未来を作る最新技術5選
2025.10.15
  • ワールドニュース
  • #イノベーション
  • #気候変動/気候危機
  • #カーボンニュートラル/脱炭素
  • #プラスチック
肥だめの進化形?! 人間の尿など廃棄物を有効活用する最新研究
2025.10.09
  • ワールドニュース
  • #イノベーション
  • #資源循環
  • #カーボンニュートラル/脱炭素
トランプ政権が成立させた、“美しい”という名の破滅的な温暖化促進制度
2025.09.30
  • ニュース
  • ワールドニュース
  • #再生可能エネルギー
  • #気候変動/気候危機
  • #カーボンニュートラル/脱炭素
ソニー「Green Management 2030」に見る、エレクトロニクス業界の環境配慮
2025.09.25
  • ニュース
  • #情報開示
  • #気候変動/気候危機
  • #ブランド戦略
  • #カーボンニュートラル/脱炭素

News
SB JAPAN 新着記事

オムロン、製造業の脱炭素支援へ 経営と現場をつなぐ「カーボンニュートラル診断」始動
2025.10.28
  • ニュース
  • #カーボンニュートラル/脱炭素
実力行使で公害を止めた街があった――2025年秋、「高知パルプ生コン事件」が舞台劇に
2025.10.27
  • ニュース
  • #行動変容
  • #生物多様性
SDGsに向けた国際金融を議論する国連サミットが初開催 ムハマド・ユヌス氏など発言
2025.10.27
  • ワールドニュース
  • #ファイナンス
  • #ESG投資
「ウェルビーイングとは“問い”である」――人・社会・自然を巡る価値の再構築探る
2025.10.24
  • ニュース
  • #ウェルビーイング
  • #人的資本経営

Ranking
アクセスランキング

  • TOP
  • ニュース
  • オムロン、製造業の脱炭素支援へ 経営と現場をつなぐ「カーボンニュートラル診断」始動