
本来の価値が生かされず、廃棄や放置されてしまう「未利用資源」。農業で言えば、生産者が管理しきれない余剰作物や、個々の果実の味や栄養を集中させるために間引く「摘果」、加工品の製造時に発生する加工残渣(さ)などがそれに当たる。循環型社会の実現に向けて、解決の取り組みが求められる社会課題の一つだ。
奄美大島で農福連携に取り組む就労継続支援B型「あまみん」(鹿児島県大島郡龍郷町)では、地域の主要農産物である柑橘「たんかん」栽培において、生育上必要な間引き作業により、相当量の摘果が捨てられていることに着目。新事業として、摘果たんかんからの精油づくりを開始した。2026年春の発売に先駆けて実施された研究者たちの視察に同行し、代表の田中基次さんに話を聞いた。
福祉事業のさなかで気付いた「もったいない」
日本では2010年頃から聞かれることが増えた、農福連携。障がいのある人が農作業に参加する、という当初の意味合いは時代と共に変化し、より包括的に捉えられている。特に障がいの種類が幅広く認知され、多様な共生社会を願うようになった近年では、個々人の特性を生かした役割を確立することで、社会参画を後押しする活動が増えてきた。
奄美大島の就労支援施設「あまみん」では、大きく3つの作業がある。近隣のフルーツ農家の手伝いやハーブの自社栽培を行う農作業チーム、労働対価として受け取る規格外フルーツや南西諸島の素材を活用したジェラート製造チーム、そして自社栽培で作るハーブティー製造チームがあり、それぞれ無理のないように作業内容が考えられている。
「あまみん」代表・田中基次さん(以下、田中さん): 農作業チームは、草刈りや収穫作業など、人手が必要な地域の農家さんを手伝いに行くこともあります。その際、労働対価は農産物で受け取っているんです。マンゴーやパッションフルーツ、ドラゴンフルーツといった奄美のおいしい果物を旬の時期に入手できるため、併設するジェラテリアでおいしいジェラートとして販売しています。

農園では、年間を通して多数のハーブ作物を栽培している
果実やハーブを加工する中で、ある時から田中さんは、廃棄せざるを得なかった果皮の活用方法を模索するようになった。糖度が高く、島内外で老若男女から好まれる柑橘「たんかん」は、奄美各地で栽培されている主要農作物の一つだ。一般的な果樹栽培と同様、間引くことで果実を太らせ充実させる摘果作業が欠かせない。実が付いて間もない時期に行う「粗摘果」と収穫前に行う「仕上げ摘果」。いずれも収穫時に最良の果実にするために必要な作業ではあるが、間引き自体は収入に反映されない作業であり、間引いたそばから地面に捨てられていることを知った。
田中さん:柑橘類はタネを守るために、果肉が成熟する前から皮に油が含まれています。香りもさわやかなので、捨てずに皮から精油を取り出し、奄美の新しいお土産品にできないだろうか、と考えました。「あまみん」利用者にとっては新しい仕事になるし、摘果を買い取ることで農家さんの収入増に貢献でき、奄美の思い出が各地に広がれば、地域にとっても良いことだと思ったんです。

しかしこの時すでに油が含まれているので、果皮は活用できることが分かった
みんなにとって「うれしい」を見つけるまで
田中さんは、アロマの香りを損なわない減圧蒸留装置を導入し、敷地内に専用の蒸留所を新築した。専任スタッフも2人配置し、試作を重ねながら、一方で農家の現状を聞き出し連携に努めるなど、精油の製造体制を整えていく。
田中さん: 農家さんたちも、捨てているものを買い取ることは喜んでくれるけど、摘果たんかんをコンテナに納めるなんていう作業コストが増えることは、当然ながら望んでいませんでした。かといって、「あまみん」農作業チームが摘果作業を行うのはまだ経験不足で難しい。そこで、摘果は経験のある農家さんに別途、有償で依頼することにしました。農作業チームは農地の草刈りなどを手伝いながら、将来的に摘果を習得してもらえたら良いと考えています。
摘果たんかんを買い取ることで、生産者の収入アップに貢献するだけではない。摘果作業という新たな雇用を作り出し、農地の環境整備という、利用者たちの社会的役割も作り出すことに成功した。また、蒸留後に出る残渣も肥料にするなど、島内の循環型農業の確立を目指す。
2025年夏には、奄美群島広域事務組合による「島っちゅチャレンジ応援事業」に採択され、本格的に事業拡大の機会を得た。助成金により、農福連携に関する専門家、吉田行郷教授(千葉大学 大学院 園芸学研究院)と、世界遺産など保護地域の活動を研究する町田怜子教授(東京農業大学 地域環境科学部)の両教授を奄美に迎え、農園や蒸留所、生産者を訪問する3日間の視察を実施した。


設備専用の建築も含めて、このサイズの導入には高額な初期費用を要した
たんかんの採油率は、約1パーセント。単純計算では、100キロの摘果たんかんから1リットルの精油ができることになる。また精油は一般的に、数滴ずつ使うため、10〜30ミリリットルなどの小瓶で販売される。小さくて価値があるものは、持ち帰りやすいお土産品として、贈りものにも使いやすい。
田中さんは、香りのクオリティにもこだわりがあった。
田中さん:たんかんだけでは、香りが柑橘のさわやかさだけになってしまうんです。もちろんいい香りではありますが、好みは分かれそうだし、個性は感じられにくい。そこで南国らしい香りとして、バニラと合わせて熟成させることで仕上がりが安定しました。普段はジェラート製造のために仕入れているバニラなんですが、輸入されている方が奄美でのバニラ栽培にチャレンジし始めたので、将来的には、このバニラも奄美産に切り替えることができると考えています。

ブランド名は「奄香(あまかおる)」
自活を後押し。広がれ、島の香り
世界自然遺産や国立自然公園など、保護地域における持続可能な活動の研究者である町田教授は、「世界遺産である奄美大島だからこそ、こうした循環型の活動に意味がある」と話す。
町田教授:奄美の豊かな環境と、自然と共生してきた人々の暮らしがあるからこそ、守り継がれてきた環境文化の価値が存在しています。3日間にわたり田中さんや生産者さんの話を聞かせてもらったおかげで、未利用資源の活用も、奄美で暮らす方々のなりわいを通して感じるものだと実感しました。世界自然遺産地域における自然循環の取り組みは、実はまだ他の地域では見られないものなので、奄美ならではの、新たな地域モデル誕生の可能性を感じています。
今後、例えば精油の蒸留体験や、生産者さんとの交流など、奄美の自然・なりわい・暮らしがつながった体験をアクティビティとして展開できたら、多くの方が未利用資源の活用に目を向けやすくなるのではないでしょうか。同時に、世界遺産・奄美の魅力をより深く伝えられることにも期待が高まります。

生産者にも具体的なヒアリングを重ねていた(中央)
農業経済学の専門家として、また、支援を必要とするお子さんの保護者としても、農福連携における両サイドに関わってきた吉田教授は、「田中さんと農家さんが対等の関係性であることが素晴らしい」と評価する。
吉田教授:農福連携は、農業に携わることで障がいのある人たちの社会参画を後押しするものですが、農作業の達成を至上命題にしてしまったり、指導してくれる農家さんと、いつも「指示する側とされる側」という関係になってしまったりすることもあります。しかし田中さんや「あまみん」は、日頃の活動で培われた強い信頼の上で、農家さんと互いにwin-winをめざす対等な関係性を感じました。
利用者さんたちも、自分たちの仕事がどういう成果物として販売され、評価されているのかをよく理解しているので、誇りを持った表情で説明してくれました。これから未利用資源に精油という付加価値が生まれ、地域や関係者にどのような影響を及ぼし、最終的にどんな経済効果が生まれるか、大変期待しています。

「あまみん」は福祉事業所の作業工賃として、全国平均(月額2万3053円)の2倍以上に相当する月額5万3782円(2024年度時点)を支払っている。5万円以上の工賃を出すことで、障害者年金と合わせれば島内で自活することも可能な収入になるため、以前から月額平均工賃5万円以上を目指してきたという。生産活動で得た利益の中から工賃を支払うことが決められている福祉事業主として、利用者の社会復帰を本気で願う気持ちこそが、田中さんの事業拡大への原動力だ。
田中さん:今あるものを活用して、地域を豊かにする可能性がいろいろと増えてきました。新たに、1ヘクタールの新拠点も整備し始めています。インターンを受け入れる宿泊研修棟を作り、農福連携を一層強化するとともに、6次産業化やブランディング、地域活性化など、広いテーマで進めたいと考えています。
精油「奄香(あまかおる)」は熟成期間を経て、2026年春より発売予定。全国に広がるさわやかな香りに、島の未来の可能性が秘められている。
(写真:CHARFILM)
やなぎさわ まどか
ライター/コピーライティング/翻訳マネジメント
生活者と社会課題の接点に関心を持ち、専門家や実践者などを取材。主なテーマは食・農・環境・ジェンダー・デモクラシー・映画・禅など。東日本大震災をきっかけに街から山間部へ移り、環境負荷の少ない暮らしを実践中。趣味は田畑と季節の手仕事。心の機微に気付ける書き手であることを願い、愛猫の名前は「きび」。株式会社Two Doors代表。