
米国は政治的な分断が深刻化している。その一方で、国民の大多数は支持政党を問わず、自然に対して感謝の念を抱き、脅威にさらされる自然を案じる思いを共有していることが、世界自然保護基金(WWF)が発表した調査報告書で明らかになった。政治的信条が違っても、心の奥底を流れる自然への感謝を軸にすれば、米国民は力を合わせて未来の世代に自然を残せるのではないか――。そう思わせてくれる調査結果だ。(翻訳・編集=遠藤康子)
米国では、環境と気候のモニタリングや保護活動が縮小する一方だ。連邦政府が公有地での森林伐採や資源採掘、化石燃料の抽出を奨励したり、絶滅危惧種の保護規制を見直したりと、多方面で後退が見られる。しかし、WWFが2025年9月初めに発表した調査報告書「2025 Connected by Nature」では、米国人の4人中3人が「自然は人間のウェルビーイングに不可欠だ」と考えていることが明らかになった。
この報告書は、持続可能性に特化した調査会社グローブスキャンが2025年7月に、米国の成人2000人を対象にオンラインで実施した調査に基づいて作成された。調査では、支持政党にかかわらず大多数の人が、自然と一体感を持っているだけでなく、「自然は個人ならびに社会のウェルビーイングにも不可欠だ」と考えていることが分かった。また、健全な自然は人間の感情に恩恵をもたらし、健康的な食料と水の供給に欠かすことができないものだと認識する人が大部分を占めた。
調査で得られたこの洞察を行動のための基盤にすれば、組織と政策立案者は国民に協働を促して共通意識を育むことができる。ひいては、人間にとっても環境にとっても永続的な変化が起き、自然は今後も世代を超え優先的な課題として扱われていくだろう――。WWFはそう述べている。
「アマゾンの熱帯雨林やヒマラヤの峰々、米国に広がるグレートプレーンズ。こうした大自然の恵みや神秘は、単なる驚きの対象であるだけではなく、私たちの暮らしを支える基盤でもあります」。WWFの最高執行責任者(COO)ローレン・メイヤー氏はそう語る。「自然は私たち人間の根幹であること、健康や社会、喜びなどほぼ全ての面に計り知れない恵みをもたらしていることを、米国人は分かっています」
自然への感謝を分断の架け橋に
米国社会は政治的意見で真っ二つに割れている。それでも、人を大切にする企業経営の重要性や、企業による気候変動とDEI(多様性、公平性、包摂性)の継続的取り組みへの期待、さらには使い捨てプラスチック汚染への懸念で気持ちを共有しているように、年齢やジェンダー、地域、支持政党、イデオロギー、生い立ちを問わず、自然とその恵みを大切にするという姿勢は一致している。
主な調査結果は以下の通りだ。
・個人のウェルビーイング
個人的に最も重要な自然の恵みを尋ねたところ、57%の人が「清浄な空気と水、自然資源」と回答した。それに続いたのが、メンタルヘルス(45%)、身体的健康(38%)、娯楽とリラクゼーション(38%)だった。
・社会的なウェルビーイングとレジリエンス
自然は個人と社会双方のウェルビーイングに不可欠だと考える人が圧倒的多数を占めた。自然保護は「安定した食料と水の供給にとって不可欠」と答えた人は77%に上り、「自然災害の防止に役立つ」(72%)、「気候変動の緩和に不可欠」(70%)と続いた。また、種の保護、清潔な水の確保、食料システムの支援なども自然からの恵みとして挙げられている。
・自然へのリスク
脅威にさらされる自然を懸念している人は84%に上り、「極めて大きな懸念を抱いている」「とても懸念している」と答えた人は約10人中6人だった。また、「自然が直面する脅威への対処は、世界が目の当たりにしている経済的・社会的な課題に取り組むことと同じくらい重要だ」と答えた人は69%だった。
・自然の現状
米国の自然が置かれた状況についての質問では、「逼迫(ひっぱく)している」「危機的状態にある」「壊滅的状態にある」と回答した人は合計73%だった。自然が取り返しのつかないほど大きなダメージを負っていると考える人は少ないものの、米国のみならず世界全体でも自然が逼迫した状況下にあると考えている人は多い。自然に対する最大の脅威を尋ねたところ、水質汚染(48%)、気候変動(43%)、大気汚染(42%)、森林伐採(41%)などが挙がった。
・自然保護は市民の集団的義務
支持政党にかかわらず圧倒的多数の人(73%)が、自然保護は社会全体で取り組むべき義務であり、個人、地域社会、企業、政府が一体となって立ち向かうことが望ましいと回答した。また、多くの人(62%)は個人として責任を感じ、個々の行動が急務だと考える一方、連邦政府や州政府にリーダーシップの発揮を期待する人も多く、その力もあるとみなしている。個人の行動については、大きな影響力を持つと考える人がいるものの、限界があるという声も上がっており、集団で取り組む必要性が改めて浮き彫りになった。
・国の取り組みが急務
全ての主体(個人、企業、政府、NPO)が自然保護に向けて行動を起こすことが「やや急務」「非常に急務」と答えた人は10人中9人近くに達した。また、連邦政府の行動が「非常に急務」と回答した人は半数を超える54%、州政府についても50%に上った。
「この調査報告書からも分かるように、米国人の価値観には自然が内在していることは明らかです」。WWFマーケティング&コミュニケーション担当シニア・バイスプレジデントのテリー・マッコ氏はそう話す。「自然は周囲にある受動的な存在ではなく、私たちを支える力です。自然を大切にすることとは、私たちが最重要視する清潔な水や栄養豊富な食料、清浄な空気、共通の文化的アイデンティティを守ることに他なりません」
自然リスクは企業リスク
自然は、私たちが最重要視する事柄と競合しているのではなく、それらを可能にする基盤である。そして、自然保護はいまや、企業にとって避けられない課題だ。米国人が何よりも重視し一体感を感じるもの、つまり、清浄な空気や余暇を楽しめる自然空間、良い仕事、安全で健全な地域社会はどれも全て、健全な生態系から生まれている。米国民が認識しているように、私たちの生命を支えるこうしたシステムは今、脅威にさらされている。生物多様性が減少し、生態系が失われ、気候インパクトが深刻化する中、来るべき世代のために力を合わせて自然という生命維持のシステムを守ることこそ、私たち全員に課された喫緊の課題なのだ。
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