• 公開日:2025.09.26
ベッティーナ・メレンデスのサステナビリティ戦略
【欧州の今を届けるコラム】第7回 コンクリートジャングルを冷やせ:世界の都市が挑む暑さ対策
  • ベッティーナ・メレンデス


この夏、オランダで記録的猛暑が続いた6月に、アムステルダムの新聞『Het Parool』で“偽の木”に関する記事を見つけました。偽の木とは、自然を模し、本物の木を植えることができない場所に日陰をつくるために特別に設計された構造物です。私は興味をそそられました。真夏の日に、本物の木と偽の木ではどれほどの違いを生むのでしょうか。そして、他の都市はどのように人々を涼しく保つ工夫をしているのでしょうか。

私のリサーチは、アムステルダム中央図書館の前の通りから、パリの校庭、ロサンゼルスの並木道、そしてシンガポールの深層水冷却施設へと広がっていきました。いずれも、都市を「機能」だけでなく「快適さ」のためにも設計しようという、世界的に広がりつつあるムーブメントの一部となっている場所です。

アムステルダムの「日陰をつくる装置」の成果

初めに、新聞にも出ていたアムステルダム市の偽の木による実証実験を紹介します。

この実証実験は地元で「Schaduwmakers」(シャドウメーカー/日陰をつくるもの) と呼ばれ、市内でも特に暑さに悩まされている地区の一つ、アムステルダム中央図書館のあるオーステルドクスアイランドで試されています。そこは全面が舗装され、風が吹き抜け、地下には駐車場が広がっているため、木を植えるにはまったく適さない地形です。そんな場所で、アムステルダム市とアムステルダム応用科学大学が協力し、5種類の“木の代替案”を検証しているところです。

以下にそれぞれの特徴を挙げます。

アムステルダム市内のManyTree(2025年8月、筆者撮影)

・ManyTree(メニー・ツリー):オーストラリアで設計された「ハイブリッドツリー」。土を入れたフレームにツル性植物を育て、パラソルのような形の樹冠をつくる仕組み。

・Climate Tree(クライメイト・ツリー):小さな木を植えた3Dプリント製プランターで、移動可能。鋼鉄製の木のようなフレームにツル植物が絡み、葉の茂る天蓋をつくり、本物の木が育てられない場所に日陰と緑をもたらす。

アムステルダム市内のパーゴラ(2025年8月、筆者撮影)

・緑で覆われたパーゴラ
:梁(はり)にツル植物を這わせたシンプルなパーゴラ構造。自然の緑の屋根をつくり、日陰と涼しさを提供する。

・Urban Jungle Tree(アーバン・ジャングル・ツリー):
組み立て式の鋼鉄製ツリー構造。ツル植物が覆い茂り、青々とした天蓋を形成。無機質な都市空間に涼しさと柔らかさをもたらす。

・ShaduwArt(シャドウアート):木が育たない都市部において、日陰をつくるための高品質なサンシェードや布製構造物を提供し、涼しく快適な空間を生み出す。

上記の構造物が置かれた場所で、最初の猛暑日に行われた測定は、驚くべき結果を示しました。直射日光の下で体感温度が45度に達した時、構造物の下では体感温度が最大で17度も低く、圧倒的な涼しさが得られたのです。ManyTreeは体感温度を12度下げる効果があり、効果が比較的低いパーゴラでさえ、直射日光下の47度に対し日陰では39度と、確かな涼しさを提供しました。

なぜこうした対策が重要なのか。アムステルダム市は、市内に80カ所の「高い暑熱ストレスがありながら、成木を植えることができない場所」を特定しています。その多くは、地下にケーブルや配管、地下鉄が走っていることが理由です。このような「木を植えるのが不可能」な場所にとって、移動可能または組み立て式シェードの日陰は、突破口になるかもしれないのです。

欧米とシンガポールに見る世界の冷却戦略

チューリッヒの工業地帯(image credit:Adobe Stock)

ベルリン&チューリッヒ―― グリーンルーフ義務化
ベルリンとチューリッヒでは、一部の新規開発物件にグリーンルーフ(部分的または完全に屋根に植物などを植え、緑化させた屋根)を設置することを義務付けており、建物の表面温度を下げるとともに、雨水の流出を抑えています。

パリ――OASIS(オアシス)校庭
パリでは、アスファルトで覆われた校庭を、樹木、透水性の舗装、反射性舗装、水遊び設備などを備えた「クールアイランド(涼しい島)」に改造しています。これらの空間は大幅に涼しくなるだけでなく、授業時間外には地域の公園としても活用されています。

ロサンゼルス――クール舗装と緑の路地
ロサンゼルスでは、暑さの影響を受けやすい地域の通りに反射性の舗装材を施し、路面温度を最大で10度下げることによって、周囲の気温も数度低下させています。さらに、市内であまり活用されていなかった路地を、日陰と緑で覆われた歩行者向けルートに生まれ変わらせ、歩きやすさを向上させるとともに、雨水管理にも役立てています。

シンガポール――地域冷却(ディストリクトクーリング)
シンガポールのマリーナベイ地区では、世界最大級の地下地域冷房システムを活用し、複数の建物に冷却水を循環させることで、空調に必要な電力を削減しています。

マドリード――水を活用した冷却
マドリード市では「Madrid 360」計画の一環として、日陰の歩道、都市の噴水、ミストシステムを導入し、広場や通りを涼しくする取り組みを進めています。これらの設備により、局所的に気温を最大3度下げることができ、真夏のピーク時に快適さを提供しています。

夏がますます暑く――都市が抱える共通の課題と可能性

解決策を模索しているのは、欧米の都市だけではありません。日本でも長年、独自の暑さ対策が試みられてきました。東京の歩行者が多い通り沿いでの樹木植栽、建物の壁面を覆うつる植物の「グリーンカーテン」、新宿の反射性舗装、福岡の屋上庭園、大阪の公共広場に設置されたミストシステムなどです。これらはいずれも、過密な縦型建築、限られたオープンスペース、厳しい夏の湿気など、地域特有の条件に対応した取り組みです。

アムステルダムの「シェードメーカー」と共通しているのは、「夏がますます暑くなる中でも、都市を住みやすく保つ」というシンプルな目標です。核心にあるのは生活の質であり、図書館までの散歩、公園でのランチ休憩、子どもたちの遊び場など、真夏でも楽しめることを確保することです。快適さ、健康、そしてコミュニティのつながりは、排出削減や生物多様性の保全と同じくらい、サステナビリティの重要な一部なのです。

都市を快適にする“日陰のデザイン”とは

今回のコラムのためにリサーチしていて最も印象に残ったのは、解決策の多様さと、その創造性でした。都市を涼しくすることは、単に技術や樹木を増やすことだけではありません(もちろんそれも非常に重要です)。それ以上に、人々の体験を意識したデザインが求められます。実際に日陰になる場所にベンチを置くこと、裸足でも快適な遊具の床面をつくること、駅から家までの道で座れる涼しい場所を提供すること――そうした工夫です。

アムステルダムの実証実験の結果の全容が明らかになるにはまだ時間がかかります。しかしすでに、昨年はなかった葉陰の下で人々が立ち止まり、休息する光景がそこにはあります。来年にはまたそれが別の場所に移っているかもしれません。このように移動可能であるため、暑さに見舞われた地域での一時的な緩和策として大きな役割を果たし、都市が長期的かつ恒久的な解決策に取り組む間、人々に安心や快適さをもたらします。それらは、私たちが求める、適応力があり気候を意識した都市の姿を垣間見せてくれます。

もし都市の暑さが今後も続くなら、本当のイノベーションは、日陰そのものを都市と同じくらい柔軟で創造的なものにすることにあるのかもしれません。

written by

ベッティーナ・メレンデス

戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。

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