
シューズを中心に展開するスイス発のスポーツブランド「On」が、東京でサステナブルなものづくりの未来図を示した。34年ぶりの東京開催となった世界陸上に合わせて、2025年9月13日、原宿に期間限定のブランドスペース「On Labs Tokyo」をオープン。21日までの間、ブランドの最新テクノロジー「LightSpray(ライトスプレー)」をアジアで初公開している。12日に開催されたメディアデーでは、共同創業者兼執行役員のオリヴィエ・ベルンハルド氏らが登壇し、ブランド理念や技術革新の背景、そして循環経済への展望を語った。
不可能に挑む文化が原点

Onは2010年に創業し、現在は80カ国以上で事業を展開するなど急成長している。発表会の冒頭、ベルンハルド氏は「誰もがランニングを快適に楽しめるようにしたい」との思いが出発点だったと説明。独自のCloudTec技術は、柔らかな着地と爆発的な蹴り出しを両立させ、スポーツシューズに新風を吹き込んだとされる。
同氏は「不可能に挑戦することこそ私たちのDNA。富士山を登るように、困難を乗り越えた先にこそ新しい景色が広がる。全ての中心にあるのはイノベーションだ」と述べ、「挑戦と革新」がOnの原動力であると強調した。その上で、新たな挑戦として紹介したのがLightSprayだ。
わずか3分でシューズを成形

続いて登壇したパブロ・エラト氏(LightSprayディレクター)は、日本のロボット産業史を引き合いに出しながら、技術革新への信念を語った。LightSprayは、ロボットアームが1.5kmに及ぶフィラメント(細い糸)を足型に噴射し、片足わずか3分でシームレスなアッパー(シューズの甲の部分)を成形。従来のシューズは30以上の部品で構成されていたが、7つに激減し、接着剤や縫い目も不要になる。その技術を詰め込んだモデル「Cloudboom Strike LS」は、重量170グラムという軽さを実現した。さらに製造過程での廃棄物はほぼゼロ、CO2排出量は最大75%削減できるという。
このLightSprayの製造工程は、「On Labs Tokyo」でロボットによる実演を見ることができる。「将来的には、顧客の近くで生産する体制を築きたい」とエラト氏。物流を最小化し、ジャストインタイム生産を可能にする構想は、循環経済を支える新たな基盤となりうる。
学生の発想から世界的プロジェクトへ

LightSprayの始まりは、意外にもハロウィンのおもちゃだった。考案したヨハネス・フォークヒャート氏は、フィラメントを吹き出してクモの巣を作るおもちゃに着想を得て、2018年に大学のプロジェクトとして始動。翌年のミラノ・デザインフェアで「単一素材で直接形成する靴」を発表した。これに目を留めたのがOnだった。
2020年には最初のロボット試作機で完全自動のアッパー噴射に成功。その後、数十万に及ぶプロトタイプをアスリートと共に試作し、改良を重ねてきた。アスリートからは「第二の皮膚のようだ」と高評価を得ているという。
サステナビリティと経済性の両立

1時間余りにわたって、Onのミッションや技術革新が語られたプレゼンテーション。最後の質疑応答で、「Onのものづくりとサステナビリティ」の関係について、サステナブル・ブランド ジャパンが尋ねると、エラト氏はこう答えた。
「私たちにとってサステナビリティは絶対に重要で、LightSprayはサステナビリティを大きく向上させる技術だと確信している。製造プロセスの簡素化でCO2削減とゼロウェイストを実現し、さらに顧客の近くで作ることができれば、輸送を減らし、在庫を抱える必要もなくなる。サステナビリティと経済性を同時に高めることができる」
Onは既に、サブスクリプションでシューズを回収・リサイクルする「Cyclon」プログラムを展開している。Cyclonが「捨てない前提」の設計思想を提示するなら、LightSprayは「作るプロセスそのものの刷新」といえる。両輪がそろうことで、製品のライフサイクル全体を循環させるビジョンが見えてくる。
今月12日には、銀座に旗艦店がオープンした。原宿の「On Labs Tokyo」と合わせて、Onのビジョンを消費者が体感できる場だ。
業界全体の潮流の中で

サステナビリティを全面に押し出したプロダクトは、Onに限らず、近年スポーツブランド各社で展開されている。アシックスはバイオベース素材を採用し「世界で最も低いカーボンフットプリントのシューズ」を発表。アディダスは海洋プラスチックを活用した製品群を開発し、ナイキも「Move to Zero」キャンペーンを通じてリサイクル素材などを活用している。
こうした動きの中で、Onが打ち出すLightSprayは「製造そのものを循環化する」という視点が注目を集めそうだ。もっとも、循環型イノベーションを量産レベルで普及させるには課題も多い。モノマテリアル化(もともと複数の異なる素材で作られている製品や包装を単一の素材で作ること)の実用化、回収・リサイクルのインフラ構築、そして消費者の参加をどう促すか。これらが今後の焦点となる。
それでも、共同創業者のベルンハルド氏が語ったように「不可能への挑戦」こそがOnのDNAだ。「On Labs Tokyo」で示されているように、技術の進歩は目覚ましく、循環型の未来は確実に形になりつつある。LightSprayには靴作りの常識を覆すインパクトがあり、スポーツブランドの枠を超えて、循環経済の実装を加速させる可能性を秘める。折しも、「On Labs Tokyo」は世界陸上期間中の開催となった。アジア初の公開でもある東京での展示は、サステナブルなものづくりを巡る議論をさらに広げる契機となりそうだ。
On Labs Tokyo(東京都渋谷区神宮前6-35-6 ヨドバシJ6ビルディング) 開催期間:2025年9月13日〜9月21日 Webサイト:https://on-labs-tokyo.events.on.com/ |
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。